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【677】不信と反目のふるさと返礼てんこ盛り [ビジネス]

 ふむ、まずまずのセン行ったじゃねえか、ビシバッチ。
 そりゃ大番狂わせで勝ってくれれば随分とそこからの見応えがあったと思うけれど、まだそこまで勢力が拮抗するには届いてなかったというのが妥当な見方なんだろうな。
 個人的には、総数810票のうち300票以上取れれば『コイツって読めない怖さアリ』の実証イメージ成立、逆に200票切っちゃうと『こりゃちょっと深刻な力不足かな』というぐらいの目安で総裁選を観戦していた。詳しく解説しよう。

 まず今回、のっけから『ダメ元』のような負け戦でなかった段階で、仕掛ける意味は十分にあった。というか、負けを嫌がってこの段階で仕掛けなければ、むしろ可能性から掴めなくなるとして過言ではない。そう、必要なら負けに行く。

 ひとつに、現政権の国家運営における数々の犯罪=違法行為は、まだ世襲のガキ以下とぼけっぱなしで全く解明が進んでおらず、議会制民主主義国家が自らの存在意義を揺るがすレベルで発生させてしまった誤作動が、このまま解明あやふやで終わるような結末は何があっても避けねばならない。
 国家組織の作動原理に関わる領域の不正なので、いま想定外の総裁交代をもって誤魔化しました誤魔化されましたで済ましてしまうと、日本国民の国家参画意識がぐらついてしまう。我々日本人は、規律意識も何もない犯罪者のガキに『たまたま群れ集まった烏合の衆』を自覚せねばならなくなるのだ。それはできない。

 議会制民主主義なるもので国家組織の意思決定を進めるにあたり、1億2千万からいる全員で多数決なんか採れっこないので、一定区画毎に国民を区分し各々から代表者=議員を選出する『選挙制』が採用されているのは御存知の通り。もちろん議員は自分を選出した区画の総意を背負って、議会に出席する。これらの区画は組み合わさって日本国内を隈なく埋め尽くしており、相互にフェアな発言力をぶつけあって議論を戦わせるのだ。
 選挙の時期になると、『皆さんの安心できる暮らしのため身を挺して頑張りますので、私に清き一票を』みたいな宣伝文句を掲げたお願い行脚があちこち溢れる理由がこれだよな。
 日本国は法治国家なので、立法府である『国会』において法案を審議して議決し、それが日本社会を動かす国民生活の行動ルールとなる。『国会議員』たちが『国会』なる議会でこれをやっている訳だね。さらに今日の国会では自公二党が談合して数合わせをし、過半数を確保することで『連立与党が議決の主導権を握る』という事態になっている。

 結論から行くと、今コイツら与党議員が『国民の総意を背負って』ってところを裏切っている。
 日本国の一部に『支配階級』を口裏合わせで設定し、自分らはその『支配階級』に属するお約束で進めることを前提に、『国民の総意』を形式上の隠れ蓑にして議会で『支配階級』特権の手前勝手な決め事をしてきたのだ。
 もちろん『それじゃマズい、違法だ』と抵抗するマトモな議員が一定数いるにはいる。これを封じるため『支配階級』の示し合せで『時間ないから、ハイ多数決ね~!』と突然叫んで、必要な話し合いをわざとすっとばし、『多数決、ハイき~まった!』と宣言するのが『議決の儀式』だ。
 議会とは『議論する会合』のことであり、その定義となる原理的作動を怠っているので、これは議会制の国家運営とはいえず、つまりは無効な茶番劇に過ぎない。だが、これを議決扱いして行政で強行したい『支配階級』がここにも紛れ込んでいるため、当面のところ立法プロセスとして議決と混同されてしまっている。

 ともあれその特異な実態が、この多数派与党の総裁選結果に見事に顕れた。
 国会議員票の票数は、世襲のガキ=329票 vs ビシバッチ=73票 となっている。

 何しろ日程がないので申し訳程度にテレビ数局で候補者討論を流していたに過ぎないが、うわずった声で番組進行を無視して注意されたり、支離滅裂のしどろもどろで『相手なき言い訳』の一方的主張に終始した世襲のガキが見苦しかったこと。
 反面、コンセプト大枠一般論レベルの論旨以上には踏み込めなかった・踏み込まなかったとはいえコトバの流れがスムーズで随分と聞きやすかったビシバッチ、普通の感覚でどちらかが政党の総裁適任者なのかは明らかだったと思う。
 それがこんな不自然な得票数差になる政党ってのは、つまり犯罪絡みの『支配階級』がまかり通ってくれないと困る国会議員がいかに多いかってことではないのか。このたび一部の反対派が自浄らしき謀反を見せたものの、今なお総合的には、右向け右でクロをシロ、有罪を無罪と言い張る特殊組織だってことだ。

 そんなワケで、まだまだ犯罪者政権の違法行為を追及して、摘発して、撲滅までやるんだから、ちゃんと一番ピエロを残した姿で実体を維持しててくんなきゃ困るんだよ。良いとはゆめゆめ言わないが、現時点ではこれで正解である。

 一方、今回の総裁選は国会議員票だけでなく、それ以外の党員による『地方票』も合算され集計された。国会議員票と地方票はいずれも各々405の同数で設定されている。
 地方票は、世襲のガキ=224票 vs ビシバッチ=181票 で55% vs 45%であった。
 う~ん、ちょびっとだけ逆転の可能性に期待したんだが届かなかったか、こいつぁ残念!

 このあと世襲のガキは今回の反対派への懐柔を演出したいはずだが、懐柔される方としては、ここで応じてしまうと以降の選挙で生き残れなくなる。コイツもう三選を迎えて今期でオシマイが確定的となると、みんなこんな恥知らずの犯罪者とは距離を置いて見られたいだろうし、今後の党内人事はちょっと注目しておきたい。
 勝ったのは良かったが難しく孤立するはずなのだ。そこをどうするのか見ものである。

 結局はどこかのフェーズで、日本国1億2千万組織の自我と摺り合わせが必要になるはずなのだ。過去の歴史上では、この摺り合わせ作業が叶わず大衆に処刑されちゃったヤツがいろいろいたと。
 ビシバッチの『私は国民のみを恐れる』という台詞はよく当たっていたと思う。
 ま、『変化の始まり』のきっかけとして、まずまずな総裁選結果だったのでは?
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【676】ニッポン能力開発コト始め、ワイドショー的検証の巻 [ビジネス]

 前回の続きから始める。
 ここで繰り返し話題に挙げてきたが、能力開発の『習得』というプロセスにおいては、習得する側の自我を封印した『従順』が重要な成功要件となる。早い話がイチもニもなく、師匠が絶対的な世界基準となるのだ。
 この『絶対』を本気の本気で徹底するため、時として師匠は世間常識から敢えて逸脱と映るような理不尽まで弟子に強いて、『必要な時には全てを封印して学ぶ』ための精神力を鍛えていたのではないだろうか。
 もちろん、いちいちこんな面倒な解釈を捏ねてようやく成立するような師弟関係ではうまく業界がまわるはずもなく、『この世界そんなもんだよ』の通念が世間一般の自然な認識なんだろうが。

 さて横須賀に現存する戦艦『三笠』に船としての機能は無く、実は昭和になる前に記念物としての保管が決まって着底しているのだが、終戦直後に上部構造物をとっぱらわれてダンスホールや水族館にされていた時期がある。戦艦の余生としては何とも可哀相なハナシであるが、こうなる前には、終戦直後の荒廃期のことゆえ金属も木材も盗まれ放題で、もっと酷い目に遭っていた。
 『三笠』は日露戦争の戦勝艦であるくらいだから古い艦であり、まだ日本に十分な軍艦建造の国力が揃う前の時代に、英ビッカース社に発注され建造された船である。大戦後こうしてダンスホールにされていた姿を深く嘆いた某イギリス人が復元を呼びかけ、紆余曲折を経て、かなりの部分がオリジナルではないにせよ現存最古の鋼製戦艦として、今日の貴重な雄姿が取り戻されたのだ。

 くだんのジャズ奏者氏には【672】、このあたりもちょくちょく仕事場になったものだと聞いた。
 この時代、まだまだ日本国では『社会の構築作業』がリアルタイムに進行中であった。やって良いコト悪いコトが社会規律として共有されておらず、つまり法整備されておらず、それこそ文字通り無法の荒野で、弱肉強食なんでもアリに近い世界観で、世の中がまわっていたようなものだ。
 進駐軍相手のエンタメ商売など、まるっきり価値基準の違う世界を相手にあぶく銭を掴んで、カネという流通媒体をこれから新規開拓するも同然の焼け野原に持ち込むのだから、まあどえらい価値換算レートではあったらしい。ひとつの完成した経済社会内での価値流通媒体でなかったのだから当然か。
 簡単に言えば、一晩でガチ何千万円という現金収入を手にして、金庫でもトランクでもないそこらへんのカバンに詰めて手荷物として持ち帰るという、頭がクラクラするような仕事向きである。

 では大金を稼ぎあげて豊かな生活を満喫できたかというと、全くもって違っていたらしい。
 恐らく日本社会の側が、まだ一介のバンドマンがまとまったカネをばら撒いて豪遊できるほどにまで充実していなかったのではなかろうか。まさに濡れ手に粟でつかんだアブク銭、そのまんまバンド仲間内での賭け麻雀に消え、誰がどこでどう振る舞ったのかも知れないまま、とにかく泡と消え去ったのだという。
 いくら消えても無限に稼げるので惜しいとも思わなかったそうだが、当時を振り返って御本人は『あの頃の俺はホントに思い上がっていて、人間として失格だった。いま思い出しても、あの自分は事実として認められない。本気でイヤだ』とおっしゃったものである。未整備の経済の中で、ボロくカネを稼いでは、有難味も感じず紙くず同然に使い捨ててしまう時間は、振り返って荒廃した記憶しか残さないのだと思う。

 バンド興業の現場も当時なりの苦労は多かったようだ。
 私と同世代以上の年齢の読者さま方なら御存知だろうが、昭和のある日、大規模なホテルが火事になり多数の死傷者を出したことがあった。調査を進めると万一の火災に対する安全装備があちこち劣悪だったことが判明、『事故ではなく人災ではないか』とする声も上がり始める事態となったのだが、これをものともせず『私は被害者です』と、後に流行語にまでなってしまう名台詞(?)で嘯いたオーナーがいた。
 まあ普通に検索するだけでもいろいろと似た系の逸話が引掛る御仁だけあって、このヒトのお仕事は事後のギャラの回収が凄まじくタイヘンだったと、実体験談で聞かせてもらったものである。やらされっ放しの取りっぱぐれで泣き寝入りした連中も数知れず、しかしこちとらバンマスの命を受けた身だから、手ぶらでは帰れない。いやあ~、ありゃ真剣に参ったよと。
 それでも当時の実業家の成功解のひとつではあるワケだが、当然カネまわりが悪いはずもなく、いつもシミひとつない高級スーツ姿で、確かにカッコ良かったはカッコ良かったらしい。
 もっともそんな世渡りをしていた手前、銃撃されたりもしてしまうのだが、こういうやり方で世を勝ち抜き生き残っている人間はそれなりの星のもとに生まれていると見え、弾が急所を外れる強運を味方に付けて命を繋いだという。

 随分と年月が経っているとはいえ、これ以上こんなところで細かい話に口を滑らせて良いコトは何もなさそうなので切り上げるが、法治国家としての構造が固まっておらず表稼業と裏稼業の境も不明瞭な日本社会で、時にチカラずく・時に泣き落としのガチンコ勝負で、みんな自分の生存空間となる業界を守っていたのだ。
 カタギの大企業だって総会屋を始めあちこち底面ウラ面から狙われ、治安システムの整備が追い付いていない局面ではあの手この手のグレーゾーン方策で切り抜けざるを得なかった。やはり大組織を社会空間の中で切り回すのは、一筋縄では行かないきっつい重労働だったのである。
 そんな当時、銀座の楽屋裏で偶然に出遭わせた丸山さん=現・ミワさんは、そこだけ空気の質を歪めて変えてしまうほどの、信じられない美青年だったという。バシッと正装に身を固めて、夜の銀座でひと息つく男たちを前に『ヨイトマケの唄』なんか一曲キメた日には、日本国の経済力が明日の元気をぐんと膨らませ、どえらい額のギャラが動いたに違いない。

 日本経済のあらゆるシーンで日本人たちが、ヒト対ヒトのぶつかり合いから安定した文明空間を創出しようとしていた過渡期のことである。こんな時代背景が、業界を引張り戦い抜いて守る『先人の絶対性』と、合理性を度外視してまで信じて服する『後進の従順性』に、少なからず効いていたのではないかと思うのだ。
 やがて社会が整備され安定するにつれ、自ら直接の手作業で暮らしやすい業界空間を守って、世代から世代にきっちり受け渡そうとする意識があやふやになってきたのかも知れない。

 おっと意外とボリュームがあったか。次回を書く頃には総裁選が終わってるんだよな。
 例によって『所詮は』の枕詞が付く政党のウチワ選挙に過ぎないワケだが、日本国民として、カネや地位なんかのトクだけに群れた現・犯罪者政権にこの先をやらせて、何の期待もできると思えない。度重なる儀式制独裁主義議会の議決詐称にしても、早く過去に遡って妥当性再検証と議決処置の撤回に取り組まねばならない時期に来ているのは、複数の日本人が実感していることと察するのだが。

 外野ギャラリーのイチ国民としてだが、私は茂ビシバッチに期待すると表明しておこう。
 とりあえず若い人たち、コイツらのこの騒ぎがどんな顛末になるか、よく見ておかれい。
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【675】カリスマ教官は免トリ資格失効者 [ビジネス]

 お、世襲のガキが勝負に出た!…つもりなんだろうかね。
 改憲の名誉が自分の手に入りさえするなら、他はどうなろうが一切を放り出す腹を決めたらしい。
 というか、今の立場からはアレもコレももう思惑通りにならないと今さらながらに見限ったらしく、ならばこの犯罪者政権組織が幾分でも機能するうちに、やることやっちまって逃げ切るのが一番トクだと決心した感じである。

 改憲できればいいや。いや自分が改憲できたことになって記録に残れば、どうでもいいや。
 九条第二項が残ってても、いや一言一句が手つかずのママ流用でも、自分が改憲したと映る事実さえ残るなら構わない。そういうことだろう。

 馬鹿馬鹿しすぎて開いた口が塞がらないが、まずは考えてみよう。
 日本国憲法が抱える問題の本質は、条文に記載された日本語情報が、多くの日本人にとって実態と食い違った意味に受け取られるところにある。
 どんな解釈のどんな議論を日本国内で繰り広げようとも、この日本列島に価値を見出して武力侵攻してくる他国の存在の可能性を否定できるものではない。ならば望むと望まざると、日本人は対抗手段として軍事力を備える必要が避けられない。だから備えている。
 この揺るがない事実に対して、『陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない』という日本語が合致しないのはすぐ判る。
 よって九条第二項は削除するか、少なくとも改変する対象として、どうしても外せないのだ。そうしないと『日本国は法治国家なのに、憲法を順守できていないから、そこが国家運営として間違っている』という理屈で発生する指摘が、いつまでも不毛に現状を否定するだけの言論を呼び起こしてしまう。
 これは日本の国力の無駄遣いである。だから解消したい。

 世襲のガキはこの九条第二項を据え置いたまま、改憲の作業だけするというのだ。
 もう『改憲』の二文字が自分の手に入りさえすれば、憲法に関わる論争など解決する気は毛頭ないと宣言しているようなものである。
 もちろん九条第二項に手を付けないのは、九条フェチが売りのナントカ学会ゲタ与党との取引を最短時間で終わらせるためだ。時間がかかればかかるほど、自分らのやってきた犯罪行為への追及が深まり、まだまだいくらでも他の犯罪が摘発されてくるのも確定的なため、もう手段を選ばず取引の交換条件成立を目掛けて突っ走るつもりだろう【653】

 何しろ先日の総裁選の立候補表明、自分のせいで政府与党の国民支持が地に落ちた事実はきれいさっぱり無いことになっていて、実に力強くダメノミクスの功績とやらを謳い上げ、お得意の『シンシでテーネー』を改めて国民世論に当てつけるかのように復活させて、喝采を浴びたのは御存知の通り。
 『議決の儀式』の強行で民主主義議会の合意が得られたことに代えるという、日本国の法律のどこにも記載されていない違法プロセスを一方的に主張し、日本国の支配階級を自称する政党のウチワ会合だと、こんな異常事態が現実となる。
 ここでこれまでのお約束文言を強気ルックで演じれば、まだ今ならこの儀式制独裁主義政党の過半数から支持を得られる公算は十分にあるというワケだ。日本国民が暮らす日本社会からは隔離された、『議会という雲上の空間』は意のままになる。

 この空間、人を殺しても褒美を5千万出してオシマイにするくらいの別世界だから、贈収賄めおと犯罪の有罪確定待ちに改憲の栄誉を与えるくらい余裕で現実のうちってとこだろうか。
 『ワタシがリーダーです♪ワタシが責任者です♪』と調子が良かった先にいるはずの一般国民は、今や綺麗さっぱり裏切られる運命にある。
 『シンシでテーネー、おら判ってんだろ?いつもやってる、あのシンシでテーネーだよ、文句あんのか?』
 日本人を自覚するなら、天地が逆転しようとも日本国憲法の維持・整備を犯罪者にやらせてはならない。人類文明史に汚点を残すような失態は、日本国民として死力を尽くして避けるべきである。

 昨今スポーツ界で水面下の慣習として関係者内々の風土にこびりついていた、人治采配の支配階級文化が明るみに出されてきたのは良いことだと思う。
 本来なら個々人がおのれの才能に可能性を見い出し、努力してその最高到達点に手を伸ばすにあたり、みんなが見て納得する自由で平等なチャレンジの機会が約束されていて然るべき。ちょっと美しすぎる気もするが、一応これが原則だろう。

 音楽などでもそうだが、まず後進の憧れの的となる達人が現れ、その道を志す若きフォロワーたちが弟子に付いて、そこで技能の伝授が行われ始める。だがこの手の身体コントロール能力は習得しようにも、何の因子がどこまで効いているのか、本人に乗り移りでもしない限りは判別できない【95】
 結局、人物総合スケールの結果系である振舞い全般を、不可解かつ神秘的なイメージの完成品として捉えるしかないというなりゆきになり、達人たる師匠は弟子たちにとって逆らうことが許されない絶対的なお手本となるのだ。
 そもそもは、若きフォロワーたちが自由意思で達人の絶対支配下に飛込んで来て、自らの能力開発を模索するのが自然な行きがかりであった。若きフォロワーを受け入れた達人たちは、その志を引き取った責任を背負い込み、自分の技法の将来展開を一任すべく惜しみなく全てを引き継いだものだ。よく言われる『上下関係が厳しい』の真意はこれだと思う。

 おっと半端な分量で切れが悪くなるので、今回はここまで。
 日本社会は、体罰だ何だとアタマのおかしい痴呆論争を弄ぶようになって以来、能力の世代間伝授がまともにできなくなってしまったのではないだろうか。同時に、次世代を本気で育てて一人前にしていく責任を自覚できない、先人と呼ぶに値しない迷惑で無駄な老人が増殖し過ぎているように思う。
 今日まっさらな子供世代の方が素直に自立した心で、能力開発と指示命令系について的確に理解していると感じるのは、この私だけだろうか?
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【674】理系コースの六法全書読解マニュアル [ビジネス]

 いろんなことが立て続けに起こっているので、政治の方もちょいと備忘で整理しておこう。
 大災害の不運を免れた人間までもが、全てを放り出して被災地の惨状に胸を痛めたところで、日本社会の生産性ダメージを緩和する効果はゼロである。当面は義援金関連の情報を待とうかね。

 ここ数年、立法・行政・司法の機関横断型で現・犯罪者政権が、国民への周知を徹底せず逆に隠蔽しながら、悪質な破滅志向の政策操作を進めている【653】
 もっとも隠し切れずにあちこち露見してきており、我々国民としては機会を逐一捉えて、できる所からできる範囲でこの犯罪者政権の制止と解体を急がねばならない。
 既に国のリーダーを自称していた世襲のガキが、誰の目にもあからさまな犯罪容疑のまっクロ対象となっており、『人柄が信用できない』の世論調査コメントも毎度恒例として見慣れてきた感がある。

 たかがイチ政党の総裁選につき我々一般国民に投票権が無いとはいえ、この政党が『どんな考えを持ったどんな親玉を、いかなる根拠で選出するのか』は、以降の選挙で投票先を判断する重要な根拠となる。だから、ここで『エンドレス・デスマッチの公開ライブで総裁選の候補者討論やろうぜ』と御提案も差し上げているワケだよ。
 政党が政党だけに『所詮は』という枕詞がついてまわるのは止む無しとして、本来なら総裁選そのものを延期し、日本社会の広くに総裁選候補者が持論を開示し理解を得た上で、公然と自党の総裁を選出するのが妥当というのは理に適った案だと思う。ま、どうせ通らんのだろうが。

 もちろん現・犯罪者政権としては、頭の悪い世襲のガキに『こんな考えなので、こんな根拠でワタシを選出いただきたい』なんてしゃべらせたくはないはずだ。
 『軽減税率+還暦公務員の役人老後ウハウハ高給閑職計画と、自称保守ボケ老人帝国政党の改憲名誉をめでたく交換取引する考えなので、ここは世間しもじものどんな風当たりもとぼけ通して支配階級のトクを分け合うため、ワタシを選出いただきたい』というのが本音だから、ベタにボロ過ぎて隠れ蓑の構築があまりにも大仕事なのだ。
 世襲のガキの幼い頭脳ではとても無理、また余計な悶着のネタを口走って面倒を増やすのが関の山といったところか。

 ちょうど甚大な天災が続いたのをこれ幸いに被災地視察のためを装って逃走し、候補者討論に割くべき時間を復旧作業で使い切ったふりなどすれば、総裁選候補者討論会をとぼけたまま支配階級だけで『我らが犯罪者政権、首尾よく再選GO!』の採決が取れるという目論見なのだろう。
 ま、イチ政党がやるウチワ選挙の内情なのだから、我々外野が口を挟む余地は無い。

 しかし犯罪者=法律違反者が、この政権の主要関係者に限って、ロクな理由もなく処罰などの是正措置を課されず野放しになっている異常性は確認しておかねばならない。

 日本は法治国家であり、法律を順守する限りにおいて、日本社会で自由に振舞いイチ国民として生活を送ることができる。反面、法律に抵触した者は自由を制限され、それによって社会が受けたダメージの償いも課され、さらに『法治社会における法律順守の必要性』の認識を再徹底された後に、まあ多くの場合は社会復帰を許される。これはいいよな。
 いま何故か日本社会に法治でない別の社会空間が立法・行政・司法の一部で申し合わせられていて、世襲のガキにしてもペテン眼鏡にしても、『この人たち、特別な社会空間に生きる階級の人たちだから、法律に則った処置はしなくていいんだよ』みたいなことになっている訳だ。これはマズいだろう。

 つまり法治社会空間と人治社会空間のダブル・スタンダードである。
 国家運営に就く一部の限られた集団の中だけで通用する人治社会空間ができてしまっており、その勝手な箱庭ルールを日本社会の法律適用に優先させているのだ。限られた自称・特権階級の都合だけで、超法規的措置のイチ事例として押し切るつもりと見受ける。いや、イチ事例で済んでないか。
 これは端的に『法のもと万人が平等な日本社会において、違法な人治采配がまかり通る』という事態を引き起こしており、それは『法治社会でありながら公式に法律が無視される』という行きがかりとなり、これをこのまま放置すれば『法律順守を拠り所に皆で共同生活していた社会空間が崩壊する』という結末を呼ぶ。

 こんなことにならないよう、架空の力関係による人治支配みたいな『違法性の芽』に対して、普段から組織全体に摘発と駆逐の機能を普及させておく必要があるのだ。こういう悪しき文化は仕込みが始まると、良からぬヤカラがすぐに群れて海面下で組織化し、持ち合いの慣習にして固めにかかってしまう。
 組織風土整備が案外とこまめに、うるさく取り締まる根気のある人材でないと務まらない所以であり、また『目利き』はこの手の違法性予備軍を『ヤバい奴』として見分けるセンスを持っていると思う。

 で、こんな話を超越して今日の日本社会で厳しいのは、正真正銘フツーだった人材が、組織認知症の発症により『ヤバい奴』という別人に変わることなのだ【617】
 DNAが紡いだ生命の掟に従う『人格の本質的変化』なので、発症し進行してしまうともう手の打ちようが無いし、発症するまで事前検知は不可能である。日本人は、長寿と組織生産性維持の関係を真剣に分析し、計画的に折り合いをつけねばならない時代に来ているのだ。

 表現が難しいが、皆まだまだ『倫理道徳や論理性の問題として世界観が閉じてしまう』思考特性で固まり過ぎている。
 もっと『生命科学的に自然で、どうしようもないコト』が起こっているのだと思う。
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【673】加齢臭王者の蠱毒エクスペリメント [ビジネス]

 今度は近畿で台風、北海道で地震。えらく災害の多い年である。
 まずは事態の全容が明らかになるのを待とう。皆さま、どうかお大事に。
 大災害が起こったからって、日本社会に半ば常識的にはびこってきた悪しき陰湿なママゴト力関係の文化構造を、公衆の面前でひとつひとつ白日の下に晒しながら解体していく作業を止めてはならない。大事な局面である。

 それにしても悪い事だらけでひとつも良いコト無いし、サルでも解る一般論として語られる『公明正大な社会規範』から一見してズレてるのが判っているのに、何故ちょろりんちょろりんと架空の力関係に調子を合わせ、わざわざに不毛で不愉快な『ハダカの王様』劇団員人生を選び取る大人が多いのだろうか?

 実は簡単なハナシで、その方がラクチンで居心地いいからである。不愉快じゃないのだ。
 そう、自分の未来構築を放棄して、老衰過程の消化試合に入っている人間にとっては。

 威張りたいヒトには威張らせておいて、御近所づきあい然にテキトーに御機嫌とってりゃ少なくとも自分にとばっちりは来ないし、少々逸脱した我儘や自分勝手はなあなあで見て見ぬふりをして事なかれで収めておけば、ラクチンで安穏な時間が過ぎて行く。もうそれでいいじゃん。それでこの場がなくなっちゃうんなら、なくなっちゃえば?どうせ自分らその程度の人間だし。そういうことだ。
 正しいも間違いも無い。トシ喰って気力も体力も落ちて来ると、まず息が切れてアゴが上がるところから思考と感情、そして本能が始まるのである。
 若い人たちと組み合って新しい道を切り拓くなんて、熱血ドラマが好きな自称熱血漢で勝手にやってればいいでしょ。威張りたい人種とぶつかって余計な悶着も起こるし、正義の味方ぶって面倒くさいことするのやめてくんない?ついてけないんだけど。
 組織の高齢化が進むと、自然のなりゆきとして組織の自我がこの気質に向かう。これは教育や旗振りでどうこうなるものではない。もう生命力の衰えに起因する生物の基本特性として『頑張れない老人の群れ』になっちゃってるんだから、ある意味仕方ない。

 工業大国全盛期の馬車ウマ稼動でそれどころじゃなかったってのはあるんだろうが、かつては改めて組織の天敵と戦うほど深刻真剣な職場風土整備なんて、考えられなかった。あ、その代わり、いわゆる働き過ぎ自滅やライバル同士討ち系の『やりすぎトラブル』はいっぱいあったと思う。
 これが、いつの間にかわざわざの取り組みをしないと自発的な生産性を維持できなくなり、活性化・健全化の先導役がどんどん少数派になって、遂には自力で生命維持できる、いや自力で生命維持しようと思い立つ職場風土を目指して、エンドレスの悪戦苦闘が常態化するまでになっている。

 冗談でなく『全員一律に、菱形の青い強精錠の支給』あたりが即効性のある実効解だろう。
 ドーピングででも機械的に若返りの活性化操作をやれば、文字通り原動力としての『やる気』に火が入るから、ナニガシか嬉しくて楽しくて前向きな組織活動が現われるはずなのだ。

 無論そんな手段も現実には採用できない訳で、だとすると少数派に甘んじざるを得ない若年層が、いつもシケた老衰体質の組織風土に多数決で寄り切られ、せっかくの才能も体力も可能性も奪われ、ボケ老人のオモチャにされ続けることになる。
 これではどんな組織にも先が無い。まあ前述したように老人本人らの大半は、なくなるならなくなっちゃえば?くらいの生存欲だから、道理っちゃあ道理なのだけれど。
 老人どもがだらだら自滅の道を選ぶのは咎めないが、そこに若者を巻き込んでいるところが迷惑かつ理不尽なのだ。

 老衰集団はおのれを悟って、威張り威張らせ旧知のよしみを温めあう有志の介護同好会を結成して、高齢層の箱庭で閉じる道を探せないだろうか。今これだけ社会のあちこちで、公明正大のメッキを施した人治采配が幅きかしてたんだ、老人同士で遊び相手が見つからなくて困ったりはしないだろう。元気で若い人たちを自由に飛ばせてやらないと、日本社会が明日を生きるための生命力を枯渇させてしまう。
 『若い人に対して、老人が奇妙な上から態度の絡み方をする接点を絶つこと』を目的とし、例えば隔離された人工島ででも老衰天国の介護同好会を自費で楽しんでもらって、自然発生のなりゆき現象を刈り取る実験ができれば面白いかも知れない。今の体操の、数年前の業界組織表とかで人選すりゃいいじゃん。
  自分なる人間は、どんな自覚のもと、他の人間にナニをナゼ強要しようとするのか。
  自分なる人間は、どんな自覚のもと、ナゼ意味不明の強制に隷従する時間を選ぶのか。
 これって高齢化ニッポン全体として、社会の生産性を回復する現実解の貴重なヒントになるのではないかと思う。

 体操業界にはとんと知見がないのだが、コーチ職って仕事にありついて十分な一定期間を安定してやってくってのはかなり難しそうに見える。激しい競争の中、素晴らしい原石の選手と巡り合って腹割って試行錯誤を繰り返して、いろんな大会の場で実績を積みながらスポンサーさん探して。
 ここへきてスポーツ種目毎に競技名を掲げたナンタラ協会ってのがずらりとあって、軒並そこで架空の権力構造が布かれていて『誰それさん』がワイロとりながら、お気に入りの若手コーチたちに仕事ふりわけてるなんてことないだろな?
 『業界のドン』気取りたさに、なびいてくる若手は舎弟扱いで依怙贔屓、なびいてこない若手は執拗に嫌がらせ…あたりで済んでいるうちはともかく、まかり間違って『誰それさんに御挨拶参りして、おいくら掴まさないとやっていけない』みたいなハナシにでもなっていたら穏やかではない。帳簿に乗らない袖の下が行き交う不健全財務には違法性要素が紛れ込む確率が高く、何かの拍子にそれが明るみに出た途端、関係者一同のお仕事は信用もろとも崩壊する。

 確かホリエモン氏の講話の一端だったと思うが【219】【264】、彼なりの採用基準として『ヤバい奴は採らない』というのがあったのを憶えている。実は全く違うところで、全く同じコトを言う人間を複数知っている。
 ヤバい奴=自殺したり、犯罪に手を汚したり、特許盗などをやりそうなヤツのことだ。私なりには、『快く生産する自組織の自我に険悪なダメージをもたらす人種』だと理解している。
 そう、どんな地道でささやかな事業でも、『事業を健全に回転させる』という運用状況は、楽しく幸せな経営のためビタ一文譲ってはならない条件なのだ。逆に少々派手でカネ廻りが良くても、ヤバい要素が紛れ込んだらマトモな仕事にはならない。

 いま我国の運営にあたり、立法・行政・司法に跨って『ヤバい奴等』が犯罪に手を汚しつつ大量に蠢いてるのでは?何しろ機関横断型・組織的犯罪容疑が未解決の真黒政権である。
 どこぞの政党集団は大半のヤツがヤバいんだってさ。
 明るい未来を自分たちで楽しく切り拓きたい若者たち、もう採用基準は誤れないぜ。
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【672】重量ハンデ願い下げの実力一本背負い [ビジネス]

 ここで話題にして取り上げる問題の質としてはあんまり好きでない領域なのだが、清濁併せ呑んで維持されていた旧来文化が劣化し、いま日本社会の生産性を著しく低下させている重大事例だと思うので、前回に続いて緊急企画を。

 『今度は体操かよ』の一件のことだ。悪い大人の虚構の権力の構図があからさまである。
 とりあえず他のノイズは一切排除しよう。まず生まれつき突出した素質に恵まれた若者がいて、運よくその素質が見いだされ理解され、周辺生活を合わせ込む調整も叶って、その道の最高レベルを目指して磨きをかけるという行きがかりが実現したとする。
 思春期の年齢にもなれば、本人はそこらの平均的な連中が望んでも手に入らない天性の出発点を自覚しているだろうし、ならばその幸運に努力を上乗せして、世界の強豪を相手に頂点を勝ち取るという目的意識も固まることだろう。ここまで全て噛み合っており、この一連の追求を目指すのが正しい。
 だが敵味方、平等に過ぎて行く人生の時間に対して、どんな手段の努力を注ぎ込めば自分の才能が最高点に到達するのかは判らない。その最高点が必ずライバルを上回る保証も無い。故に、時に自分の感覚や考え方を二の次にしてでも、最も見込みがあるとされる方策を選びながら頂点を目指すことになる。

 どうした訳か、ここに『誰それさんの言うコトを聞かないと、頂点に続く道は開けないよ』と通せんぼで割り込んでくる大人がいるのだ。
 その『誰それさんの言うコト』ってのがまた、『誰それさんお墨付きの指導者に着く』だとか『ある団体の奨励キャンペーンに協力する』だとか、体操の能力開発とは無関係の要求事項ばかり目立っていたりするのである。
 もう解説するのも馬鹿馬鹿しいが、その『誰それさん』が『業界のドン』みたいなことになっていて、指導者の名声争いやスポンサー契約のカネ勘定に采配を振るっており、つまり業界慣例の利権構造を利用したトク目当ての無能どもが、若い才能の成長過程にたかる構図となるワケだ。
 ここに才能を持ち合せているのは若者本人であり、『業界のドン』は立ち返って考えれば、何の役にも立たない無駄で迷惑な存在のはずなのだが、夢遊病者のように取り巻きどもが逆らえない慣習を周囲から固めてしまっており、それが長期熟成された成れの果てである。
 今これだけいろんな立場の人間から、他方をまともに否定する発言が飛び交うからには、関係者の多くがいつも理不尽に押さえつけられ、不満を抱えつつ過ごすような慢性病の業界文化だったのは間違いなかろう。

 若いお嬢さんがこんなものに調子を合わせることなく、『私の人生経験はまだ短いけれど、主張すべき私の考えを主張します』と宣言したのは立派だった。
 所詮は腐った老人の腐った文化といえども、馬鹿で虚弱で無責任な大人が見て見ぬふりしかしないとなると、やっぱり独り逆らうのは怖いはずだ。だから逆らえなかった過去の若者たちは、弱いくせに威張れるところで威張ることだけ覚えた大人たちに言いくるめられ威圧され、ボケ老人の権力ごっこのオモチャに甘んじるしかなかったのだ。彼女がそれを変えた。

 昭和の時代、安物楽器を手にした馬鹿ガキが音楽の真似ゴトをやって遊ぶうち、ほんのちょっとながらそれを生業とする世界の入口だけでも垣間見る機会はあった。音楽に限らずパフォーマンス系興業の世界は、殴る蹴るの暴行さえ辞さない厳しい上下関係・師弟関係にあるというのが一昔前の定番だったものである。
 今日のスポーツ業界にもその手の気質の一端が残っていると見るのが妥当かどうかは判らないが、ま、とりあえず想い出話を。

 戦後すぐのころ米軍基地で活動していた経歴のあるジャズ奏者に話を聞いたことがある。
 無条件降伏により日本は連合国の統治下となったのだが、具体的には進駐軍とかGHQとか呼ばれる機関が設立され、彼等としては戦後日本を仕切るため海外赴任して来ていた形である。
 戦勝国として日本国土に踏み込んでは来たものの、日本はそもそもが物資に恵まれない素朴な土地柄に加えて、戦禍で社会機能が失われた異郷の地だ。娯楽の対象になるものなど、身近に殆ど見当たらなかったようである。
 いっぽう空襲で焼け出され住処も家族も失った日本人たちが、そこらで瓦礫の中から使えそうな物を拾ってきて地面に並べ、その日暮らしの小銭を稼いで食い繋いでいたりもした時代のことだ。
 こんななか運よく楽器を持っていたり自作したりして、米兵相手にジャズの真似事を始める日本人が現われた。機械管理のセキュリティも無い頃のこと、いったん信用を確立できれば、基地ゲートは顔パスで結構自由に出入りできたそうである。ステージに投げられるお捻りは米兵にとってほんの小遣い程度の額だった反面、これが基地から一歩出て日本人社会に移った途端に相当な大金に化けたという。
 あまり門戸の広い業界でもなかったようだが、みな基地との関係を良好に保ちながら逞しく生きていた。ここに赤線のお姉さんたちが面白おかしく絡んで来たりもするのだが、その話はまたの機会にしよう。

 さて直接たずさわっていた業種について詳しくは聞いていないのだが、このころ銀座一円を仕切る実力者として幅を利かせていた『お銀さん』の話が印象深い。
 当時、やはりというか進駐軍の兵隊による白昼堂々の日本人女性暴行事件が散発したらしいのだが、ある日このお銀さんも狙われて米兵に組みつかれたという。
 ところがこのヒト合気道有段の本格派だとかで、すかさずその米兵を投げ飛ばしてしまった。
 普通なら即刻その場で権力頼みに捉えられ、いいように処罰されてしまう展開なのだが、さすが合理性の欧米スタイルとでもいうのか、現役の兵隊をのしてしまった日本女性の武術に感心した進駐軍は、自軍の兵隊たちにそれを習得させることを思い付き、後にお銀さんを指導者として招いたのだそうだ。
 こりゃあ付近一帯、暴行事件も減ったろうし、米兵たちもわきまえて遊ぶようになったろうし、社会の実力者として振舞うに値する十分な事実情報が知れ渡ったことだろう。

 社会文化のイチ業界で、上下関係・師弟関係に基づく行動規律の概念が成り立つためには、自文化の進化発展を脅かす暴力や、自文化が平和に栄える社会に危害を加える強権に対して毅然と立ち向かい、自文化の世界を安泰に守る先達がいなければならない。それはあなたにとって誰だろうか。
 あなたの生活のあちこちで常識のように主張されまかり通っている上下関係・師弟関係、そして指示命令系が、本当にそれ相応の根拠をもって運用されており、納得行って従うべきものなのかどうか、改めて体操競技の頂点を目指す若いお嬢さんの声明を聞きながら今一度熟考されたい。

 若い人たち、この日本に老人言ったもん勝ちの支配階級があるなんてまっぴら御免だろ?
 先達に守るべき礼儀はきっちり守れ、だがおかしいと思ったなら毅然と声をあげるべきだ。
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【671】怒髪天突く逆福祉公務員エントリーシート [ビジネス]

 役所と裁判所が障害者の雇用率を倍以上に水増ししていた。とんでもない話である。
 ただの規則違反では済まされない、あまりに酷い犯罪的行為なので緊急の特別回を。

 役所と裁判所=行政と司法が、障害者の『法定雇用率』つまり立法して決めた数字を守っていなかった。この法定雇用率、未達成の企業は月額で一人あたり5万円を納付するとか、場合によっては企業名を公表されてしまうなど厳しい規則となっている…民間だけは。
 つまり公的機関は、最初からお飾りの御立派な法定雇用率を掲げるだけ掲げて、実態は自分ら好みのなりゆき任せにするつもりでいたということだ。現にこうして不正がバレたところで、それを見越してのっけから役所も裁判所も事実上の罰則はナシと『法律で定められていた』のである。
 他の不祥事と同列に扱って済ますような話ではない。まさに立法・行政・司法に跨る機関横断型の組織的犯罪ではないか。
 この問題、単なる規定違反とは質が全く違うことを意識しておく必要がある。いったんヌルい綺麗ゴトやゆとり批判の類は議論がぼやけるので忘れていただきたい。

 少子化と言いつつも社会規模の数量で生れ落ちて来る人間たちには、確率に従って一定のばらつきが発生する。
 ナニガシかの社会生産作業を課題事象に設定し、それを実行するだけの機能がどれだけ叶うかという尺度で人間を測った場合、各自にひとりひとり適性値の点数が付くワケだ。
 これが平均値を大きく割り込むようなら、それは課題達成に寄与せずむしろ障害として作用するから、つまり『その人は障害者』という判定になる。厳しい話だが事実である。

 これで終わってしまっては困るので、これまたナニガシか個別の工夫を凝らすことによって、ある生産活動の局面では平均値を割り込んでしまう障害者でも、別の違った局面でみんなが見て納得するような『人並の生産力』を上げられるようにしたい。
 こうして社会全体で、ばらつきをものともせず一人でも多くの人間がお互い役立ちあう互助の関係を作り込めば、社会の総生産性が向上し、より多くの人間が仲良く希望を感じながら日常を暮らせるようになる。
 みんな同じだとか多様性を受け入れる優しさだとかいう美辞麗句でムリヤリ蓋をするのではなく、現実を前に、その捉え方と処置を工夫して全員で生産力を隈なく発揮させる幸福な社会組織でいよう。高度福祉社会を強化推進する理屈としてはこんなところだろう。

 だが自由競争市場で鎬を削り業績を戦わせる諸企業は、ついつい持てる力の最大限を一律に事業の主領域に注ぎ込みたくなるのが人情で、障害者対応は『誰かできる人が気を利かせてやってくれよ』とないがしろにしてしまいがちだ。だからこそ高圧的な強制力に映るのも止む無しとし、法定雇用率の違反に重い罰則規定まで布くことにもなっているのだと思う。
 こんな中、自由競争を勝ち抜く目的もない役所や裁判所で法定雇用率未達が常態化していたからには、単純に『そんな面倒な人種の負担を負うのはイヤなのでやらない』という、障害者を邪魔者扱いして下に見る意識と、自分勝手な怠け欲の素通しで福祉社会の運営分担を民間に押し付ける意図があったとか考えられない。これでは国政の正当性を全く信用できないのである。

 まずいの一番で『何故こんなことになっていたのか』に理屈の通った説明が必要であり、いきなりすっとぼけて再発防止の話なんぞ始められても何の解決にもならない。役所毎に架空の障害者雇用をでっち上げた張本人の名前を片っ端から公表するぐらい、簡単にやれるだろうが。何故そんな単純な初動が取れない?
 立法・行政・司法に潜む、この鼻持ちならない差別意識の在り処を特定し、その矯正処置を新たな立法で規則付け、常に国民の目に広く晒しながら管理するところまでやらずして、五体満足な還暦公務員をわざわざに高給で新規雇用する必要性などどこにあるのか。

 だから、こんなことになる上から下までどろどろの犯罪者政権はもう一斉廃棄処分にして、一応でも我々国民に対して『正直、公正』を宣言する人種で入れ換えなきゃダメってことだよ。
 『不正直、不公正』しかないのが現・犯罪者政権なのだから、『正直、公正』の明言は改善方針の示唆として的確なコトバの選択だと思う。堂々と謳え、引込めるな。

 総裁選に公平な報道を求めるだと?どこのどいつがだ?
 『ナニが公平だか解ってるよな、ええ?』ってところか。まだ尻尾振るのがいるのかね。

 イチ政党組織のウチワ選挙ってことになると、我々一般国民が直接多数決の票数に手を出すことはできない。それでもここで支配階級たる議員サマ同士の内情だけで物事が決まるような政党風土なら、もう『この政党組織丸ごとが日本国民の敵』ということで、我々下民は次回以降の選挙にそれを反映していくのみである。
 ま、とりあえずさっさと候補者討論会をエンドレス・デスマッチの公開ライブでやろうや。

 冒頭に立ち返って、今回はお役立ちアイテムでも面白ネタでもなく、ひたすら非難と軽蔑と憎悪の感情を込めて、『この立法・行政・司法の機関横断型・犯罪者組織を本格的に終焉させ解体すべき』と私が考える根拠について解説した。
 世の中いろんな人間で構成されており、決して優しさや思いやりだけで楽しく美しく全員ハッピーに収まりがつくものではない。だがだからって、思い上がった自分ら都合の卑しい基準で不遇の同胞を見下し、自分ら仲良しグループの括りから隔絶し、そんな狂った処置が自分らだけの特権で行えるような細工をやっていたのは、どうしても許せるものではない。
 恥を知りやがれ、外道が!

 そしてこんな事実が明らかになった今、ここでハンパに許す方が原因を作るのだとも思うのは私だけだろうか。
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【670】認知症、終の棲家は欠陥マンション [ビジネス]

 まずはせっかくバケ学を持ち出した、その目的の刈り取りから。

 ずらり並んだ種々の元素が陽子と電子の数だけで決まっているというのは、実はえらいハナシであり、水素用の陽子もウラン用の陽子も区別なんかないワケで、全く同じ構成単位をただ数違いで組んだ結果が、この世の数あまたの物質バリエーションを作り出しているということだ。
 水素を79個ほど持ってきて陽子と電子に分解し、陽子79個を中心にまとめて電子79個を軌道上に次々並べてやれば、あ~ら不思議、そこにはウソ偽りのない正真正銘の金が現われる。まあ電荷レスの中性子とか少々足してやる必要はあるんだけど、いずれにせよそんなハナシが、乱暴だが理論的には存在するということだ。
 『陽子と電子に分解し、ちょちょいと組み換える』ってあたりに、今のところ現実解が見つかっていないだけのことである。

 ではこれと同レベルで、原子モデルの構造組み換えって何か実現しているのだろうか?
 答はYES、核分裂反応がその一例である。

 復習しよう。ウラン235に中性子1個を叩き込んでウラン236にしてやると、強烈に不安定になり2個の原子核に分裂すると共に、中性子を幾つか放出するのであった【353】
 実はこの時、同じ2個の原子核に分裂するのではない。えーとナニとナニだっけ…と検索したら、クリプトンとバリウムに分裂している漫画が目に留まった。そうそう、そんなやつ。いい加減でスマン!
 直感に従うなら、ある数量を抱えたひと塊が二分裂するならば双方トントンが最も自然に起きやすいはずである。わざわざ不均等の偏りを持たせるような『何か』が起こるためには、その為にいちいちエネルギーを消費しながら別の事情が絡んでくる必要があるからだ。
 なのにウラン236は非対称に核分裂する。これには、前回紹介した『魔法数』で電子軌道を埋めたい効果の方が勝っているのではないかとする説があるのだが、未だ確定的な検証はできていない。

 このへんまだよく解らんのだけれど、ある現実ベースの作業プロセスに沿って核分裂反応を起こすところまでは技術が確立している。この核分裂反応に伴って放出される莫大なエネルギーを人類文明に利用するのが、今日の原子力技術だ。

 ただ、原子の核となるような素材単位を人為的に叩き込んで反応させるからには、地球上の自然界で道理として組み上がって大人しく存在している物質の状態ではなくなっている。簡単に言えば、陽子と中性子の数が『自然の成り行きに揃う組み合わせ』から違っているのである。当然コイツは、自然に揃うところまで『不自然に余計なモノ』を放出し続けることになる。
 これが放射性核廃棄物だ。何しろ原子の構成単位になるような微小粒子だから、この世のいかなる物質をもってしても完全な遮蔽は不可能であり、人間を始めとする生物の身体も難なく貫通していく様子がイメージできると思う。
 現時点で人間は、この放射能を鎮静化したり除去したりする技術を開発できていない。ただ放置して、自然に落ち着く先の状態に近づくとともに、放射能が弱まるのを待つばかりである。『半減期』というのが文字通り半分に弱まるまでの時間ということになるのだが、ようやくの半分に何万年だとか、とても文明史の年表で足りない時間スケールなのは御存知の通りだ。

 お解りだろうか。原子力の平和利用は御立派だが、発生するエネルギーの使途にいくら平和の動機を保証してみたところで、非常にタチの悪い、対処不可能なまでの殺傷能力を有する放射性廃棄物がどんどん生成されてしまう。これが原子力利用問題の本質なのだ。
 では質問。
 まあガッチガチに放射線を透過しづらい素材の容器を分厚く作って厳重に密閉し、滅多なことでは出て来ない…ことにして、そんなもんかなあと思ってしまえる程度のどこか深くに穴を掘って埋めるとしよう。その総費用を算出していただきたい。

 鵜呑みにしている人なんかまずいないだろうが、『原発はコストが安く、電気代が安くなる』というドアホな説明をよく見かける。これはもちろん『放射性廃棄物の処置をどうして良いのか判らないので、その経費を計算せずにゼロ勘定ですっとぼける』というあり得ない検討手法が前提になっている。
 本来なら、原子構造を操作するレベルの新技術を開発し、それを駆使した放射能除去工程まで含めて、安全な一貫作業が成立する廃棄物処理プラントの実用稼動まで、おいくらかかるのかが計上されなければならない。だがこちらの仕事は今、まともに手を付ける遥か以前で意図的に諦めて放り出したも同然で、黙ってスルーがお約束の状況となっている。

 いま放射性物質が混ざり込んだ蒸気漏れの重大事故現場を抱える関西で、停止中の原発を再稼働させるのみならず、新たな原発の建て増しまでもやり散らかしにかかろうとする愚策が進行中だ。
 これは明らかに日本国組織の永続を破綻させる組織認知症患者の集団意志【617】【618】が働いており、健常者の国務としていち早くその摘発と削除が望まれる。

 超・高級を謳ってモノホンで『トイレの無いマンション』に億単位の値札がつけられて、現実にどこかの高層タワー棟で売りに出されたとしたらどうなるのだろう?
 マスコミどもは一斉に『怖い怖いお役人さまに睨まれずに済む、当たり障りのない安全地帯やわらかトピック』として、付箋めくりの暇潰しボードを連日量産しては、その意味するところを判ってとぼけて、死ぬ程どうでもいい素人雑談だけ垂れ流して過ごすのだろうか。

 いま現与党・犯罪者政権の組織認知症老人ども【667】が議会制民主主義の意義を捻じ曲げており、議会を『支配階級の権力宣言の場』として悪用しようとする誤作動が目に余る。言われるがままになびくことしかできない虚弱な日本社会は、既にいくつもの致命傷を負ってしまった。
 あの手この手で有権者を言いくるめ、いったん与党議員として選出されてしまえばしめたもの。多数決議会という支配階級の談合会で自分ら内々の私利私欲を摺りあわせ、逆らえば署っぴくぞの強権お達しに『議決の儀式』だけ強行したら、それを議会の手の届く範囲内だけで一方的に法治社会全域対象の法律扱いで決定処理するという、お隣の半島や大陸もびっくりの非・文明的政情となっている【606】【626】

 そう、国民に向かって『正直、公正』を宣言すると、議会から『個人攻撃』と非難される異常事態には、こんな背景があるのだ。
 しくじったとはいえ世襲の坊主なりに、支配階級の一番ピエロとして階級制煽動のパシリ役を頑張ってくれたんだ、こんなところで下民相手にオマエ一人だけいい子になるなよ、と。
 なお『個人的な攻撃には違和感がある』との『違和感』なる表現、これはボケ老人が『ワシは気に喰わんぞ』という不満をアピールし相手をたじろがせようとする痴呆戦法の常套句だ。
 『どんな整合基準値からナニがどれだけ違っててどう実害があるのか、正々堂々きちんと抜かせ』で一蹴するのが正しい。放っておけ。

 この先アラウンド18歳の新規来訪者を恒常的に呼び込む狙いで前回をアップした。
 若者たちが一定ペースで出典確認のためここを訪れ、読後の記憶を起点に自分で思考し、自分で判断して振舞うようになる。ほんの僅かずつだが、毎年そんな若年層が社会参画して来るだろう。
 いつまで彼等にコケ脅しの上から態度が通用するか考えて、おのれが老いゆく態度を決めた方が身のためだと思うぜ、バカで腰抜け腑抜けの大人どもよ。
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【669】ビニール梱包の受験必勝参考書 [ビジネス]

 さあてと。笑える話が最近ないし、ちょいと夏休み終盤の気紛れに、受験生世代の理系学力底上げ企画でもやっておきますか。
 ほらほら若い子たち、試験にゼッタイ使える実用知識を紹介するから寄っといで♪

 元素の周期表を御存知だろう。受験勉強では、あまりにもつまらない登場の仕方しかしないので、学生がバケ学を嫌いになる原因のひとつにもなってしまっている。
 実は世間で出遭うさまざまなケミカル現象をロジカルに理解できるので、こんなに面白い知識ネタもそうそう無いくらいなのだがなあ。その四方山話はいずれ機会を探すとして、今日は端的にこれを暗記するという、いかにもベタな点取り勉強から始めようか。

 『元素 周期表』で検索すればその画像が山のようにヒットするので、どれか1枚プリントアウトしてみるがよろしい。何だか上の方の行が数少なく中抜けしたような表が出て来ると思う。
 これは原子の姿を太陽系の惑星軌道のようなモデルで描き表わした場合、一番内側の水星=最内殻軌道に電子が2個までしか入れない規則があり、同じく二番目の金星軌道には8個まで、三番目の地球軌道にも同じく8個まで、と定員制限がかかっているためである。
 これら2個や8個の根拠は今もって解明されておらず『魔法数』と呼ばれている。

 最も有名な語呂合わせは『水兵リーベ―僕の船。名前もあるさシップスクラークか』というやつで、水素H、ヘリウムHe、リチウムLi、ベリリウムBe…と上から横書き行で読んでいくワケだ。これで第4周期のアタマからふたつめ、2A族のカルシウムCaまで行ける。ま、中学レベルだな。

 では高校理系コースの領域に進もう。
 ここでは伏字を一切使わずにやって来たけれど、さすがにコトここに到って到底マトモには書けないので、伏字を使うことにする。当て字も御容赦いただきたい。
 見りゃ判るがその品性たるや惨憺たるもので、さしもの私も、何度もキーボードを打つ手にブレーキがかかる。しかしまあ男子高校生の標準的な頭の中が実によく反映されており、タイヘンに興味深い。

 ではGO!第4周期のカリウムK、カルシウムCaから。
 『カカアは好かん小さいバナナ、黒マン鉄子にどうも会えんが、下痢して明日はS○X匂う栗とリス』

 続けて第5周期のルビジウムRb、ストロンチウムSrから。
 『ルビーのスリップ一等賞、じっと匂ってもう勃った。流浪のパトロンは銀のコン○ームでインもすんなり、素晴らしいテクニック、愛のS○X』

 バケ学的な物性を論じるにあたっては、むしろタテ方向の暗記が重要な場合も多い。
 一番左、アルカリ金属で知られる1A族は、これのみ下から上に読み上げる方向で
 『フランスでせしめたルビーはかなりエッチ』

 その隣、アルカリ土類金属の2A族およびそれ以降は、普通に上から下に読み下ろす。
 『ベッドに潜り込む彼女のスリップ薔薇色』

 その右側の大きく中抜けしている『遷移元素』の部分は、私の人生であんまり暗記対象にならなかった。一応、我々の生活に馴染みのある金属元素の多くがここに入っているのを見知っておこう。

 さて気を取り直してホウ素B、アルミニウムAl…の族から再開するとしよう。左から順に縦読みで続ける。
 『ボールがインしてる』 どこにだ馬鹿たれ。私の学生当時ニホニウムNhは未発見だった。
 『くさい下痢すんな』、これは『くさい下痢すぐ治る』という微笑ましいバージョンもある。
 『秩に淋菌アソコしぼんでびっくり』、もう最初を当て字にしないとやってられない。
 『幼いS○X照れてポー』、多少学術的を気取って『雄の精子は鉄砲だ』というのもある。
 『ふっくらブラジャー愛の跡』、これは結構有名らしく、あちこちでしょっちゅう聞いたものだ。

 最後に右端タテ一列の不活性元素だが、『変なネエちゃんある日狂ってS○X乱発』が一般的、たまに『ある日クルマで』の現実派バージョンを好む向きもいる。

 以上、私の人生でこの言い伝えを文字に書き落としたのは初めてである。随分と無理のある語呂合わせまで押し込みつつ、劣情全開だけでは済まない男子受験生の妄想回路がこんな文化を横行させていた。
 セクハラの概念がこれだけ普及した現代日本社会においても、時を越え間違いなく役に立つだろう。男子受験生ならもう忘れないはずだ。

 中性子とかドッチラケなのもいるんだけど今それは置いとくとして、単純には、あらゆる原子はプラス電荷の陽子とマイナス電荷の電子が各々いくついくつあるかで、どんな物性つまりどの元素になるかが決まる。因みにどの元素もただ単独そこにいるだけなら、プラス・マイナスは同数で釣り合っている。
 水素Hなら陽子と電子は1個ずつ、ヘリウムHeなら陽子と電子が2個ずつ。
 もちろんリチウムLiは3個ずつなのだが、最内殻軌道の魔法数は2で既に定員いっぱい、よって3個目の電子はその外側の第二軌道にひとつめとして入ることになる。周期表でリチウムLiの下に並ぶナトリウムNaやカリウムKも同じ事情により、最外殻軌道に電子ひとつだけ周っているモデル構造だ。
 だから『余計な電子ひとつ放り出して、電荷バランスがプラスっぽくなっても構わないかも』みたいな性質=イオン化傾向大、というところがお互い共通点として似るってことにもなるのである。このあたりが元素の周期性の本質であり、こんな形式の表に整理される所以だ。
 またニホニウムNhなんかは自然界に存在しない元素であり、この周期表に則って原子構造のモデルが先に想定され、人工的に生成実験が繰り返され成功した一例だったりする。

 原子モデルの知識を持っていれば、分子構造やそれを組み換える化学式が理解できる。新しい素材や、必要な化学反応を得るための思考背景となる、応用性の高い大事な基礎だ。
 有機化学も無機化学も面白いハナシはたくさんあるのだが、まずは今日ここで元素の周期表を憶え、陽子・電子だけで構わないから原子モデルに基づいて周期性の意味を知っておいていただきたい。

 では本日のレクチャーはこれで終わり!みんなで拡散・共有の輪を拡げて役立てるように!
 下ネタが苦手な読者さまには申し訳なかったが、男子の脳内ってこんなもんですぜ。
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【668】財務診断、カネのなる木のジパング果樹園 [ビジネス]

 困ったことに、文章の量を手早く調整したところ『またしても』ミスをやらかしてしまった。
 『もう一回のオマエを筆頭に』も何も、世襲のガキは一度も証人喚問の場に立っていない。何しろ複数の違法行為がたて続けに発覚し、それらの登場人物も多過ぎたもんだから、いったん表にでもまとめて整理し、首っ引きで確かめながら作文しないと頭がゴッチャになってまた失敗しそうだ。ともあれ修正しておきます、うっかり続きでスイマセン。

 私がまだ中学生の頃のこと、学習塾の先生が『いずれはどの国も社会主義になっていくと思う』と話していたのを思い出す。決して政治思想を本題にした場面で、その目的をもって語られた言葉ではなかったことを断っておこう。

 まず自由競争の市場では宿命として経済格差が発生する。
 いっぽう高度文明社会の考え方として、常識的な感覚を割り込むような経済衰弱層に対しては、一時的にでも公共の資本を充てて生活レベルをまず立て直させる措置を取るのが普通だ。
 そのか弱い経済力で切り回す生活が社会の一般構成員としての安泰要件を割り込んでくると、その層域に対してイレギュラーな対応が周囲に発生するし、『そんな厳しい立場の仲間がいるんだ』という事実により社会全体の幸福感が阻害されてしまい、社会の全層域に望まない精神状態が伝播するからだ。
 自由経済下で貧富のバラツキが幅を持っているにしても、知恵ある文明人の社会全体=オオヤケとして、しんどい仲間を助ける仕組みを布くならば、そこは自然のなりゆきとして社会主義のカラーを帯びることになるはずだと。そんな話だったと思う。

 この時代、まだ日本国の人口ピラミッドは三角形の面影を残しており、日本の工業製品は元気に進化発展を続けていた。確かウォークマンが出た頃だっけ…と調べたら、1979年らしいから的中である。
 日本社会はそれ丸ごとが生産性組織であり、第一次産業の急減や第二次・第三次産業の急増などバランスの大変動はあったものの、常に『ナニガシかを作り出し続ける集団』であり、それが社会というものの定義の大前提であった。
 そこで生産した成果物をカネに換算して生活保護の金銭で分配する…みたいなプロセスまでは一切イメージにないまま、何だか生産性組織としての高度社会が力不足の末端を手厚く引張りながら継続していくものだと、漠然と思い込んでいたのだ。

 ま、知らず知らずのうちにそんな感覚を覚えさせるまで到達できていた日本国は、後になって『最も成功した社会主義国家』と呼ばれたりすることになるワケだが。

 いま日本で妙なチグハグ感として引掛るのは、農作物にせよ工業製品にせよザクザク生まれ出て来ている訳でもないのに、経済成長だの過去最高の業績だの調子いい文言ばかり飛び交うところではなかろうか。
 御存知の通り、いっくら好況を吹聴し、デマ煽動のその情報をばら撒いたところで、つまるところ誰ひとり本心に響いていないのだ。
 第一次産業は真先に高齢化による体力喪失で衰退しているし、第二次産業はすっかり中国や東南アジア諸国の製品に凌駕されている。第三次以降の産業はそもそもコト消費だから物品の産出はあり得ない。これでは社会主義化するも何も、分配する元手そのものが日本国内に存在しなくなっているということじゃないか。
 非・生産性組織つまり『何も作り出さない集団』に向かう日本社会は、もう文明的な生活を底上げする平和的な社会主義には、なりたくともなれなくなっている。

 以前にも述べたが、人間食わないと生きていけないことを考えると、複雑怪奇に制御不能となり過ぎたカネ経済と決別した第一次産業回帰の志向は手堅く強まって来ると思う【370】
 この日本列島に暮らして衣食住を確保しようとすると、必然的にそうならざるを得ない。
 『資本主義経済は成長し続けるしか道は無い』とする説があるが、高齢化を迎えた日本社会でそんなものは選択肢にならない。人口全体の高齢化により生産力の消耗が避けられない以上、とにかく元手が減るのだから実質的成長は原理的に不可能である。

 ダメノミクスの一環として、停滞し困窮し続ける日本経済市場に向かって『まだまだやるぞ異次元緩和!』と居直り続けた日銀だが、最近になって態度がぐらつき始めた。
 非・生産性組織つまり『何も作り出さない集団』でありながらも、紙と印刷機さえあれば『カネだけは作り出す集団』にはなれていた日本国、そこに書かれた数字には『文明人の合理的計算に則って生産力と釣り合せます』という理性の保証が付いている。
 カネ生産機関としての日銀はその理性の保証を直接業務としてやり切る立場にあり、いま現実解の無さに腰が退け始めたのだとすると、これはなかなか面白いことになって来た。
 当初あれほど調子の良かった『バーイ!マーイ!ダメノミクス!』、実績が付いて来ないその後も悔し紛れの負け惜しみで『ダメノミクスの恩恵、トリクルダウン』などと嘯いていたが、ここ最近の日銀の発表はその勢いに水を差すものではないのか。
 ここはひとつ、総裁選の候補者討論とやらに出て来てもらって、これまで成否判定の中間報告も無ければ修正もされていないダメノミクスの勝算について、真摯で丁寧な説明をぜひ聞きたいところである。

 中国人の友人が『共産主義というのは元々個人バラツキを気にせず皆で等しく、仲良く社会を回して行こうという優れたコンセプトのはずなんだよ』と話してくれたことがある。実にその通りであり、ナニ主義であろうが人間社会の平和な運営を目的にしていることに変わりは無い。
 粗悪な人間が混ざり込んで、その基本コンセプトを無視してアンフェアに振る舞うのが問題なのだ。

 近年これだけ未解決の不祥事を抱えた与党の総裁選なんかなかったろう。完全公開の総裁選候補者討論会で双方からすっきり解説して理解を得ておかないと、世論の支持がついてこないと思うぞ。
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