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【658】大盤振舞い先鋭テクノロジーの贅沢な毎日 [ビジネス]

 さて『風立ちぬ』の劇中で目立つのが、飛行機の逆ガル翼だ。
 皆さん夏の海の絵を描いたら、上に凸の山をふたつ繋げたカモメのシルエットを幾つか飛ばすでしょうが。
 あれがカモメ=ガルだから、逆ガルとはシルエットがW字型になる主翼のことをいう。

 大戦中、実機での採用例は意外と多く、米軍のシコルスキー製F4Uコルセアなんかが見た目も極端だし有名、面白い所では七色星団においてドメル将軍の瞬間物質移送機を使った急襲作戦で、宇宙戦艦ヤマトに襲いかかった雷撃隊も逆ガル翼機で描かれていた。宇宙空間で主翼が必要かどうかという野暮な質問は呑み込むとして、胴体まるごとが魚雷になっているかのようなデザインが印象的であった。
 まあ主翼がW字型に折れているというのは、とりあえずインパクトがあってカッコ良く見えるのだが、何故こんな形状にしたがる設計思想が湧き起こるのだろうか。

 例によって結論から行こう。何より下が見たかった。
 …ええっ?そ、そんな理由で飛行機の命とも言える主翼を曲げちゃうワケ???

 答はYESである。
 当たり前だが主翼は真直ぐにして、一直線の主桁を通してやるのが断然に効率の良い設計となる。激しい運動能力を要求される戦闘機なら尚更だ。

 だが単発の低翼機は下が見えない。だって操縦席のキャノピーは主翼の真上だもん。
 飛行機を正面から見て、ぶっちゃけ円断面の胴体があったとして、主翼が円のてっぺんに沿う接線以上になるのを高翼機、円のド真ん中を貫く横一線になるのを中翼機、円の底の接線になるのを低翼機と呼ぶ。胴体断面円の中心にプロペラ軸が来るとして、主翼を真正面から引張れる中翼機が最も素直なレイアウトであり、これだと胴体と主翼の位置関係で決まる『干渉抵抗』なる空気抵抗も最小限に抑えられるのだが、どうして大戦中の単発機は低翼型が圧倒的に多くなっている。
 低翼式なら、主翼の中央を左右一直線で通す主桁が操縦席と場所を取り合いすることもなく、短い着陸脚を平たい腹面に引込めることができるからだ。

 では下が見えないと、何がどのくらい困るのか。
 一番の問題は航空母艦への着艦にあたり、事故率が高くなることである。飛行機は機首を下げて着陸するのではなく、逆に機首を上げて迎え角を大きくとって着陸するのだ。旅客機なんかでも必ず翼下の主脚の方が先に着地するでしょうが。
 九六艦戦でもゼロ戦でも形を見直してみていただきたい。熟練を積んで、殆どカンで相対位置を合わせ込んで、空母の制動策に着艦フックが引掛るタイミングを計って飛行機を落とすようなものである【460】
 『大戦中の艦上機の15%が戦闘ではなく発着艦時の事故で喪失した』とするデータもあるのだ。敵もいないところで飛行機1機失えば、さらに運悪くパイロット1名までも失えば、これほど馬鹿馬鹿しい損害は無い。お判りかな?
 従って逆ガル翼機は海軍の艦上機に採用例が集中している。ただゼロ戦は軽量化を最優先で一直線に伸びた簡素で素直な設計となっている。
 逆ガル翼により、下方視界を向上させるとともに固定脚を短く軽くした九六艦戦は、確かにアバンギャルドな効率的設計だったと言えるだろう。

 あんまり深入りすると、ただの飛行機の話になってしまうので『風立ちぬ』に戻ろう。
 作中を通じて感じるのは『優れた技術者は自案の独占にこだわらない』とする『技術のこころ』である。コピーされるのを恐れて堀越・本庄両技師を威圧する現場作業員をなだめたユンカース博士は、惜しみなく自分の技術を開示する役回りだったし、作業点検口カバーの新構造を思いついた堀越技師は、それを図面に引いて本庄技師に『僕のアヒルには間に合わなかったんだ。使ってくれ』と気前よく手渡した。そりゃ早く現物の実用作動が見たいもんね。

 ここまでストレートに描いてくれた作品は他になかなか思い当たらず実に痛快なのだが、その痛快なる一言で断ずるなら『ああ、できるヤツってそんなもんだよ』といったところか。

 随分と前になるが、いわゆる『メーカーさん』がウチのライバル社の仕様提示をクリアできなくて困っていたところに知恵を貸したりもしたものだ。もちろんプロの技術者が技術検討に取り組むのだから、ガチの本気で『私の考えるベスト解』を提案した。これでやれば解決できるはず、どうぞ試してくださいと。
 いずれ自社が類似あるいは同様の課題に直面した場合があったとして、ライバル社が先んじて私のアイディアを実験してくれているものだと解釈する。やはり実験を経て、現実として結果事実を手に入れるというのは、技術思考の最強の確信根拠だと思う。
 ウェルカム、こちとら楽しんでやってるんだ、むしろ有難い。

 私の提案が現実として動いた場合は、ある意味義理の必然的に私の耳にその顛末が届く訳だが、ここは礼儀として、一切聞かなかったことにして墓場まで持ってくのは当然である。
 新たな問題が発生していれば発案の責任を負ってとことん相談に乗るし、もっと凄くなる発展案を思いついたらこちらから追加提案も差し上げる。更なる技術の進展を、この現実の出来事として確かめるために。
 こうやって業界の中で、手の届く限り広く、全知全能をかけ技術を育てて、そこから自分は必要になったところを必要なぶんだけ使えば良い。
 技術エクセレント層だけが理解して実践する特権のはず、ジブリは何故これを知っている?

 よこしまな心で他人の成果を横取りしようとする人間が存在する以上、知的財産の所有権に関わる概念を否定する訳にはいかないのだが、元来はそういう悪者がいない社会で、どんどん自分オリジナルの案を転がして楽しむ姿が技術者の理想像なのだと思っている。

 さてと。今回もこんなところで切ってみるかね♪
 まず、皆の底上げに手を抜かない。これは組織生命力の健全保証として必須項目だろう。
 …ってことを納得してもらって、予定通りならあと一週間だが、真直ぐ頼むぞ野党たち!
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【657】悩めるアキレスとアヒル二代目の武勇伝 [ビジネス]

 予想通り、自然とRSSの更新が元通りに追いつくようになった。気にせず進もう。

 さて堀越二郎技師は、九六艦戦のあと十二試艦戦=零式艦上戦闘機、つまりゼロ戦を手掛けている。御本人としては九六艦戦の方が会心作だったらしいのだが、事実としては御存知ゼロ戦の方が大東亜戦争での存在感も、それによる知名度も遥かに上回った【309】
 九六艦戦は固定脚に開放型操縦席の軽量戦闘機=軽戦であり、空戦の武装は7.7ミリ機関銃2丁のみ、軽快な運動性で組んず解れつ敵機の背後を取り合う『巴戦(ともえせん)』を得意とする。
 えっ、最前線の戦闘機が青天井なんて野暮ったくない?などとおっしゃるなかれ。飛び立ってしまえばすぐ下層雲より上には出てしまえるし、他の背の高い雲は避けられる。空力的な非洗練性のデメリットが許容範囲に収まるなら、圧倒的に視界の良い開放型が当時のパイロットたちに支持されたのである。巴戦で戦うとなると、先に敵機を発見し斜め後方上空の好位置に回り込んで、先手必勝で仕掛けるのが断然に勝率高い。
 ゼロ戦を始め、後の全閉式風防の戦闘機たちも、戦闘態勢でない時は風防を開けて周囲に目を光らせるのが普通であった。当時レーダーは一応あったがまだまだ性能が不十分だったし、有視界飛行が航空戦闘の基本だったのである。

 さて高い運動能力を誇った九六艦戦だが当時の戦局に照らして、どうしようもなく不足している性能項目があった。
 航続距離だ。まあ空母で連れてって、そこらから飛ばすやつですからねえ。
 日華事変つまり大東亜戦争初期【459】、中国奥地の重慶や成都の軍事拠点を制圧するため、既に日本海軍の基地があった東シナ海沿岸部から爆撃隊を飛ばしていたのだが、小型軽量ゆえ燃料タンクも小さく遠出ができない九六艦戦は、爆撃隊の護衛に付けない。
 仕方なく護衛なしで爆撃隊を飛ばさざるを得ず、中国軍のソ連製イ-15あるいはイ-16といった旧式戦闘機の迎撃により大損害を出していた。イ-15なんか複葉機なのだが。

 この爆撃隊を編成していた飛行機が、九六式陸上攻撃機である。
 ほっそりしたプロポーションに双垂直尾翼が特徴的な美しい双発機、その設計者の名前を本庄季朗という。あんな風采のちょっとニヒル系イケメン技術者だったかどうかは知らない。
 飛行機好きには割と有名なトリビアだったりするのだが、実在した九六陸攻設計者の本庄氏は、第1回鳥人間コンテストの優勝機体も設計していたりする。

 九六陸攻も機首や胴体上下に旋回式銃座を備えているが、前回述べた『電車の窓から斜め射撃』の原理により命中率は悪く、たかが旧式であっても既に胴体軸線で撃てる固定銃を持った戦闘機には抗戦が難しかった。大戦中こういった旋回式銃座や、敵機の直上あるいは直下から狙う思想の『斜銃』というレイアウトもあったのだが、真正面狙いの固定銃と比較して、命中率は丸一桁違っていたという。
 ともあれ、費用対効果の悪すぎる爆撃作戦で、貴重な戦力を浪費する訳に行かなかったのである。

 ここにゼロ戦が投入される。
 例によって徹底した軽量化を図ることで、抜群の運動能力を与え、常識外れの航続距離も飛ぶ。加えて欲張って、速力と火力を大きく向上させた。それらを実現する設計アイテムとして、引込脚と全閉式風防、主翼内には20ミリ機関砲を備えることになったのである。

 面白いのは、軽快な九六艦戦での巴戦に馴染んだ熟練パイロットたちにとって、当初ゼロ戦は箸にも棒にも掛からない不評だったという逸話である。身の軽さが身上の現行九六艦戦なのに、最新装備で鈍重になったゼロ戦は、改悪にしかなってないと。実際、九六艦戦とゼロ戦の模擬空中戦では、九六艦戦が圧勝したハナシが残っているようだ。
 護衛出撃の初日、ゼロ戦隊は計画通り爆撃隊を護衛して四川盆地にまで到達、爆撃作戦は首尾よく遂行された。だが護衛戦闘機隊の存在をどこか手前で見つけられたか、あるいは事前に情報が洩れたか、中国戦闘機群は迎撃に来ないどころか、飛行場にも駐機が全く見当たらなかったという。

 数度の肩透かしを食らった後のある日、ゼロ戦隊は爆撃隊と連れ立って帰投したと見せかけ、敵地上空に引き返した。
 戦力温存のため一時退避していた中国戦闘機群は安心して別空域から帰還してきたところ、まさかの意表を突かれた格好でゼロ戦隊の餌食となり、30機以上があっという間に全数撃墜されてしまったという。
 そもそも開発時期の新旧があり比較しては可哀想な階級差なのだが、対九六艦戦の模擬戦で不評だったはずの運動性能は当時の航空技術で十分すぎる水準にあり、この時のゼロ戦隊の損害は2機被弾のみという圧勝だったらしい。爆撃作戦の経路をいったん引き返して空中戦をやり、もちろん全機帰還したということは、そこまでやってなお燃料残量に多少なりとも余裕があったということになるのだ。

 この時代、空中戦の定番イメージが世界共通としてどこまで固まっていたのかは判らない。ただ信じられない長距離を一跨ぎに飛んで来てはケタ外れの機動力で暴れまわり、応戦しようにも歯が立たない大空の脅威として、ゼロ戦は連合軍に恐れられることとなった。
 お互いの未知や、多くの偶然にも助けられていたはずの大戦果、だが日本軍のアタマはこの成功体験を忘れ去れなくなり、変遷していく技術と戦法の移り変わりに追随できないまま苦境に落ちて行く。
 タイレルP34【81】とは別の形で、技術のあり方を改めて考えさせられる事例なのだ。

 で、この御時世に、定数6増なんて到底マトモな思考回路ではない、認知症による妄言だろう。これが民意だ。
 まずはあらゆる手段の徹底抗戦で結構、引き続き頼む野党たち!連日お疲れさま!
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【656】千客万来祈願、スーパープロモ歴史談話 [ビジネス]

 気まぐれのイイ加減が私の身上ゆえ、更に話題を違う方向に転がしてみようか。
 かねてからスタジオ・ジブリの『風立ちぬ』を話題にしたいと思っていた。しっかり技術的に納得のいく内容となっており、モノ造りの基本を心得た人ならではと唸らされる、ただならない作風を感じるからだ。万々が一にもネタバレにつながってしまってその興行を邪魔する行きがかりにならないよう、ずっと思いとどまっていたのだが、そろそろ大丈夫かも知れない。

 以前にも少し書いているが、『風立ちぬ』はゼロ戦の設計者・堀越二郎技師をモデルにした作品である【309】
 まずは、この作品が完全なフィクションであることを理解しておこう。本作のストーリーは、堀越技師の一生を描いたドキュメンタリーではない。
 そしてもうひとつ、この作品はゼロ戦の開発経緯を題材にしたものでもないのだ。菜穂子さんと手を握り合って設計を突き詰め、当時としては驚異的な性能を発揮した機体は、そのイチ世代前=九六式艦上戦闘機(『きゅうろくかんせん』と呼ぶ)である。さらに劇中で大空を舞い絶賛されるのは、まだ試作段階なので『九試単座艦上戦闘機』ということになる。
 あんまり詳しくないんだけど、アレ?ゼロ戦って脚は引込んでて、キャノピーは全閉型なんじゃなかったっけ…と気になり、ラストシーン間近に『これがキミのゼロか。美しいな』『一機も戻って来ませんでした』の会話で、アララこれっぽいかも?と勘付いた方、正解である。
 全面灰白色に日の丸、無敵の戦果を上げた初期型の一一型あるいは二一型あたりだろう。
 あ、『いちいちがた』『にいちがた』と読みます。よろしく。

 さて九六艦戦に話を戻すが、当時の日本海軍の呼称ルールに照らして、この日本最初の全金属製・単葉単座戦闘機は昭和9年に開発が決定され、皇紀2596年=昭和11年=西暦1936年に正式採用となった。
 そう、飛行機といえば木製の骨に帆布を張った複葉機がまだまだ普通の時代に、他国との武力競争に打ち勝つためこのレベルの設計を実用化したのである。

 私の母方の祖父【355】が生まれたのは明治32年=1899年、これは日清戦争の4年後であり、面白い所では牛丼の吉野家創業の年でもあるらしいのだが、実はこの時点でまだ人類は動力による飛行を実現していない。オットー・リリエンタールがグライダーの研究を繰り返すうち失敗して命を落としたのが1896年。ライト兄弟によるエンジン動力機の初飛行が1903年である。
 つまり人間は20世紀になって初めて飛行機を手に入れたことになり、その後の航空技術の発達がいかにどえらい勢いなのか、改めて驚くばかりだ。もうこの世にいないけど、ウチの爺さんは飛行機の無い時代に生まれてたんだぜ、凄いっしょ。
 日露戦争1904~05年がその直後であり、ここで日本海軍は日本海において露バルチック艦隊を撃滅し勝利を収めた。この時代、武力衝突と言えば上陸し大砲を撃って敵地に攻め込むか、軍艦同士でやはり大砲を撃ち合う制海戦が象徴的な形態だったのである。
 この頃の技術遺産が、現存する世界最古の鋼製戦艦『三笠』であり、艦内には日本海海戦の解説資料なんかもまだ展示されているはずなので、この夏ぜひ一度御覧になっておくとよろしかろう。因みに間近の売店にある『東郷ビール』は、泣いて喜ぶほど別格の美味だとまでは思わないけれど、訪れる度に記念行事として飲んだものである。

 飛行機に話を戻そう。
 第一次世界大戦1914~18年の直前あたりから、飛行機が武力として使われ始めたという。ただ、何しろ人類初飛行が1903年だから、たかが十年後のそれはロクなものではなかったらしい。最初はともかく武装を抱えて飛び立つだけの余力すら危うかったため、やはりというか、偵察任務が軍用航空機の始まりであった。
 おっとっとその前に、第一次世界大戦はぶっちゃけドイツが世界中を敵にまわして起こした戦争、ぐらいの知識は再確認しておいていただこうか。欧州のド真ん中で、例えば川や海峡の向こう側と戦争をやるのだ。うわわ、思いっきり御近所さんじゃないかよ。

 だからなのだが、どうにか飛べる飛行機が飛んだ瞬間、即刻武力に転用された。隣接する敵国陣地で、どんな規模の武力がどんな攻撃態勢を自国に向けているかは、限られた国力を投入する作戦立案にあたって非常に重要な情報であり、故に偵察任務は勝敗さえ左右する貴重な軍事機能だったのである。
 当然、敵対する両国から偵察機が飛び立ってお互いを探り合う構図となり、これらが空中で遭遇して撃墜し合うなりゆきとなる。最初は石ころやレンガを飛行機に持ち込み、相手の上空に回り込んで、これらを投下するという原始的な格闘手法から始まったそうだ。
 複葉で帆布張りの、単座なり複座なりの飛行機が、一生懸命にお互いの上空を取ろうとする。当然、そのうち鉄砲を飛行機に持ち込んで、下から撃ち返すヤツも現われる。
 飛行機に乗って手持ちの銃をぶっ放すというのも命中率が悪すぎたらしいのだが、ギア同期でプロペラの間から弾を撃つという技術【309】も無かったので、最初の固定銃はプロペラの回転軌跡をよけた斜め上向きだったという。
 電車の窓から斜めに銃を突き出して、車窓から見える対象物を狙撃できるかどうか想像していただきたい。さぞかしフラストレーションの募る空中戦だったと思われる。

 実に世界がこの程度の技術力だった時代から、僅か十数年で日本国は『九試単座艦上戦闘機』に到達しているのだ。現代をして『時代が進展するスピードが加速している』のではなく、高度経済成長期からバブル期あたりに、極端に『時代が進展するスピードが遅くなっていただけ』なのではないだろうか。

 確信犯で始めた話題ゆえ、ほんのサワリで一回使ってしまい、無論もっともっと続く。
 当面、議会制民主主義の基本をきっちり守って、是々非々を厳守して行けば問題ないかな。
 起きている事実をしっかりと発信しながら、まだまだ頑張ってくれよ野党たち!
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【655】となりの墓守さん合格マニュアル [ビジネス]

 このあたりでホイっと話題を変えてみる。どうやら思考回路の再結線が進んできた。
 調子が良い悪いの程度問題ではなく、いま思い出しても完全にアタマが断線して壊れていたのだと思う。

 このところ深く短い睡眠の単位が不定型に訪れる感じで、【643】ではまだ残っていた長編の夢はどうやらほぼ終焉である。ただ何か夢を見ていた記憶だけはあり、牧歌的というか懐古的というか、静穏で友好的な印象だけが漠然と残っていることがある。ほんの時々『暗雲を背景にした四重の虹』のような壮大な光学現象の単発シーンを憶えていたりもするのだが、これは免疫力発動が小規模・単発化しているのだろうか。
 これまでほど離脱進展の節目らしき段階的な変化は感じないが、ふと気づくと、どうしようもない思考崩壊と始末に困る突発性の大量発汗、およびキツイあせも痛の三重苦がなくなっている。まだキレイさっぱりの完治まで到達できず特に耳鳴り・聴力の不調が片付かないのが悔しいが、それでも元の事情を同じくする知り合いには羨ましがられるの何の。

 『人生、山あり谷あり』を痛感する今日この頃ながら、例えば将来になって今の時期を振り返り、これが本当の谷になって見えるかどうかはまだ判らない。また後々谷に見えたからといって、その印象をもって人生全体像の評価が何か決まる訳でもない。

 私の尊敬するラダ・ビノード・パール判事だが【156】【164】、晩年は経済的に厳しく困窮した生活の中で生涯を閉じたと言われる。また、あのサグラダ・ファミリア大聖堂を設計した建築家アントニオ・ガウディは、晩年やはり楽でない生活を送るうち路面電車にはねられて人生を終えた。
 二人とも人類の歴史に名を刻む大功績を打ち立てた人物ながら、決してそのイメージに釣り合うとは言えない最期であり、ファンとしては勝手ながら地味で残念すぎる印象さえ感じてしまうのだ。
 だがこの二人は本当に分不相応に不幸な末路であり、この世への未練たらたらでその時を迎えていたのだろうか?
 こんなもの外野が勝手に想像を巡らしても悲しいくらいしょうがないのだが、個人的には直感的に常識人が思うほど酷くはなかったのではないかという気がしている。何しろ自分自身がこれと信じるチャレンジを直球で実行し、その結果として展開していく現実の行方を我が目で確かめているからだ。

 考えてみれば、晩年になって有り余る財産を抱え、みんな仲良しの大家族に囲まれ、美味いもん毎日食って、あったかい寝床で眠るようにこの世に別れを告げるというのは相当に難しい。
 これが人類の文明社会において、一般的に『快適で安穏で精神的に安定している』とされる条件なのは間違いなく、気力・体力の衰えた年齢になってそんな環境で最期の時間を過ごしたいとする願望は理解できる。だから個人スケールでも社会福祉スケールでも、その構図が理想とされ目標事象に据えられるのだろう。
 だが果たして、これまでの長きにわたりDNAに生命の掟を紡いできた他の圧倒的多数の生物たちにとっても、事情は同じなのだろうか?

 人間の作り話だとする説もあるそうだが、有名なところで『ゾウの墓場』の例について。年老いて自らの死期を悟ったゾウは自然と群れを離れ、祖先たちの遺骨があちこち風化し行くコミュニティ共通の死に場所を訪れるという。
 これを『孤独で悲しく、みすぼらしくも寂しい』と評するのは、人間の、たまたま文明のなりゆきで人工的に周りに価値観を決めてもらったような個人の、勝手な泣きの概念だったりはしないのだろうか。
 そういえば、普段そこらで見かけるハトやスズメにカラス、その他は結構な街中にもイタチなんかが家族で歩き回っていたりするのだが、彼等は一体どこで息絶えているのだろう。自然死のなきがらを、まず見かけたことがない。

 私がかつて畑の一角の一軒家を借りていた話はしたが【640】、実はこの以前にも田舎の片隅の一軒家を借りて住んでいた時期があったりする。要は私好みの住居形態なのである。
 経験のある方ならわかると思うが、こういうのはちょくちょく草引きしてやらないと、すぐに家の周りが草ぼうぼう状態になってしまう。特に暖かい季節は雑草が元気すぎてたまらん。
 私の田舎住まい転々時代、偶然にも畑だけでなく水田も間近という共通点があったため、いずれも家の周囲はカエルたちの住処にもなっていた。よって毒=除草剤を使う訳にはいかず、セイタカアワダチソウ始め繁殖力旺盛過ぎ、かつデカくなり過ぎる、タチの悪い雑草については株の中心目掛けて熱湯をかけて退治することとし、他の無茶に茂らない草は置いておくしかなかったのである。みんないるんだもん。

 こんな暮らし向きでやっていると、セキレイやカラス、時には毛並も滑らかなイタチなんかが、草むらに紛れて死後硬直でカッチカチになって、エアコン室外機の真横にお休みしていたりするのである。イタチの成獣なんかは、間近に見て実際さわると案外でかい。
 おやまあ、こんな所でお疲れさま。人間ごときがあんまり余計なコトをするのもよろしくないかと、適宜人目に触れないよう手を貸す程度に留め、御近所さんに知られないよう秘密のお葬式を上げて終了だ。これがまた、かなりの確率で誰かがすぐ連れ去っていく。
 不思議なことに、虫たちも鳥たちも獣たちも、最期の最期にゆっくりできる場所は、皆ちゃんと見つけて来て知ってくれているようだった。
 ここで、まだまだ元気な子孫があれこれ自分の用事を放り出して自分を取り巻くだとか、どうせ味わえもしないのに食いモンだの何だの贅沢したいだとか、上げ膳据え膳の環境を欲しがるのって人間だけかも知れない。
 本人はイイ気分かも知れないが、それって幸せなのか?そんなことを考えたものである。

 …と、今回はこんな話題のこんな所で話を切ってみましょうか。
 急に情報公開が途切れたと思えば、クソくっだらない裏口入学の噛ませスキャンダルかよ。
 裏口入学だろ?ほっとけ、事実だとして苦労するのは能力不足の本人だけ、誰も困らない。
 還暦近いロートル役人のガキだとすると年齢的に、本気の医師志望たる現役ハタチ前を不当に蹴落とした訳でもあるまい。茶番だ、茶番!!!

 解ってるようだし心配していない。引き続き応援するので本丸を着実に頼む、野党たち!
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【654】御贔屓ブロックチェーンの無料ロバスト保証書 [ビジネス]

 実はこれを作文している現時点で今なお継続している現象なのだが、前回【653】の投稿が『RSS1.0』『RSS2.0』に反映されず、RSSでは見かけ上【652】を最後に更新が滞った状態になっている。ここの御贔屓さんで、例えばスマホやタブレットなんかでお楽しみいただいている読者さんには、もしかして【653】の配信情報が届いてないんじゃないかという気もする。
 詳しくないので判らんのだが、なんでまた?こんな不具合モードは初めてだ。
 まあ前回【653】の更新直後といえば、物議を醸したサッカーW杯の対ポーランド戦でしたからね。きっと、どこか係の人がRSS更新用のスイッチ操作を忘れているのだろう。そのうち直るだろうし、気にせず今週も先へ進もう。

 特定の技術領域や公共福祉などを社会活動の重点強化アイテムに決めて、行政から補助金をつけるケースはよく見かけると思う。国際的に競争激化の気運が過熱している新技術だとか、国内で残念な事故が散発し要支援の世論が急上昇中の突発世相だとか。
 こういった社会の関心に応える形で、『ならば、みんなの力を頑張れる連中に託してみるか』と、税金資本の補助金がポンと積まれるワケだ。

 もちろん『よっしゃ、そういう事ならウチにやらせてくれ!』と腕に覚えのある老舗や新進気鋭の開拓者集団が次々に手を挙げ、用意された資本金でもって新事業展開のチャレンジを果敢にスタートアップ!
 …という構図は、この超長期的・底なし沼的不景気により、意外なほど稀になっている。

 前回にも述べた通り、特に中小企業なんかは今日を食い繋ぐための資金を、ガチの死にもの狂いで探し続けている。大企業はまず我が身を正常稼働に保たないと社会の広範囲に混乱が及んでしまうため、下請け泣かせの悪意など無くとも、必然として下請けの中小企業には厳しい採算取りのシワを寄せてしまいがちなのである。
 そんな苦しい立場の中小企業は、『補助金』や『事業支援金』と見るやイチもニもなく申請して、ありとあらゆるデッチ上げで応募要件を仕立てて書面提出、これでまず補助金受給により自らの運転資金を確保するのが至上目的となるケースは少なくない。これで火の車を今の瞬間ころがしてから、苦し紛れに成果事実の捻出を考え始めるという順番になるワケだ。
 大抵は役所や自治体が企画運営の事務局となり、税金資本で社会整備・産業活性化を図ると、応募が殺到して感度上々の滑り出しは見せるのだが、結局、業界を色めき立たせるようなヒット成果も出なければ、社会生活の安心基準が底堅く改善することもない。よくあるパターンである。
 何とかかんとかカタチになる成果物が実体化できれば御の字で、末路を訊かない約束の公務クローズ書面記録だけを残して消えていく企画も数知れず…

 疲弊した日本社会は、税金の撒き餌でギリ食い繋いでなお疲弊したまま、永遠に税金資本の出所に逆らえなくなっていくのだ。不景気が社会を公金予算の奴隷にし、奴隷と化した社会は、さらなる傲慢・横暴に隷従する体質に落ち込んでいく。
 日本社会の産業生産力が底を突き、流通させられる社会価値がカスカスに枯渇していても、紙に数字を印刷してカネをばら撒くぶんには、打出の小槌よろしくいくらでも経済空間に投入可能であることに気付こう。
 素人クロちゃんをバックにつけて世襲のガキがまさかの強気で居直る理由、財政健全化をあっさり放棄してバラマキ緩和政策の継続をいけしゃあしゃあと宣言する理由がこれである。

 冒頭に話題を戻して、これは中小企業限定の苦労話かというと決してそうではなく、中小企業が生命力を使い果たせば大企業は寄せていたシワを自前で背負い直すことになるから、結局は長きにわたり実際そうなって、上から下まで隷従社会の出来上がりとなった。
 そして遂には、日本国憲法以下、法律に従って公明正大に運営されるはずの民主主義法治国家組織・日本国において、あからさまな違法行為が摘発されたのに社会が気力を失い過ぎていて、それが犯罪として裁かれない緊急警戒事態にまで陥ってるかもってことだよ。

 ここは覗きに来る御贔屓さんが僅か数人程度の、ほんの小さな言論コミュニティである。受信者層の質に恵まれたお陰で、得体の知れない根拠で言いがかりをつけられ炎上することもなく、いつも楽しみに御覧いただきながら、この草葉の陰の独り言を発信することが10年以上にわたり叶っている。
 この通信形態は一種のブロックチェーンとして機能しているのではなかろうか。発信者・受信者を含む複数の人間がここの運営状況を定期的に並行チェックする立場にあり、その変化点は良識ある十分な能力により即座に感知されて、コミュニティ内で周知・共有されるのだ。
 ふう~ん、日本社会のサッカーW杯熱も相当なもんなのだなあと。

 ヒステリー系の左巻きが『言論弾圧・情報操作は独裁主義の象徴であり、戦争への第一歩だ!』と騒ぐのを見て、『鉄砲持った憲兵隊が常に国民を監視する恐怖社会』の短絡イメージを宙に描いて、鼻でせせら笑った人は多いと思う。では具体的にどんな違った姿になるのか、考えてみた方はおられるだろうか。

 この犯罪者政権が罪を犯し、世襲のガキ以下それをとぼけ通し、不運な国民が巻き込まれて命を落とし、それでも改まらないまま、犯罪者どもが立法に関わっているのだ。
 国家組織の意思決定にあからさまな情報歪曲の不備があるのを大勢が指摘しているのに、この犯罪者政権は多数決を根拠に自己都合のデタラメな立法を押し通している。これでは民主主義社会は成立せず、次には立てた法律が守られない=法治社会の機能喪失の懸念を禁じ得ない。
 他国と銃口を向き合せなければ、戦場で銃弾に倒れなければ、平和な日本国民としての暮らしが無条件に保証できるとでもいうのか。

 ここでは引き続き、私なりに品質保証した情報を提供する所存ですので、皆さま今後とも御愛顧くださいませ。次回には何事もなく元通りの、単なる事故だとは思いますが。
 こんな私が応援する。焦らず基本に忠実に、公然の正々堂々で頼むぞ野党たち!
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【653】勝機なき盲打ちリカバリーショットの大ヒンシュク [ビジネス]

 ああーそうか。世襲のガキ、これもう、のらりくらり根負け狙いの持久戦しか手が無いんだ。

 いくら認知症だからって、もう日本全国が手を叩いて『アンタこそ日本史に残る改憲のエースだ!』なんて讃えてくれる展開が、未来永劫に消滅していることぐらい認知できていると思われる。
 本州の西のハジ、出来損ないの濁った血筋が身の程知らずに手にできると思い込んだ改憲敢行の野望は、既に終わっているのだ。今この瞬間から心を入れ換え態度を180度改められても、コイツの最期には間に合わない。

 だが、このままじゃ『改憲に挫折しました』で独り負けだけしちゃって、還暦公務員の方はまだ途上だが、軽減税率だけゲタ与党に食い逃げされちゃう体たらくの今があるワケだよ。
 元々は、世襲のガキを筆頭に掲げて改憲敢行の賛成数を確保するため、その見返りにナントカ学会ゲタ与党の軽減税率+還暦公務員に賛成してやる、という交換取引があった【606】
 あほが不見識の自称保守にうかれて調子に乗り、アッチの世界向け右傾教育様式みたいなやつを依怙贔屓して特権支配意識のイイ気分に溺れていたところ、実は関わる現場あちこちの人々の良識を激しく逆撫でしていた。
 この現場の堪忍袋の緒が五月雨式にぶち切れて、際限なく思い上がった幼稚でよこしまな支配欲を、繰り返し徹底して叩かれ続ける窮地に陥ったのだ。この現場良心の逆襲に、ボケ老人どもの一方的な誘導妄言ごときで幕引きも何もあるワケねーだろが。

 何しろ国民を裏切って隠蔽のもと進めてきた汚い取引、その仲間意識を確かめてほくそ笑む贈収賄の揺るぎない事実糾弾だから、誰の目にも判りやすく逃げられない。そんな窮地で、出来損ないの血統ゆえ頭の回転もストレス耐性も、大きく人並を割り込んでいると来た。
 そう、痛い所を突かれ感情のタガが外れて、ついうっかりヤミ取引の神通力ツールであるソーリ職を賭すと、実にあっさり口走ってしまったのである【591】

 もちろんこれは世襲のガキの自爆ヘマであり、端的にコイツ単独でそのアオリをひっかぶって改憲だとか抜かすのを断念するのが、普通の成人社会人の神経である。
 改憲に関わる議論空間からは永久追放の身だし、せめて生きてるうちに、もう誰もが知っている真実を真実のままにゲロって、命まで落とした職員さんには土下座で贖罪しに行くのが人の心というものだろう。

 だが西のハジの薄汚れた血筋はそう考えない。もう残りの人生の全てをかけて、ありとあらゆる手段で改憲に執着するってことなんだろうな。これをやらなければ自分の人生は何だったのか…ってとこかね、馬鹿馬鹿しい。
 ともあれ面白いことに、『消費税率10%引上げ=与党が主張する軽減税率の実施要件』を即答で確約せず、自分の手持ちカードとしてチラつかせるような口をきき始めたのである。

 『働き方改革法案』とやらでムリヤリ企業の人件費を削らせ、公的資金注入で業績好調の数値をでっち上げさせることは可能、つまりその采配は自分の手中にあると言いたいのだろう。
 そのココロは、これまた脳足りんの素人クロちゃん発狂バラマキ財政がまだバックに付いているんだぞという、自身の決定権の誇示である。まあ持ち駒で降伏しない戦略としては正解っちゃ正解なのか。
 誰のための法案かだって?企業のためだって?
 違げーよ、政治家に役人、世襲のガキ。万引きボケ老人犯罪者組織のためだっての。

 我々国民の視点から見れば、まだ懲りずに日本国の将来経済力を食い潰しながら、更なる国家負債を積んでまで日本市場に公的資金のエサを撒くというのだ。一時的な権力行使のために。
 この御時世、明日といわず今晩にも首くくるかどうかの心境で、すがる資本を探している企業は少なくない。彼等を釣って、見かけの業績回復を演出するとともに、今後の屈服を強要する魂胆だろう。自動で不正行為が進む『忖度帝国』の仕込みである。
 世界に目を向ければ、日本経済より遥かに歪みが軽い北米でFRBが利上げに転じ、欧州でECBがマイナス金利・緩和政策からの離脱を試みる中、マトモな経済用語らしきものが一切聞こえてこない素人クロちゃんの痴呆漫談だけで、我が国の中央銀行だけが際限なく日本円をばらまき続ける理由がこれだ。

 この策略が首尾よく成功すれば、日本経済が遠い過去に忘れ去っているダメノミクスを蒸し返して、今さらながらの成功を吹聴して回ることも可能だと目論んでいるのだろう。
 そうすれば、『経済第一』の嘘っぱちも大逆転で宣言通りを主張できて、地に落ちた我が身の人気を回復できる可能性が残っているとも思うんだろうな。

 あほかコイツ?呆れ果てて出す声を失う。

 ところでこれ、ナントカ学会ゲタ与党としては、かなり面白くないはずなのである。
 少なくとも今時点、一応の看板だけだが平和志向の宗教団体という隠れ蓑を被っている手前、いわゆる9条フェチを囲って活動資金を召し上げている実情が避けられない。
 だが役人組織から請け負った老後ウハウハ高給閑職プラン=軽減税率+還暦公務員の法案は通す示し合せがあるから、改憲賛成=9条改変という与党間の交換条件を呑まねばならず、学会内の9条フェチを騙し騙しで早急に片付けてしまいたい腹があるのだ。
 ところがこないだの消費税8%据え置きもあり、だらだら突っかえているうちに与党間ヤミ取引も日本公知の事実になってしまい、更なるおまけに世襲のガキの幼稚なヘマで交換取引プランは致命傷。いいように改憲に加担だけさせられ、勝手に失敗され、いつ終わるとも知れない内部摩擦の待機期間を強いられている。
 ここへ来て八方塞がった窮鼠ガキの自爆テロで、『ポクちゃんに消費税率10%GO=軽減税率GOの決定権があるんだもんねー!』的なアピールが始まってしまったワケだ。行きがかりはともかく、自分がいないと計画通りに押し切れないぞと脅しをかけられたのである。もう目も当てられない。

 さてイケメンのチロくんが、スキャンダル別枠扱いを提案する国会大改革を吠えはじめたが、まず結論から行くと箸にも棒にもかからない落第点である。

 役人や政治家など国家機関を横断する認知症老人の犯罪者組織が、まず国家運営として機能しない反社会的な破滅操作をやっているので、これを暴いて首を刎ねて解決する必要がある。解るね?
 国政の現場業務に具体的事実として現われる違法行為が随時アイテム単位で摘発され、結果的にスキャンダルとなっているものであり、これをどこか隔離した別世界に持って行ってしまうと事態が悪化するだけなのだ。
 犯罪者組織による本質的な犯罪性操作は、立法・行政・司法に跨って野放図に進行するばかり。いっぽう細やかな別室でおいくらの札束をいつ交換したとか、何を何文字どう書き換えたとか、誰もが興味を維持しがたい矮小事件の追及が繰り返されるばかりの構図となる。こんなもの大・小、両スケールで政治犯罪の野放しにしかならない。
 野党の左巻き大王たち、気を付けろよ。あぶなっかしくて困るよ。
 オタクら自分が一枚上にアタマ良く映ると思い込んだ途端、隙だらけになるんだからな。

 チロくん、良い感じで自己否定・現状否定の第三者感を演出しながら、お小遣いくれてる万引きボケ爺さんたちの巧妙な犯罪擁護を申し出て、ウラで御褒美のポチ袋もらってたりするかも知んないぜ。というか、自然に勘繰ればこの推察が普通でしょうが。
 これが性格のチョー悪い私みたいな捻くれ者の創作曲解だというなら結構だが、この程度のアンチ解釈ぐらい先回りして一目瞭然の歯止めかけとこうや。

 おっとと、今回はこのへんで強引に切ろうか。この国会はあんまり余所見しないでおこう。
 応援を続けるから、しっかり気を引き締めて、油断するなよ野党たち!
 国民目線で、あなたがたはあからさまな犯罪者政権を相手にしているのだ。退くな!
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【652】マイワールド迷路攻略の俯瞰ドローン操縦法 [ビジネス]

 どなたにも一度は憶えがあるだろう。
 『あれ?なんでこんな簡単なことに気づけなかったんだっけ?』

 いわゆる目からウロコの新アイディアの類では全然なく、ありふれた考え方で何気なく通れたはずの道筋を一体どうした訳か見失って、長時間死闘を繰り広げてしまうことがある。大抵は自分の頭の中で種明かしが訪れた瞬間、自己嫌悪もあってその馬鹿馬鹿しさを吟味することなく忘れてしまうのだが。

 技術プレゼのトレーナーをやっていると、結構な高頻度でこの現象に遭遇する。というかプレゼスキル習得の第一歩は、『自分スペシャルの筋道を捨て、世間一般の筋道で話すこと』だから、程度の差こそあれ必ず通るルーチンワークだとさえ言える。
 対象にしている課題領域が得意分野で自信もあり入れ込んでいるヤツほど、ハマる時には持論の信念にすっぽりハマってしまい、時として『1+1=2だろ、それはいいよな?』みたいな質問にまで『いや、そうとは限らない場合もある』と仰天の公理の否定が飛び出したりもするのだ。自身が確信するマイ真理に、本人的には何ら無理なくあらゆる裏付けがきっちり整合しているのだからしょうがないのだが、随分とイイ根性をしているのですよ。
 こんな時によく飛び交うコトバが、『おいおいアタマ固いぞ。まずその自分ロジックから離れてみようよ』ってやつで、まあその通りなんだけど、この日常的日本語表現には、そこでガチ噛み合っちゃってる証左情報の因果のメカニズムに即した思考のほぐし作業が手引かれていないので、まずまずは基本、失敗に終わる。

 もっとも教える方も慣れてくると『お、来た♪』みたいなノリで、謎が解けた瞬間の本人の反応を楽しみにしながら、何故そう考えるのか、この一場面で公理の普遍性をぐらつかせた場合、他の事例でどんな不都合が起こりそうか一緒に考えたりもできるようになる。
 間もなく訪れる種明かしの衝撃を二人で大笑いし、後にそいつが私なんかより、よっぽど優れたトレーナーになるように。

 面白いのは、複数のプレゼスキル熟達オーディエンスが初心者を見て評価すると、概ね気になるところは似通ったポイントになり、つまりは『できるヤツ共通規格』の物差しを当てて各自が目盛を読んでいるのだが、ここに初心者オーディエンスが少数でも混じっていた場合、初心者はかなりの確率で不都合も感じず初心者プレゼを自然に受け入れている事実だ。
 これは、業界で一般的に通用するプレゼ文化体系なる世界観があるのは良しとして、個人が個人なりに思うところを展開する持論に対して、柔軟に歩を合わせて理解する融通性が、心ならずも狭まってしまう反作用に注意しろということなのではないかと思っている【154】

 さて、ここで気を付けておきたいのは、実はこの『一般的に通用する世界観』が、それほど合理的でない根拠に基づくものだったりする場合、それどころか根拠と呼べるほどの拠り所から、そもそもがはっきりしないケースが意外に多いということだ。また仮に合理的であったにしろ認めるのがツラかったりすると、それを共有し社会空間で流通させる人間の方が、悲しいくらいに不安定な行動を取る。
 後になって、判ってはいたんだけど…という事例は枚挙に暇がない。

 古くは人間がただ自然に感じる『自我の存在』のイメージを基準に、自分の立ち位置を原点とする天動説が信じられていただけなのに、地動説を唱えると反社会的行為と判定されちゃったりもしたワケで。

 さて人間が、その人固有の人格を感じさせる情報処理の特質を失う現象は、やはり誰にとってもショッキングであり、ネガティブ印象で受け止められるのはのはやむを得ないことだと思う。精神疾患=『あの人があの人でなくなってしまう』喪失感、これが冷静な現実の分析と把握を妨げるのだ。
 『まさか正常な判断力を失くした人たちが、日本国の重要な意思決定に関わっていては困る、関わっているはずがない』

 では思考実験だ。子供たちに、ただあるがまま現状の国会運営の様子を見せたとしよう。
 いろいろ登場人物がいるが片っ端から名前を列挙しておき、子供たちには『〇』か『×』をつけてもらうのだ。
 今の子は悪い意味で大人の深い裏事情を勘繰るところまで知っていて…というハナシのサバ折りはナシにして、いいからコイツを信用できるか、コイツと一緒に遊びながら勉強や運動を教えて欲しいと思うか、人間として『○』か『×』を選んでもらう。
 直感でイヤだダメだと感じたら『×』、あるいは素朴に微力ででも『社会をちゃんと切り回している、尊敬できる大人』かどうかを問う。ここまで想定できただろうか。

 質問その1。『×』がつきそうなヤツって、誰か『△ってないの~?』とか、ビミョーで難しくて判断に迷う子がどの位いそうかね?
 質問その2。アナタは『×』がついたヤツの弁護士に就かねばならなくなった。弁護は可能だろうか?もちろん直後に、子供たちにはアナタの名前を追記した回答用紙が配られ、『〇』か『×』を刈り取っていただくのだが。
 質問その3。ではアナタがその子供に立ち帰って『〇』『×』をつけたらどうなるだろうか?

 ここで立ち停まり、振り返り、、御自分が何故こんな異常事態を放置していられたのか御一考いただきたい。子供が簡単に判る『×』に、それと判定して処置できなかった。
 『政治の話題は、何てことない平和な社交の会話を険悪に荒らすので避けましょう』という、大人の無難な世渡り術なんかも、みんなして無条件で隷従しタブーにする理由など実は無いことに気付いておこう。
 少々言い争いになったところで何が悪い?全員がデタラメを盲信する夢遊病社会より遥かにマシである。

 ありゃ、まだ本題に行く前に、また一回使っちまったよ。まあいいか。
 そんな訳だ、日本国組織は『国家運営はこいつらに任すもの、コイツらの決め事で何とかなるもの』とすっぽり思い込んでいた精神状態から、はたと気が付いた。やべ、コイツら老人ボケで気が狂ってるじゃん。とんでもないが現実だよ。

 もちろんだが今ここで国民が求めるのは、目覚めて納得できる合理的な国家運営だ。ここぞと自党の都合なんか混ぜ込んだら、この犯罪者政権と同類にされてオワリだぞ。
 このへん肝に銘じて、油断せずにしっかり頑張れ、野党たち!
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【651】自然・文明ダブルイメージ肖像画の視射角 [ビジネス]

 やれやれ与党ども、やっぱり会期延長に出たか。ま、殆ど成果ないからねえ。

 いや成果なんか無いで結構、いま旧来の感覚でいう『成果』なんぞ国務の運営でも何でもなく、組織認知症・犯罪者集団の国家破壊工作でしかないからだ。
 何が『野党のせいで、また決められない政治』だよ、丸ごと与党どものせいじゃねえか。
 野党たち、今はあなたがたが正しいと国民は理解しているので、延長戦は延長したぶん普通にしっかり戦えば、その効果はちゃんと世論に積める。

 先に総括しておこう。
 日本社会が広く『組織認知症』を実感するようになってきたのだと思う。

 基本的人権を保障され、みんな法のもと自由平等に暮らせているはずの日本社会だったのだが、いつの間にか国家運営層の重要空間で高齢化とともに重篤な組織認知症が蔓延していたのである。そしてあちこち大勢の認知症老人どもが、醜くも老い先短い自分都合の利得を共鳴させ合って、立法・行政・司法に跨る一大ボケ老人帝国を築き上げていた。

 本来なら、人間は個々人完結の生命体であると同時に、社会組織という大型生命体を構成する一単位でもあり、殊に『組織の民』たる日本人は生来『世のため人のため、お国のため』の共存共栄志向が長期熟成されていたはずなのである【278】【404】
 だがその上流で、生命の歴史がDNAに紡いだ生物標準プログラムとして、『衰弱が呼び込む社会性の自己崩壊』が実行されるのだ。加齢で衰えて社会組織を支えるだけの生命力を割り込んだ順番に、自ら組織の生産稼動に邪魔を繰り返し、仲間と軋轢を生じさせて組織から遠のいていく宿命である。
 原始社会なら、集落の生活エリアから徐々に離れていき孤独に息絶えていたのだろう。

 なまじ文明社会生活の便・不便を基準にした『認知機能OK/NG』の概念や、戸籍による帰属メンバーの法的管理など存在しない社会なら、『みんなとうまく暮らせなくなったヤツ』として自然の成り行きで老いて壊れた自分の人生に幕が引けたはずなのだけれど、現代ニッポンの高度文明がこれを許さなくなっていた。
 個人差はあれあまりに早々に訪れる組織認知症は、友人知人を見分け日常生活を無難にこなして健常者を装いながら、議会制民主主義法治国家・日本国の正しい運営を蝕んでいったのである。

 あっちこっちガッコの設営という公共性のある事業で、大事な国民の血税を私情で違法流用する自己満足に明け暮れてみたり、これだけ若年社会層が経済的に苦しんでいる中、軽減税率という無駄公務をでっち上げて、よりにもよって還暦公務員を新設しようとしてみたり。
 そこからの展開は例外なく、捉えられて動じず、追及されて真実を語らず、法の裁きを頑として拒み続ける。これは増殖し続け街の日用品店が手を焼く、高齢の万引き常習犯と共通する犯罪性故障モードに他ならない。
 冗談でも何でもなく、そういうことなのだ。日本国が直面する厳しい現実である。

 ここでリマインドしておくが、国会の会期を延長しておいて、例えば突然も突然、意表を突く急襲でいきなり還暦公務員法案を打ち上げ花火で強行採決する魂胆もあるはずなので警戒しておきたい。まかり間違ってでも還暦公務員を引き充てた軽減税率の導入など、本当に動き出すようなことがあってはならないのである。
 まさに日本社会の隅々まで国民を失望させる国家組織力の破壊工作であり、ナントカ学会がゲタ与党と組んでこんな凶悪な社会転覆が図れるんなら、どこぞの有名宗教団体を国じゅうで悪者扱いしたのなんか失礼千万もいいところだ。
 劇物使用は現場ローカルで一時的だが、軽減税率と還暦公務員制度はそれで済まない【574】

 野党たち、打ち上げ花火の仕込みには目を光らせといてくれよ。応援してるぞ!

 さて組織的犯罪ゆえコマ一片が独断で手前勝手にギブアップすることもできず、虚偽と隠蔽で『あくまで疑惑』に籠城するばかりの世襲のガキだが、もう日本社会が改憲の論議を許すことは金輪際ないだろう。
 コイツの残り寿命のうちで独りナニを挽回したつもりになろうが、ここまで『逆上屋・ウソつき・裏切り者・犯罪者』の社会認識に観念する様子もなく、頑なな案件放置と愚かな無駄放言で今なお硬直することしかできない無能っぷりを披露してしまった以上、これはもう日本社会の自我の記憶に深く刻まれ消えることはない。チョイ前の、改憲論議の気運はオワリなのだ。
 ならば片方がコケた『改憲vs軽減税率+還暦公務員』の与党内取引は、既に成立不可が決定していることになる【606】
 信用失墜の失敗は幸いにも世襲のガキ単独の自爆ヘマだから、ゲタ与党やナントカ学会にしてみれば、この後始末とは縁を切り、手段を選ばず還暦公務員制度を押し切るアタマしかないと読んでハズレはなかろう。

 この犯罪者政権、この通りグダグダに腰が砕けても、カネトク階級意識への執念はしっかり腹に持ってるはずだぜ。骨太がナンタラの妄想妄言集で財政健全化は5年放り出すとのことだから、まあ最大5ヶ年の幅を持たして還暦公務員導入計画の完遂を目論んでいるってことだろうけれど、油断は禁物だ。

 そろそろおかしいと思おうよ。日本国の社会規律としてあり得ないコトが起こっている。
 誰がどう見ても気の狂った発言しかしてない精神異常者どもが、あからさまに私利私欲で、国有財産の横領や異常な階級制度の導入による社会転覆みたいなことを堂々とやっているのだ。
 これらがちゃんと違法行為として検出されているのに、犯罪として処理されない。

 そう、『組織認知症』の概念がなかったからである。改めて再認識いただきたい【617】
 社会に暮らす人間の意識とは不思議なもので、『こいつビョーキじゃん』と判断するロジックを持ち合わせない限り、『おかしいのはおかしい気がする。だが世の中そんなもんだ』と結論付けてしまうものなのだ。
 その結論は独り歩きして、思考しない夢遊病者の納得とも呼ぶべき精神状態に落ち着いてしまい、共鳴する。

 おっとー!この話題も長くなりそうなので、今回はここまで。しっかり頼む、野党たち!
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【650】禁断オトナ解放感アイランドの成年認証タッチ [ビジネス]

 IR法案で『また』やっちまったか。もう民主主義議会制でも何でもないな。
 IRの実験的導入から始めて恒常的な収益運営にまで持ち込むのが、だらしない不採算で莫大な負債を積み上げてしまった日本国財務にとって唯一無二の起死回生策。だからIRの導入は進めるべきだ。
 だがアホな入場料の設定や悪徳政府のピンハネ代など、IRの本質的な機能に水を差すような決め事ばかりが目につくので、現時点のこの法案は通さなくて結構である。どうせ形だけ賭博付きの、お子ちゃまママゴトちいちいぱっぱのキャバクラ幼稚園テーマパークみたいなモノしかできない。
 時間とカネすって大損害の負の遺産しか残らないパターンだ。やめとくのが吉である。

 結論から行こう。カネ集めたいならカネ集めに目的を一本化し、他を合わせ込むべきだ。
 賭博好きに賭博でカネを落としてもらうんだから、それ以外の面倒は一切取り払う。

 ロスから延々延々とモハベ砂漠を走り、フーバーダムの傍を抜けてまだもっと走り続けると、左手にあの砂漠に孤立するジェットコースターが見えてくる。いつだったかお客さん乗せて高い所で止まっちゃってた景色がニュースで流れてたっけ。あれはさぞかし暑かったことだろう。
 あれが見えると『ああ、ラスベガスに来たなあ』という気分になったものだ。
 確かその近所に無人の小さな観光案内所があり、ラスベガス内外の観光パンフレットが数えきれないほど並んでいたと記憶している。もうこの序章からロハで、これからの夢の時間に向けて、観光客の気分をアゲアゲに焚きつけてくる訳だ。

 余談だが私はここで間違えて、昼過ぎにモニュメント・バレーの観光パンフレットを手に取ってしまい、地理的に『ヤバい距離』なのは知識として解っていたのに、その箱庭のようなカワイイ挿絵につい理性を狂わされてしまった。
 一生にいっぺんは見ておきたいと常々思っていた景色だし、今となれば結果的には良かったのだが、それにしても車を運転して行くとあまりにも遠い。道中は何もない原野で、食い物も無ければ便所も無い。そしてカーナビも無い時代ゆえ自分がどこまで来ているのか目印も無いので、諦めて戻るにも戻れない。
 夕方前にモニュメント・バレーに到着し絶景に感動できたは良かったが、真夜中前にマラソン高地トレーニングで有名なフラグスタッフで宿を見つけて転がり込むまでガチもガチ、もう真剣にくったくたのへっろへろで、路上強盗に撃たれて死んでも良いから路肩に停車して小一時間眠りたかった。
 いろいろ物騒になったとはいえ、日本は安心・安全が世界一の素晴らしい国である。

 さて以前にも書いたが、ラスベガスを不夜城たらしめている不可欠なファクターとして、総じて高温・乾燥の気候がある。気候区分としては酷暑の砂漠気候であり、ガラガラヘビやサソリの生息地域ではあるが、街中に入ってしまえばその危険は無く、むしろカラリと乾燥していて羽虫やゴキブリなどの害虫がいないので、生活の手間の負担が軽く暮らしやすいと考える人々が少なくないようだ【490】
 温暖な乾燥気候のメリットといえばやはりカリフォルニア州を最初に思いつくが、ロスなんか6月の晴天で日中普通に30℃を越える日でも、陽が落ちた午後7時には10℃台前半まで下がったりするので、寒がりにはかなり堪える。私が経験した限りではラスベガスやフェニックスの同季節、午後9時でも30℃以上あった。
 噴水を従えた不夜城の満艦飾ネオン群に、イルミネーション満載の高層スイートルームなんかも、あの乾燥気候あって成立している娯楽アイテムだろう。これで夜中じゅう歩き回って遊び回ってそこらで飲み食いして、気が抜けるほど飲食代が安いから消費マインドが爆発するのではないかと思う。

 そりゃみんな、あちこちアトラクションを眺めて楽しみながら刹那の消費で気分を発散させに来るのだ。吹きすさぶ寒風や、足を取られる積雪や、服の裾を重く濡らす長雨その他、そもそもが軽装以上を要求する悪天すべてが、割り切った楽しい時間に水を差す。
 えっちらおっちら羽織ったオーバーコートやマフラーの雪を払うとか、びしょ濡れで雨傘畳みながら長靴をフロアマットで拭うとかあり得ない。そんなんじゃパーッと派手にめかしこんで、電飾付きの10mストレッチリムジンでカクテルパーティやりながらカジノの玄関に乗りつけ、そのまま中へ雪崩れ込めないじゃんよ。
 強いて言えば、時々映画『ハムナプトラ』に出てきたような砂嵐に街全体が呑み込まれるのだが、まあ目視して屋内や車内に避難する余裕は十分にあり、ものの十数分でやり過ごせる。過ぎ去った直後の瞬間から、寒くもなければ濡れもしない。

 IRを敷設するなら、身軽に歩き回れる気候が重要な条件なのだ。
 このあたり来客の機動性確保に優れているため、新技術イベント等のコンベンション・センターとしての機能も充実させて、近年ラスベガスは未来に最短距離のイメージを持つ一大総合文化拠点にのし上がって来たのではないかと見受ける。配布物を掻き集め記録に精出す見本市には、ぜひ軽装で出撃したい。

 …となると、もうロケーションに迷うことはなかろう。大阪の人工島である。
 東海道の西端に位置し、同時に瀬戸内の東端でもあり、京都・奈良にも近いから、来日客の吸引力を置く場所として申し分ない。大阪IRでひとヤマ当てたラッキー野郎向けに、東海道、山陽山陰、南紀、ツウ向けの四国や瀬戸内諸島などなど、観光産業も効率的に多岐のオプションが用意できる。

 この日本社会で『大阪でラスベガスの進化形を試してみないか』と声掛けすれば、普通に過半数の人が暗いイメージもなく面白がって賛成する可能性が高いと読む。よもや一度ラスベガスに連れてって、的確な解説のもと三連休の騒ぎでも見せてやれば、もう誰もがウキウキワクワクの実験企画を語り始めるのではないかとさえ思う。
 それが何故にお約束として、ムリヤリこじつけのギャンブル依存論議みたいな吐き気のする揉め方に始まって、導入するならするにしても、薄気味悪いお子ちゃま遊園地然とした入場料・入場制限論議みたいな痴呆学級会に迷い込んでしまうのか。意味ワカランよ。

 IRを導入するなら、粗悪財務の改善を目的事象にして、模索型の実験を交えながら段階的に計画を組む必要がある。
 その意図を持つ日本国民の一人として、今のIR法案など破り捨てて結構だと断言する。
 このラスベガス好きのIR賛成派が応援しよう。
 こんなインチキ議決しかやれない組織認知症・犯罪者政権を止めてくれ、野党たち!
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【649】窮屈セルフリミッター付き飲み放題の無礼講 [ビジネス]

 ちょっと殺伐とした話が続き過ぎたので、一旦だるんだるんに肩の力を緩める話題を。
 以前にも何度か書いたが、成人年齢を18歳に引き下げる案には賛成だ。

 だが飲酒・喫煙を20歳のまま据え置く理由がよく解らない。たかが2年のことだし、いっそ揃えちゃったらナニがいけないのだろうか?
 初回放送版『宇宙戦艦ヤマト』において、古代進と島大介の両名は18歳という設定であった【448】
 いつだったか沖田艦長は艦長室に古代クンを呼び出し、床にふたりしてあぐらかいて、一升瓶にコップ酒を決め込んでいたと記憶している。

 私が二十歳を迎えた昭和の終わり近く、オトコが二十歳になった時点で、習慣かどうかはともかく酒と煙草は飲めて吸えなきゃ、ちょっとカマっぽいナヨナヨ系の未熟としてさえ指摘されたものだ。
 私の場合、煙草はその身体や周囲に纏いつく不快臭と出るゴミの汚さに、習慣化する遥か手前でノーサンキューその後に決別となったが、酒は普通に飲めるし美味いので続くことになったワケだ。

 非喫煙者としては、もう紙巻きの煙草なんぞ絶滅させてもらって構わないと思っている。
 いや、出る煙やタールを吸い込んで喫煙者本人が体内で100%吸収し、無臭の水蒸気と二酸化炭素だけ吐き出してくれるなら真横で1万本吸ってくれても良いのだが、現状の技術でそれが叶っていない。
 髪や服を汚すあの悪臭も、あとに残る汚らしい吸殻も、公共性を欠く迷惑ゴトもいいとこだ。
 私が子供の頃、長距離列車でも映画館でも病院の待合室でも灰皿が普通だった時代なのに、『山火事を起こすと取り返しがつかないから』という常識概念により、山野での喫煙は自粛する風潮が広くあったと思う。だが今の時代に到っては、あほヅラ脳足りんの喫煙者どもが吸うこと吸うこと。注意しても『ダメなら書いといて欲しい』などと傲慢な無知をさらけだして毒づくばかりである。

 さて本題は酒のハナシ。その昔の宴会の様子については書いた【56】
 私には大学の先生の知り合いが何人かいるのだが、もう随分前に『今の大学は、構内での飲酒は全面禁止ですよ』と聞かされて仰天したものである。
 そ、そんなことってあるの?大学生活から酒を奪ったら学術研究が空中分解し、セン公に付いて教わるのが基本の小中高校と同じになっちまうじゃねえか。世間の時間の流れに縛られず、好きな勉強を好きなだけ追求して、そのまんまの勢いで飲み倒して遊び倒して眠る。
 だからこそ大学は最高学府として機能するのだ。違うか?

 私がいた研究室は、主に講室や研究室・事務室で構成される3階建て学舎の最上階の端にあり、部屋を出てすぐの屋外非常階段を降りた筋向かいの別棟に実験室を備えていた。
 特に実験室の方は、室内の一角にコタツが定置されており、回流水槽や大型風洞装置なんかに囲まれて、まあしょっちゅう先生方と学生陣で夕方から朝まで飲み倒したものである。少々羽目を外しても、構内で飲んで大騒ぎする限りは、通報もされなければ警察に踏み込まれることもない。
 好きな勉強に好きなだけ取組み、理解できなくて悔しいなら理解できるまで噛み付いて、存分にアタマ使って研究した息抜きに、時間も量も飲めるだけ飲む。
 そこで寝たけりゃ寝る場所もあったけれど、大抵は朝帰りして家の布団で寝てたっけ。

 ここに、労務管理や業績ノルマの概念に縛られない高負荷・長時間労働と、これまた人間関係のシガラミやウケ狙いとは無縁の至高極楽・大量飲酒の、体力全開ワークライフバランスの実地体験があったのではないかなあ。

 なんというか昨今の社会情勢を眺めるに、仕事にしても飲酒にしても、誰かに決めてもらったガイドラインに沿う沿わないばかりが逃げられない自主規制になっており、人間本人の心のうちに自然発生する動機とかけ離れてしまっているように見えるのだ。
 やらねばならないことも、やりたいことも、余計な雑念を払ったおのれ自身の普遍的な判断で、『自分には、これだ!』と力まず素直に定義できなくなっているのではなかろうか。

 これが『働き方改革』みたいな奇妙な決め事が、そもそも国の仕事として起案される原因なのかも知れないと思っている。
 就業年齢に到達した時点で、自由な自力の存分な作動を体験していない人間が増え、社会がその機会を奪っていたりもしていて、そこに長年続く不況のシワ寄せも加わって、非・人間的かつ無機的に労務管理を見誤らせるのではないかと。
 総じて、人間なる生物の限界作動に対して未熟なのである。

 そう、今なおゴタゴタやってる『働き方改革』法案なんぞ、死ぬ程どうでもいい的外れだ。
 景気好転のデマ流布を仕込む悪辣な魂胆も見え透いているし【646】
 どこまでやれるか、それこそ頑張れるだけ存分に頑張って欲しい。応援するぞ、野党たち!
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