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【546】老いと若きの命運帰納法 [ビジネス]

 普段とてもやらないような計画の積み方をついやってしまったところ、慌ただしい毎日に陥った。何事も簡潔に最短距離を行きたいが、自分単独マターで完結している事象なんかほとんど無いので、そうもいかない。しょうがないか。

 割と当たってそうな仮説をひとつ思い付いたので、備忘がてら書き落としておこう。
 『失われた何ヵ年』で語られる日本国の生産性低下の主原因は、高齢化社会だと断ずる。
 どの立場の誰が悪いというハナシではなく、皆さんの身の振り・組織の振りをどうするか決めるための手掛りにしていただければ幸いである。

 数学的帰納法を思い出してみようか。例えば、こんな命題。
 『xを含む方程式これこれが、自然数nに対し常に成立することを証明せよ』

 まず理屈はいいからx=nの時に成立したとしてしまおう。とにかく成立した。ハイ次!
 じゃあ次は、ひとつ進めてx=n+1の時を考える。
 xにn+1を代入し、式をちょちょいと変形するなど頭を使って、『x=nで成立するならば、x=n+1の時も成立する』と数学的に証明する。『もし今がOKならばの話だけど、とにかくOKならば、ひとつ先でも必ずOKになる』という理屈を立てるのだ。
 最後にx=1のとき成立することを、ホントに1を代入しベタにOKだと述べる。すると。

 『x=1でOKなんだから、ひとつ先のx=2でもOKのはず』
 『x=2でOKなんだから、ひとつ先のx=3でもOKのはず』といった具合に、
ドミノ倒しのように全ての自然数nで成立が証明され、めでたしめでたし…これである。

 ここまでで数学は横に置くとして、今度は職場風土の話題に飛ぶ。
 ここで私は一貫して『若年層をどんどん元気にして、組織の主導権を預けよう』と述べてきたが、これに対して年長組の反応は大きく二分されると思う。
  1.よし、自分らも同じように若年層に預けてみるか。彼等の言う通りにしてみよう。
  2.けっ、またその話かよ。若いのになつかれるからって、それが正しいのかよ。
 正直に徹して、あなたはどちらだろうか。
 実は普通に察して、個人の本心は2.が多数派のはずなのだ。理由は単純、年長である自分が自負する優越感を否定されるからである。

 次は個々人ではなく組織のことを考えてみよう。
 経験は浅いが体力に溢れた若年層がたくさんいる組織と、経験量は多いが体力が低下した年長層がたくさんいる組織、どちらがパワフルで発展的だろうか?
 もちろん若年層主導の前者である。
 自組織のパワーを強化したければ、望むと望まざると年長が2.の反感に蓋をして、俄か造りの1.の愛想で釣って『さあ頑張れ、キミたちの時代だ!』と宣言してやり、若年層をできるだけ呼び込んでくる必要があるのだ。

 だが、ここで問題が発生する。人間の内心は必ず表面化して顕れると述べた【70】
 『けっ!』などと腹によからぬ感情を抱えた年長の裏含みの歓迎は、果たして若年層の心に響くものなのか?それで若年層はちゃんと信用してくれるものなのか?

 絶対ムリだ。悲しいかな、苦労して好意を取り繕ったのに報われない。
 ならば2.の反感をありのままの自分と認め、無理せず据え置く方を選んでしまおう。
 すると…

 当たり前だが、ますます若年層が寄りつかなくなる。その結果はこうだ。

 まさに『若いのになつかれるからって、それが正しいのかよ』と不満の念を抱きつつ、正しくないことを正しくないと承知もしながら、あぶれたロートル同士で開き直り、それをお互い認め合う小世界ができあがる。
 好き放題で道徳もマナーも荒れるがまま、もう無垢な若年層の手前もないんだし、何の基準に照らして正しくなくても構わない。現状上等、なりゆきの人間関係こそがこの世界の掟、気楽に行こうや。
 もう若年層はみな遥か彼方に遠ざかり、集まるのは同種の年長ばかりだ。

 要は、最初に若年層に対して内心『けっ!』と反感で反応してしまったら、一応ムリして見てくれを繕おうが、逆に繕わず開き直ろうが、結局どっちにしても若年層には敬遠されることになるのだ。まあ人付き合いの基本ではある。
 あとは上記の通り、帰納法式に『もう2.の反感でいいじゃん』の連鎖が永続していくだけだ。
 こうなると既存メンバーが一斉に年齢を重ねるままに組織の高齢化が進行し、世代交代できずに老衰していくしかない。いずれ誰もが稼動年齢の限界に達するから、組織が寿命を迎えるのは時間の問題となる。

 高齢化が進行する日本社会で、冷徹な発現確率の高さに従って、いま多数の組織がこの過程にあるのではないだろうか。

 反対に、ずっと自組織を若く健康な元気印に保ちたいなら、こうなる前に常時自分よりちょっと下の世代が、意欲満々で自分の現ポストに飛び込んで来ようとする状態を作り続けねばならない。
 これを実現し固守し、一定の頃合いを見計らって若年側に順送りで組織を譲り渡していくなら、やはり帰納法式に1.の『よし!自分も』と次々若年層を応援してパワーアップする組織体制の連鎖が紡がれていく。
 ガチの本気で1.の若年層親衛隊をやってやる。これが安定した世代交代の鍵であり、つまるところ年長組の気の持ちようでしかない。
 正直な本心として『よし!自分も』が可能な気力のあるうちに実践しないと、若年層を逃がしてしまった後では物理的に組織若返りの現実解を失う。

 もっともこの時代、余計な悪あがきをせず、若返りはもうしないと割り切って現行組織の余生を楽しむという選択もあるだろう。状況次第で、あながち悪いだけの決断とも言えない。

 そもそも若い活力への反発感情は宿命に抗えない劣等感が根底にあるため、自制を効かせるのが非常に困難だ。こんなもの他人から働きかけて直させようものなら、徒労感いっぱいの大人げない情操教育バトルにしかなり得ない。傍目にはレクリエーション扱いするにも馬鹿馬鹿し過ぎて、仲間たちは見て呆れて腹こそ立てても、取り合う気なんか微塵もしないだろう。
 だからこそ高い確率で手当てを嫌われ未対応放置になり、日本中の組織で高齢化が深刻な病状レベルにまで進行していったのではないかなあ。

 こんな職場に今さらでホヤホヤの新人を投入しても、ロートルとの関係は満員電車で乗り合わせただけの通りすがりみたいなものにしかならず、組織として一体となり作動するのは不可能と思われる。組織体質が改善できないのだ。

 年齢別人口構成グラフに見る少子高齢化よりも遥かに極端に、社会組織から実質的に若年層の人数が激減し、社会組織の高齢化が進んでいた。
 これに伴う組織気質の漫然化・冗長化により、どこもかしこも合理性や生産性があやふやになり、総じて低迷と閉塞の泥沼から抜け出せなくなっていった。

 こう考えると職場風土整備の経験則にいろいろと説明の整理がつくことに気付き、大慌てで一気に作文してみた。
 引き続き、ここで取り上げてきた組織風土の諸問題について、この仮説を検証して行こう。

【545】天めざす豆の木と賢いリスの未来都市 [ビジネス]

 つい話題にしちゃった流れで、トンデモ技術の雰囲気は満々ながら、なかなか無碍にもできないでいるネタを語っておこう。
 宇宙エレベーターだ。テレビでも時折解説されているから、御存知の方も多いだろう。

 まずは細かいコト言わず空に向かって蔓を一本伸ばしていくと思いなさい。そんなのいくらもいかないうちに倒れて地面をのたくるだけじゃん、という指摘は正しいので、静止衛星から糸一本たらしてもらって先を引張り上げるとしようか。試す場所は、赤道上が何かと都合いいと思う。
 蔓にも重さがあるので、伸ばせば伸ばすほど静止衛星を引きずり降ろそうとする力は大きくなる。ここは衛星に上向き噴射をかけるなり、火星人や金星人に頼んで外からちょっと手を添えてもらうなりして、とにかく頑張って蔓を先に伸ばしてしまおう。すると。

 静止衛星は重力と遠心力が釣り合っていて、何の推進力ナシでも落ちてこない。
 この蔓の先の方も遠心力を受けるため、落ちてこようとするばかりではなくなってくるのだ。地球の赤道上から放射方向に一本、まっすぐ線が伸びている姿を想像していただきたい。
 静止衛星の高度は約3万6千キロで地球の直径の3倍程度だから、これより蔓を長く伸ばしてやり、先端部にかかる遠心力を蔓の張力にすれば、火星人も金星人もお役御免で消えてくれて結構だ。

 何故こんな馬鹿げたモデルを考えるのか。
 それは、宇宙への交通手段としてのロケットが、あまりにも非効率なためである。
 飛行機の場合、プロペラなりジェットなりの推進力気流を後方の大気に叩きつけ、同時に前方の大気に木ネジよろしく切り込んでいくことで前進する。だがロケットは、あっという間にロクな大気のない高さに到達してしまう。
 真空の宇宙にどれほど強力な噴射をかましたところで正真正銘の虚空に消えるばかり、何の手ごたえも返ってこない。つまりロケット本体に推進力が掛からないのだ。でもロケットは尻から火を噴いて飛んでいくよな。

 そう、ロケット噴射の火は、実はムチャクチャ重たいのである。
 荷運び用の台車に乗ってボーリングの球を投げたとすると、台車に乗った自分が後ろ向きに走るのは思い描けるだろう。この球が重いほど、そして球速が速いほど、自分も勢いよく後退する。
 要は、我が身の体重をちぎっては投げ、ちぎっては投げすることによりロケットは進むのだ。だからアポロ計画のサターン宇宙船は100メートルを超える高層ビルのような巨体で打ち上げられながら、帰ってくるのは先っちょの小さな円錐だけだし、スペースシャトルは自機よりもでっかい竜宮城のカメさんに背負われて打ち上げられ、カメさんは全部そこらに捨てて帰ってくる。その大方は落ちる途中、大気との摩擦で燃え尽きてオワリだ。
 これから荷を背負って元気に飛び上がりたいロケットのその大部分は、『ちぎって捨てるために、できるだけ重くしてある』という訳だ。あまりに悲しすぎるジレンマである。

 これは真空相手なので推進力が踏ん張れないというところに問題の本質がある。
 ならば、推進力が踏ん張れるモノ、というかすがるモノという雰囲気になっちゃうんだが、宇宙エレベーターでどうだ!という構想が回答になると。
 これはその通りで、ちょろっとしたブツを宇宙に持ち上げるたび、莫大な質量を地球から削り取って空中にばら撒く現状のダサさを見るに、ナニガシかそういう発想が欲しい。重力圏を振り切るまでの途中経路に物理的な梯子がかかり、空気や水道光熱に通信などもつながる意義の大きさを列挙してみていただきたい。

 さて真っ先に思い当たる問題は蔓の素材だが、炭素系複合素材ならば軽く頑丈で耐候性にも優れており、とりあえず地表面から静止衛星の先まで何とか持つのが実現可能と思われる。
 ただ火星人と金星人がいつ空いているのか判らないと上空側から持ってもらえず、蔓を上まで伸ばす工事が死ぬ程タイヘンなことになりそうだ。また大気圏内では時速百キロ単位の風にも叩かれ得るため、そこで受ける力や横方向の流され代なんかが、考える気の起こる範囲に収まってくれるかどうか怪しい。スペースデブリもヤだしなあ。

 そこでだ。
 前回の『空飛ぶ自動車』『物流ドローン』なる飛翔技術がイマイチ好きになれんぞというハナシ、これって計画的に、また縦横を組み合わせて蔓を張ってやれば、随分と省エネの軽量新交通になったりしないだろうか。
 電柱と架線を景観上の悪者にする議論は多く、確かに無計画に増設を繰り返されたその姿は美しいとは言い難いけれど、CADのワイヤーモデル風にデザインされた未来都市みたいになれる余地があるなら話は別だ。何しろ埋設架線は高額で、トラブル検知も修理もメンテナンスも難しく、地震では寸断されるし水没しやすい。
 幾何学的に張られた架線兼滑走ワイヤーを高速で伝い、ワイヤー交差位置で一旦停止しては滑走駆動装置がワイヤーを抱き換えて、忍者のように宅配をこなす新交通である。相互通信しながら最短ルートをはじき出すなんてのは人工知能の得意分野だろうから、自動運転技術はこういう作動環境で育てた方が、実現性が高く実用化・有益化も早いのではないか。

 既に気球を高く上げて、宇宙エレベーターのマシンを往復させるタイムトライアルレースは行われている。目的地を宇宙のもうちょっと手前にしとけば、今すぐ最適解が手に入るくらい研鑽された技術が競走しながら育っているのである。
 本命の宇宙エレベーターはまだ少々かかりそうだが、せっかく面白いことを思いついたのなら、現実にして紆余曲折の七転八倒を楽しまないともったいない。いろんな技術が想像力豊かに展開し迷うのはおおいに結構、でもその手で現実をつかむ目的意識だけは忘れて欲しくないのである。

 いま都心はどこへ行ってもメチャクチャな再開発工事が同時進行中だ。五輪を経てどんな未来を実現したいのかは全く見えず、ただ目前の利権行使で不採算な内輪カネ廻りのため、やってしまえる事を片っ端からやってしまっているだけでしかない。
 未来に起こる現実など意識から消え去り、どうでも良くなっているのである。哀れだ。

 ここで技術者までが現実への残距離を測るメジャーを失くしてしまっては、大風呂敷の拡げ方と見世物チャレンジ劇が盛り上がるばかりで、人間社会で協調し調和しながら作動する文化が消滅してしまうではないか。
 以上、最近の技術動向を見ての、理系思考のマインドに対するお小言でした。

【544】浮き足エンジニア向け下積み研修の御案内 [ビジネス]

 残念にも毎度のことだが、議会制民主主義もナニもあったものではない。
 特に今回は、街頭の支持率調査の数字がどうとかいう以前に、もう現政権への不信感があちこち強まり過ぎて取り繕えないレベルにまで悪化した事実を認め、自分らの権限喪失を確信したのだろう。
 反則という表現さえ憚られるどんな汚い手を使ってでも、自分たちに権限が宿ると言い訳が立つうちに、利権組の強制が一方的に効くような法案を押し通そうとした。
 またしてものこのドタバタ劇を受けて、途端に『法案成立』と軒並タレ流す日本社会は正直だらしないと思う。我が国では参議院で普通に審議するものと決まっている検討プロセスを、必要性もなく中間報告とやらで揉み消すのは違法行為とする解釈もあり得るはずだから、そこを強烈に報じて社会に問題提起するのが道理ではないのか。

 あれこれケチつけたような形だけ見せておいて、結局は『気に食わない国民や都合の悪い発言をする国民を一方的にテロリスト呼ばわりして拘束をかけられる強権制度』を認めているワケで、だから私なんぞはどうでもいい、いちばん大事な若者たち子供たちに愛想を尽かされるのだ。
 若年層は社会参画・経済参画の意欲を失い、日本中であらゆるビジネスが衰退していく。

 今日ここでテロ等準備罪が成立したとすると、どういうことになるのか考えてみよう。
 『いずれ施行日が来たら、お前らいくらでもガサ入れして起訴できるんだからな。今日この瞬間から従順になっとかないと、どうなるか判ってんだろうな』と、ダメオヤジ利権帝国が流行りの『忖度』を要求できるようになったのだ。お解りだろうか。
 そう、ペット医者養成ガッコの悶着をこれから煙に巻くんだから、どいつもこいつも『死ぬ程どうでもいいカラッポの調査結果』にツッコミなんか入れるなよってことだろう。
 例のヤンキー先生とか抜かす三流お笑い芸人のなり損ないでも手本にして、ここはメソメソ泣き入れてシッポ巻いて収めとけってことさ。

 若い人たち、馬鹿でフヌケの大人どもがどの程度信用に値するかよく睨んどけよ。
 あんな奴等みたいになりたいか?あんな顔になって、あんな人生で終わりたいか?

 前回に続いて今回もかなり厳しい内容になってしまい、このままでは振り返って後悔を呼ぶような余計なコトを書いてしまいそうなので、エイヤと話題を大転換しよう。やっぱり文句なんですけど。

 いや、技術の世界も何だか自分が作り込む未来社会の具体的イメージを見失っており、目標めがけて本気のモノ造りを楽しむ志がぐらついてきているように感じるのだ。本当にモノになるのかどうかが二の次になってしまい、いっときの流行テーマに次々踊るだけが目的の『浮世エンタメ技術』がジャンルとして成り立って来ていると思う。
 もちろん開拓を躊躇していて先陣に市場を独占されてしまっては面白くないのだが、だからって工数とコストをかけて競争に参入する以上、具体的にその技術が活躍する社会を思い描いて実現を進めないと、その技術開発は本来的な意味を持たない。開発費だけ食って、役立たずのなりゆき成果をでっち上げるだけの放蕩暇潰し事業である。

 見ていて危なっかしいと思うのは、ひとつに自動運転。
 ここでも高速道路限定の自動運転シーンを提案したことがあるが【192】【316】、例えば渋谷のスクランブル交差点みたいな激しい交通混交条件でのセンシングと制御に目を吊り上げるより、自動運転車ありきの隔離走行レーンをどこまで広範囲に設定できるかの検討、つまり道路側の構造変更をもっとマジメに考えないと、結局は話題性優先の実験レベルに終わりそうな気がしてならない。
 そりゃ海外の広大な採掘場で小山のような砕石ダンプカーを運行したり、いつも狙われっぱなしで陣地境界線を見回る偵察車を走らせたりといった用途なら自律式自動運転車の威力は絶大だろうが、今そこらの街ナカを見回して御覧なよ、ここを手放しで走る意味がどのくらいあるというのだ?

 そしてもうひとつ直視にきっついのが『空飛ぶ車』である。何故そんなに飛びたい?
 まず何よりも、飛ぶ以上は落ちる。空気は目に見えないため雨雪でもない限り気になりにくいが、秒速28メートルあれば時速100キロの突風である。都会でビル風を喰らってアレが平和に飛んでいられるとは思えないし、平和でなくなった場合の着地点は、間違いなく落ちると困る所だと思って良かろう。
 都市排熱による上昇気流は、それそのものもバカにならない危険を孕んだ事故因子だろうし、そこから積乱雲が育ってゲリラ豪雨発生ともなると、ドカ雨・突風・落雷がセットで急襲してくるから、緊急着陸で避難するにも降りた後に結構な工夫が要る。第一、いつどこで激甚気象に見舞われても逃げ遂せるだけの航続距離の保証がタイヘンだろうに。
 離着陸で滑走しちゃったら本末転倒だろうし、だからって垂直離着陸してしまうと、ただの空中浮遊に使うエネルギーだけで凄いのである【306】
 衝突安全構造や遮音その他の快適設備で現代の自動車の重量は高度経済成長期の2倍近くになっている。だいたい車と飛行機って、好適形状からして全然違うじゃないか。

 まあ空飛ぶ車の方はまだまだイロモノ扱いだし、多少は気を安楽に見ていられるが、実は上記の心配事は配送用の物流ドローンなんかにも同じ議論としてつきまとう訳で、やはり生活空間の空中モビリティはもう少し冷静に考えた方が良いように思う。
 技術の心が思い描く奇想天外な夢や壮大な目標を削ぐつもりはないけれど、どうもイマイチ都合のいい想像力でしか論じられてないような気がして、悪いが個人的にあんまり好きになれない。

 最近ちょっと『技術』の現実が軽々しく語られているような気がして、ちょいと流行に文句をタレてみました。もちろん私なんか一瞬でグウの音も出なくなるような切り返しで、目からウロコの凄い新構想にチャレンジするがよろしい。
 さあ若い技術者たち、やってみたまえ!

【543】惨事賛辞の国盗りゲーム [ビジネス]

 今回が平和に発信できているということは、晴れてパソコンの機能向上が問題なく完了できたということである。よってコイツに何かあったら、ますます私の社会生活はただで済まなくなった。

 さて、昨今なかなか面白かったのが四国のペット医者養成ガッコの一件。
 文科省の内部告発が世論の後押しを確信し、『誰の声か判らないので、王様がハダカかどうかなんて見ない、聞かない、言わない』とすっとぼけようとしたダメオヤジ裸劇団を追い詰めたワケだ。
 記者会見で『きちんとした回答をいただけてないと思うから、質問を繰り返すんです』と切り返したどっかの記者の彼女、グッジョブ!である。
  『裸劇のホンがどうかなんぞ誰も訊いてない、本当のところを答えろと何度も言っている』
 日本中の記者会見の場で、政治家や役所相手の流行語にでもしたいところだ。

 社会組織が効率よく運営されるためには、組織思いの優秀者が存分に能力を発揮できなければならない。
 だが以前の日本社会は高度経済成長期の手放し好調で油断してしまい、群れて私利私欲の利権構造を仕込み、カネやトクに呆ける役回りの内輪囲いに執着するような人種ばかりを、『政治家向け、役人向け』として運営機能に取り込んでしまったのである。
 だから日本社会の生産性が著しく低下し、退治できずに内包したままの邪心へのやるせない落胆が、あまりに重すぎる自己不信となった。心底自信を失った日本国は、何事にも明るく元気に『いろいろあるんだろうが、やってやろうじゃん!』と取り組めない、重篤な鬱病を患ってしまったのである。

 この鬱病のトンネルを抜け出すためには、内包する邪心に毅然と立ち向かう勇気を出し、これを成敗し、『やれば克服できる』の実績の記憶を積み重ねて自信を取り戻すプロセスが必要だ。
 ならば長らく自浄力を抑えつけていた一般通念、つまり人事権や客先特権など『やられる側が弱みを握られ抵抗できないとされる神通力』を叩き壊すような行動様式ツールを普及させてやれば良い。『デスノート作文術』【472】なんか、多少は効いたのかな?
 高度情報化社会を活用すれば、邪心の所業の事実情報を同時多発で暴き、組織のキモチたる世論に手早く是非を問うことができる。便利な時代になったものだ。
 今度は、内輪を守れず世論に屈した文科省全体が政府から目の敵にされるという危惧も語られているが、それはそれでまた文科省が大勢の国民の関心のもと、政府と戦って行けばよかろう。若い職員さんたち、やってみたまえ!

 ところで第何次か忘れたが、このだらだらダメ政権の発足5年目にして、骨太の方針とやらから『消費増税』の文言が消えたそうだ。まず未だに骨太だとか鼻で笑わせてくれるのだが、『成長戦略』の寝言を繰り返す現実逃避マインドも相変わらずである。
 ちょっと想い出に浸ってみようか。

 『バーイ、マーイ、ダメノミクス!』なんて、いかにも調子よく拳を振り上げ、メのある国家一丸チャレンジに団結力を期待するかのような口ぶりで、経済界のあちこちに身を切る持ち出しの協力を煽ってまわったヤツがいたっけ?
 ああいうのを詐欺師ペテン師、ハメルンの笛吹きという。
 あれだけ華々しくやっておいて、事実上の政策としては日銀が下界に向け無節操にカネをばらまく以上のことは無かったのだ。この時点で早々に景気好転などし得ないことが確定的だったのだが、一時的に溢れたカネが物価と給料の額面数値を押し上げ、それを根拠に軽減税率を仕込むことが本来目的だったことを思うと、まあ当然のなりゆきであった。
 この時点で『軽減税率の絶対強行作戦』は巧妙に伏せられており、もしかすると世襲のガキもコロッと騙されて、ヒーロー気分で嬉しそうに旗を振らされていただけなのかも知れない。

 だとしたら、もうちょっと利口になんないと務まらんよ。可哀相だと同情する気はない。
 反面、軽減税率の強行作戦を知りながら給与引き上げを煽動し、景気好転の幻覚を先頭に立って演じたのなら、それはそれで絶対に許されない全国民への背徳行為である。
 まさに恥と災いの血筋だ【437】

 ここでテロ等準備罪に関して、ひとつ問題提起しておこうか。

 いま国民に検討過程が開示されないまま、政治家どもは口をつぐんで見てみぬふりで、役所の一部がこっそりと強行の大号令に向けて準備を進めている『軽減税率』の仕組みを題材にしよう。
 将来にわたって深刻な社会負担となる規模の工数とコストが予想される、超巨大な新規公務である。
 これは日本国経済の基礎体力に対し長期固定的な負担を発生させ、低迷に苦しむ日本社会の経済困窮度をさらに悪化させ、ひいては内外の国家安全を脅かす、極めて危険な社会システム構想であることが間違いない。違うというなら、ここでまずその論拠を示せ。
 本件、日本社会全域の納得を得るに十分な情報開示もなく、軽減税率対応の設備導入トライアルが突然実施されるまでになっており【438】、これは役所・政治家・ファミリー企業に跨る組織的なテロ計画と判定する見方が成立する。

 ★テロ等準備罪は『軽減税率』推進の関係者各々を監視し、
  全社会的合意を伴わない公金投入というテロ準備行為を取り締まれるのか?

 ここに適用できないのなら、と敢えて一応条件をつけておいてやろうか、一部の私利私欲でどうにでも曲解・悪用される欠陥品の粗悪法案である。廃案だ廃案!

 あのおしゃぶり法務相に記者会見やらして、これをまたどっかの記者が張り倒してやってくれると面白いんだがなあ。
 思えば、咎められない自分たちを自虐がてら、諦め切って『公務員天国』『霞が関文学』なんて放置していた時代【26】【310】は本当に絶望的なぬるま湯ムードであった。
 『これじゃいけない、ウチらで一念発起してひっくりかえそうぜ!』とカッコよく起爆した風潮ではないにせよ、みんな徐々にマスコミの社会的機能を取り戻してきていると言える姿勢であり、是非この勢いでダメオヤジ利権帝国にヤキを入れていって欲しい。

 自分らの未来のため、自分らでやる社会風土の改善だ。手加減無用、やっちまえ!

【542】6年目の平気 [ビジネス]

 ちょっと前に騒いだばかりの自宅デスクトップ機を模様替えすることにした。
 模様替えといっても余っていたハードディスクをもう一台ぶら下げるだけで、まかり間違うと本気で困るデータのバックアップ書庫とするためだ。
 ちょびっと消費電力が増すが、生活の危機管理体制強化の経費ってとこか。良かろう。

 やはりというか度々不気味に350GBを超えてくるCドライブだが、よりにもよって久し振りに新たなソフトをインストールしてみようと決心したのである。一応は簡単だという話だし、どうせ私のことだから何とかするんだろうよ。
 いっそ1台新しいPCを組んでしまいたいところだが、その時間も無ければ置き場所もこれからとなると現行機で行くしかない。

 ところでこの『にすけん壱型(仮称)』は稼働開始直後の2011年5月8日【259】において、その仕様を公開している。
 まんまプリントアウトして、そこらのPCショップに行けば部品は難なく揃ったはずだが、いったい日本全国で何台組んでもらえたのだろう?思い思いのアレンジを施されながら今日も元気に稼働していることを願って止まない。
 しかしコイツ、かれこれ6年のつきあいになるのか。

 詳しい製品情報は避けておくが、私は稼働開始して程なく当時最新型のTVキャプチャーボードを組み込んだ。
 だがこれがとんでもない未完成品のフライング販売もいいところで、恐らくは『メモリー洩れ』という不具合現象を抱えていたのである。
 ディスプレイに画像出力するとメモリーに余計な屑データが蓄積していき、これによりいつの間にかタスク処理できなくなって、勝手に録画や再生を切り上げるわ、予約録画はばっくれるわ、録り置きファイルは無断消去するわのマルチモード時限爆弾であった。
 メーカーに何度問い合わせて指示通りの修正処置をしても直らず、というかいま思えばメーカーもこの時点でリカバリー不可能には気付いており、売っちまった先の根負けギブアップ狙いを早々に決めていたのではないかと思われる。アコギな話である。

 もっとも事情さえ解れば、Windows7の32ビットとしては目一杯のメモリー容量4GBで組んであるので、頃合いを見計らって再起動でメモリー清掃してやれば良いのだ。
 当時ネットのユーザーコメント欄では『ゴミ』だの『欠陥品』だの『金返せ』だの散々なことになっていたけれど、自分で良いと思って買った訳だし、ちょくちょく再起動を要求されるからって悪意で神経を逆撫でされるような実害もないし、こちらが合わせに行って折り合いがつくものなら、それで十分だろう。
 最先端の電子機器だって案外こんなもの、このペースを普通にして過ごす日常が私には楽しい。

 例によって、Cドラがヤバい問題と併せてそれなりの面倒見は要求されるが、よくやってくれていると思う。手前味噌で申し訳ないが、大成功の6年間を経て今なお成果は延伸中だ。

 ところで、鎬を削る熾烈な開発競争から生み出されるAIくんたちにも、似たような不完全性が潜んでいる可能性があるのではないだろうか。いや、何をどこまでやれば知的に完全・完成だという線引きは無いから、基本このパターンじゃないのか?
 もちろん遥かに高度で難解なコミュニケーションの行き違いとして問題が発現するだろう。
 何となく、大事件に始まる賑やかなドンパチ系の課題解決劇ではなく、人間くんとAIくんが地味に折衝しながら、負担の無い日常を探るような方向性が主流になりそうな気がしないでもないぞ。

 今ここにいるパソコンの凄くなったヤツが相手なら、お付き合いもこの延長線上ではないかと、ふと考えたのである。
 お願いだから、作業が捗り無事に完了できますように。

【541】怪傑!丁半ジャッジマン [ビジネス]

 お、小池都知事、『つべこべ言わずに』自民党を離党か。もうちょっと居残ってて面白かったような気もするけど。

 決められない知事だとか何とか、どこぞの世襲のガキが自己弁護のため連呼していた『レッテル張り』に御執心の連中の顔写真でも並べてみな。揃いも揃ってダメオヤジ裸劇団の無能老人、まあ次の都議選の参考にでもするんでしょうな。

 別に自民党そのものが問題という訳でもないのだ。問題なのは、政党だけではなくクズ役人や政府の取り巻きファミリー企業まで含めた、超・領域枠で跨るダメオヤジ裸劇団である。
 自民党の中にもダメオヤジvs非ダメオヤジの区分があることにまず気付こう。そしてこの非ダメオヤジ組の中には、都民ファーストを理解し党全体をそっち方向に舵切りしたがるような勢力が、少なからずあったのではないかと思われる。小池都知事からすれば、もしこれが党改革の起爆点になり得るなら、自身の党籍を残しておいた方が断然やりやすい。
 ただダメオヤジもこのあたり新興勢力の抑圧はお手のものだから、改革の努力がなかなか一筋縄で実を結べなかったのだろう。小池都知事としては、その可能性は始めから視野に入っていたし、あれやこれやで忙しくなってくるし、このまま居残るメリットよりは都民ファースト一本化でわかりやすくしときましょうか。そんなところじゃないかねえ。

 ところで、ダメオヤジどもが自分らのダメさ加減を小池都知事に投射【390】しようとしてしきりに当てつけた『決められない』という現象について、職場風土整備の観点から少し解説を入れておこう。
 組織において『決められない』現象が、そのものズバリで問題となることは多い。

 問題事象はこうだ。
  『決められないから仕事が次の段階に進まない。組織全体の動きが止まり、みんな困る』
 そして最もポピュラーな原因がこれ。
  『決裁者に引責の能力と精神力が揃わず、決断に踏み切れない』【53】

 実によくあるパターンで、部下たちはしょっちゅう激しい不満を覚えながら非効率な時間を過ごすことになり、だからこそ『決めてくれる決裁者』が現われると組織全体が俄かに色めき立つ。『あの人は決めてくれる』となればそれだけで大評判の超人気、3時間の責任参集【66】を5分で片づける敏腕スーパーヒーローとして随所で崇められることとなる。
 組織は大規模になればなるほど、分業が進んで大上段の本来目的を意識させない『各自、目前の課題処理』が日常業務となる。つまり『決めてくれる決裁者』は、スムーズに目前の業務を推進してくれるというだけで、ダイレクトに高評価を得ることになるのだ。
 すると、どうなるのか。

 『その決断の是非・妥当性』という本来いちばん大事な事象が忘れ去られてしまうのだ。
 特に『決められない決裁者』に仕事を止められ続け、辟易していた職場は『決めてくれる決裁者』の降臨に弱い。当たり前といえば当たり前である。
 何しろ決めさえすれば群衆はやんやと持ち上げるし、決裁者本人もちょっとフロー状態っぽく調子づいて万事がうまくいくのだからたまらない。
 まさに組織ぐるみで決裁の射幸感に没頭してしまっているワケで、もうこうなると『おいちょっと待て、その判断は間違っているぞ!』とひとり声を上げても無力だ。多勢に無勢、あからさまな失敗をそうと知りながら止められないのは本当に悔しいものである。

 一部の邪心が何を決めようが、組織の自我がそれを嫌えば何も起こらない。
 だが組織の自我が乗せられて夢中になると、醒めるまでは何でも起こる。気を付けよう。

 以上、組織の意思決定の難しさ恐ろしさも知らない無能ダメオヤジの分際で、『決められない知事』などと聞き覚えでこの用語を口走るのは1万年早いというハナシである。
 言ってしまうと五輪準備なんか、将来負担しか残らないようなおかしな決定ならば『しない方がマシ』だ。本当に決めるべきコトとして『先送りを決定』し、大規模高額の無駄投資を実現不可能にしてしまった方が損害は抑えられる。
 再度、前回を読み直して隣国の現状を想像し、そのあと日本国の競技施設についてネット検索でもかけてみな。そこらじゅう、どんだけ余ってるんだよ。

 五輪大会は華やかであって良いと思うが、石油王でもない国が架空の借金を積んでまで迎えるものではない。質素倹約に正しく競技をするだけの原点ひとつ、これだけでみんな何故か楽しいからやるんだという原理原則を思い出すべきである。
 なあに、間に合うって。

【540】もしもの将軍サマの大号令 [ビジネス]

 ここ最近、将軍サマが立て続けにミサイルを撃ち上げているのは御存知の通り。
 最高到達高度は国際宇宙ステーションISSの300~400kmを遥かに超えており、もしISSの窓から見えるところを飛んだとすると、ミサイルが下から視界をよぎって上に消えていき、再び上から地表に向かって落ちていくのが確認できるはずである。

 将軍サマは一体どういうつもりだ、対米意識の現れだとすると、遥かに直近にあって米軍基地を擁するこの日本列島は果たして安全なのか?…という議論は、あんまり意味があると思えない。
 物資の乏しさはかつての日本どころの話ではなく、資源国と同盟を結んで世界戦レベルでコトを起こさないとみすみす瞬殺されるだけだ。まだまだ他国から見て、自国はその同盟に値する存在感を稼ぐ段階にいると自覚していると思う。
 だからって、好き放題を放っておいて良いとも思わないけれど。

 年々事情は変わりつつあるようだが、それでもやはり『今の時代の文明アイテムがどれだけ揃うか』の尺度で見れば、かの隣国の内情はかなり厳しい困窮にあると推察される【234】
 きっと生活するの大変なんだろうなあ、ここは日本で良かった。

 …と胸を撫で下ろして本当に済むのかどうか、真面目に考えてみよう。

 『他にもいろいろあるんだが』と余計な枕詞がまずくっついて、日本国の借金は1千兆を超えたと言われている。
 用もないのに借金なんかしないに越したことはないってんで、国民みんなで返しましょう。家財道具に食う寝るところに住むところ、とにかく財と名のつくもの一式を、きれいさっぱり売りに出しましょうぜ。
 これを実に都合よく、日本経済を語るにあたってのテキトーな見積額そのままで、どこかの誰かが買い取ってカネと引き換えてくれたとして、概ね1千兆の借金返済に充てて、まあどうにか埋め合わせられるんじゃないのと言われている。
 凄まじいまでの御都合ロジックによる仮説だが、つまり日本人は一人残らず身ぐるみ剥がれて無一文、いま着るモノも明日食うモノも一切を失うことになるはずなのだ。
 現実にそんなことが起こり得ないから、実際に起こっていないだけの話である。これは理屈上の困窮ということになりながらも、この世のどこにも負債のない意識に生きている人々の国と比較して、何か経済の世界観として幸せを感じられる状態なのか、今一度よく考えるべきだ。文明アイテムなんかよりも大切なものが、今日の日本社会には無い。

 いま日本国が東京五輪をギブアップしたとして、将軍サマが代行役に手を挙げたとする。少なくとも現時点で将軍サマのお膝元に、五輪開催に適合する競技場なんか無いだろう。
 だがありったけの国力総出で、過労死から給与未払から何でもアリのデスマッチで、3年後には見事にやっちまうんじゃないかねえ。
 そしてなぜ国力総出のデスマッチが可能かというと、独裁政権なりに国民個々人に苦労はあって、現状には決して満足していないんだろうが、五輪開催と聞けばみんな素直に希望を感じられるからだ。
 今の生活の苦労は別にして、自国が自分の祖国として存在しながらナニガシか良いコトに恵まれ、世界中の人々に認められ讃えられる自国のことを、我が身に転写して楽しめるからだ。
 きっと国全体にとって隈なく、嬉しくて楽しくて誇らしい事実になると思われる。

 普段の将軍サマがどこまで自分勝手で横暴なのか、どれだけ国民を踏みつけにしているのかは知らない。 だが五輪を呼び込んで実現しようとする判断があったとして、それは純粋に自国を発展させ国際社会への平和的アピールを目的とするものであり、そこには悪意も邪心も無い。
 たかが仮説だが、だから国家組織が好意的に反応し全力を尽くすはずだと私は考える。

 どうにか日本国のポジティブ事象に持ち込みたいとする意図は断片的ながら確認できるのでクサしたくはないのだが、東京五輪という『組織化以前の原始生命体』が絶望的なまでに自らの実体化を躊躇するのは、自身が悪意や邪心を抱えたまま誤魔化してやり切ってしまう構図から抜け出せていないために他ならない。
 ここを解決しない限り、東京五輪は動かない。だから悪意と邪心の利権構造を完全に撲滅せねばならないと言っている。

 五輪もそれに付帯する築地改修も、さらにそれ以外にも潜在ぶんが山とあるんだろうが、既存の青写真が崩れようが負荷配分や工期計画がでんぐり返ろうが、まず動かしたいなら問答無用で動かす。
 それからでしょ。

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