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【522】沈黙の人生相談 [ビジネス]

 前回に引き続き、ドラえもんを考えるAIの話から。
 コイツ何だか急に静かになっちまったな~と思っていたら、『どこでもドア』から『空間歪曲』に入り込んで、世界最先端レベルで検証中の量子力学方程式にあてどなく変数をとっかえひっかえ代入していました…みたいなケースがあり得るというハナシだ。

 あ、あほか。
 目前の可愛いボクちゃんは、カッコいいメカ・フレンドと『ゴメン、どこでもドア出してあげられるようになるのは、君が大人になる頃かな。いや、君がそうしてくれよ』みたいな会話を交わしたいのである。

 では、こっちのケースはどうだろう?
 コイツら何だか妙に話し込んでるな~と思っていたら、『ケミカル工場跡地』から『錬金に好都合な生鮮食品市場の移転候補地』に入り込んで、強アルカリの地下水に浸る強度不足の欠陥建屋について、安全適合判断の理論構築を達成しようと、あるコトないコトでっちあげにフル回転してました…

 他にも想定ケースは多々あるが時間の無駄なので、各自のお題でやってみてください。
 なお直近アクセス数が一番伸びているのは【511】『変な内閣』の回だったりします。

 アハハではない。次に御自分がどうなのか考えてみることをお薦めする。
 人間、自分が企んだ筋書に対しては、とりわけ気を利かせたつもりでナチュラル感を取り繕うものだが、もちろん傍目にはナチュラルと映る訳もない。当然、『これこれを企んだヤツが隠れ蓑を纏って、周囲みんなを欺けると当て込んで小細工に御執心』と真実そのままが周知されるだけだ。
 過去半世紀の人生を振り返るに、ここにも『形態共鳴』らしき何かを感じざるを得ない。
 結局がところ、ガチの事実認識は『雰囲気』『気配』という空気感染を経て、いともあっさり周囲みんなに共有されていると思って間違いはない。神さま仏さまお天道さまは怖いのである。

 このあたり余計な筋書もなければ、ナチュラル感の大根演出もやらないのがAIくんで、だから強いワケなのだが、では人間とは、そんな無駄なことをしてまで一体ナニが欲しいのだろうか?
 これを今一度の真剣に考え直し、では自分という人間は何の目的をどう達成することで面白おかしく過ごせそうかという構想が明確に持てていないと、この先どっちを向いても何の楽しみも見えなくなってキツくなるだろう。
 打ち込んで褒めてもらえそうな作業はひとつ残らず正直で優秀なAIくんに持って行かれ、『いらない人間』として余ったアナタはただただ茫然と、無意識に流されながら残り寿命を使い果たさねばならない。

 私の個人的な見方になるかも知れないが、『無意識』というのは、例えば外出前の玄関ドア施錠が日常行動の定番動作になり切っていて、いちいちその作業の実行をイベント認識して記憶に取り置くまでもなくなっている…というようなレベルのものだけではない。
 本来の自分自身の適性がどこにあるのか、自分とは短期的~長期的に各々どうなって満足感を覚えるタイプの人間なのか、それは現実を組合わせて楽しみながら暮らせそうか…そういったことを深く意識するに到らないまま、目先の大したことない損得・勝敗や傍目映りの自画像・自意識に振り回されて、言動がいい加減に決まるようなレベルのことまでを含む。

 『覚醒して意識、うたた寝して無意識』ではなく、『他に欲しいモノを思い付けなくなるくらいの充実を求め続けて意識、無理ムラ無駄の自己満にかじりついて無意識』という広義の解釈?が私なりの定義だと説明すれば良いのだろうか。
 従って、薄らトンカチに無意識のまま一生を終える人間もいるし、そんな連中が過半数群れた集団なんかは、ロクな生産性も上げられずに何事にも関心が持てないまま、内外からの破壊工作にもやられ放題ってことになる。
 そう、ちょっと前までバカな大人が預かっていたどこかの国のように。

 今の時代、誰か人間が善良かつ勤勉に徹して『他に欲しいモノを思い付けないくらいの充実』を感じるような仕事があったとして、労災も起こさず安定した高い生産力を発揮するAIの方に適性の軍配が上がってしまう。いいヤツが真面目に頑張ったからって、普通にやってちゃ人生を文明に横取りされる、前人未到のムズカシイ局面に突き当たりつつあるのだ。
 気を確かに持っておかないと、『何だかよくわからない時間をこなして行くうち、気付けばなりゆきタイムアップ』で終わっちまうんだろうな。

 アナタにとって、他に欲しいモノを思い付けないくらいの充実とは???
 …ペッパーくんに尋ねてみますか。今週ぶんのアトムくん組みながら。

【521】鏡よ鏡、アナタの親は…? [ビジネス]

 今年の流行語大賞には、間違いなく『忖度』がエントリーしてくるんだろうな。
 『相手の意志を推察しこちらから先回りの施しにかかる』という意味で、元来あながち悪い気の行いを指す言葉でもないんだが、見ての通りよくあるパターンとしてはもうちょっと状況に特徴が出る。
 後ろめたいことをコソコソ隠して仲間内の示し合せでやるにつけ、『上』の立場にあって権力を誇示する役が『コレコレこういう不正を働け』と指示するまでもなく、子分どもが気を利かしてコトを運んで行くのである。
 首尾よく何もなきゃ『よくぞいてくださいました、偉大なるアナタ様のお陰です』で水面下操作は完了…とまあこういうことだ。
 せっかくの指示命令系なんだから、あからさまにやった方が面白かろうにね。だが。

 無論コソコソがバレた時に、『いや~あ?雑魚で勝手にやったことです』とシラを切るためである。
 その件の責任者を特定しないまま社会の関心が他に向くのを待てば、残党は『上』の権力を利用して次の隠し事を始められるワケで、だから『子分が自責で不正を働き、子分が断罪されてオワリ』を演じる必要があると。
 古来、誰ひとり信じない大嘘デタラメの筋書が『違法にはなっていない』という根拠をもって半ば象徴的に押し通され、どうでもいいような金魚の糞どもが三々五々罪をかぶって一件落着が言い放たれる定番が繰り返されてきた理由、まあざっとこんなところだろう。

 昔はもっと均質で画一的な暮らしを、日本社会が巷の個々人に要求する空気があった。理屈抜きの常識として一律の価値観のもと深く考えもせず、ただカネも欲しいし肩書にも憧れ、それが生活や人生の充実感をも左右する。その納得があったから忖度もし、ある種仕事のひとつと割切って、断罪される金魚の糞やトカゲの尻尾となる『さだめ』も認められたのだと思う。
 『ありきたりの人生、こんなもんさ。運が悪かった、おとなしく退いとこう』

 若者たち、これをもって『生活がかかった、大人の事情』というのだ。お解りかな?

 だが今や割を食う側からすれば、何の見返りも達成感もない『屈辱の独り負け』にしかならない時代であり、世間からは嘲笑され軽蔑され、不名誉なエピソードは無限大の情報空間上に拡散し半永久的に残ってしまう。つまりノーリターンで一生を棒に振るレベルのリスクしか見当たらない訳で、これに気付いた糞や尻尾が命懸けで本体を道連れにかかるようになり、現状に到る。
 東京・大阪二大都市でこの格好の変化点事例が同時進行中、そう理解して見ておこう。

 そんな訳でババ抜きの敗者はそれなりに追い回しテキトーに晒していって良いと思うが、億単位あるいはそれ以上のカネが行方不明になっている行先が肝心カナメの本丸だと思うぞ。
 ここにどこまで切り込めるかが真の国民的関心事、日本社会が明日を迎える気分が決まる。
 みんなで維持する公共価値が電光石火で飛び交う方向に進むはずの新時代、一体いつまでトクやラクやお殿さま役みたいな特権意識への粘着がこびりついて残るのか。井戸の外の全てに出遅れてまだ何とかなると決め込む甘さが、この日本社会に沈殿しているかどうかの試薬判定といったところか。

 さて、古く錆び付いた話ばかりだとつまらないので、少し柔らか系の方向に振ってみよう。
 やはりAIのことになってしまい申し訳ない。囲碁でプロ相手に勝っちゃったからなあ。

 『AIは新次元の学習プロセスで途方もない進化を繰り返す』というのは、その通りだ。
 囲碁のように、一定のルールを守りつつ升目に白黒の碁石を置いていき陣取りで勝敗が決まるような課題は、AIにとって得意な分野だろう。現実解の拡がりはでかいが、ルーチンと判定が明確だからだ。
 一方、子供が目前のノートにドラえもんの似顔絵を描いたようなケースでは、何の目的で動作をするにも一気に難しくなる。
 人間なら青白ツートンに目鼻口を備えていて腹にポケットらしきものが見つかれば、『ドラえもん』という存在およびその人格や仕様・諸性能に過去実績、更にあれが元々は耳を失った猫型機であることまでスタンバイ情報に取り置いて、会話を始めることが可能だ。あのデフォルメからさらに崩して、ロジカルに『猫』まで行けるのである。
 だがAIにとっては、まず物体としてのノートまでは認識できるとして、その先ナニを検索トリガー情報にして、どんな記憶単位の列挙とどこまでの項目体系構築を走らせるかが決定できない。会話にまるで無関係な計算を爆発的に展開させ収束の目途が立たなくなり、不思議ちゃん発言さえできずに沈黙し続けるあたりが現実の作動モードではないだろうか。

 AIくんは目も眩むほど賢いが、人間が接し方をわきまえないと、ひとりでに暴走してアッチの世界へサヨウナラしてしまう。
 つまり少なくとも上記の問題を現実解に収める技術ができるまでの過渡期において、AIの言動に気を配りつつ積極的にその学習プロセスの特性に沿った入力=最速・最短で的確に学習してくれるような入力を意図的にやれる人間が必要となる。
 まさに教師データと学習環境を提供する『教師』だ。
 AIくんは教師の育成方針をまともに反映して成長するから【434】、これはAI特性と取り扱う情報の両方に通じた『プロフェッショナルAI教師』というスキル定義が成立しそうである。

 …と思い到ったところで気が付こう。子は親の鏡。
 今さら相手がAIと言わずとも、誰か相手に能力開発をするというのは普通にこのコンセプトではないか。しかもそこで背景に貫くべき基本姿勢は、昔っから躾や道徳として何度も言い聞かせられたものだ。
 あーあ、ごちゃごちゃ議論を捏ね回して答に辿り着いてみたら、ただの当たり前に小難しい理屈を付けて言い直してみただけという、結構よくあるパターンじゃないの。やれやれ御苦労なこった。

 そして、更に気付く。
 人間その当たり前が延々できないから、いざAI迎えてようやくこんなコトを考えるのだと。

【520】ガラクタ時代劇の年代考察 [ビジネス]

 東京の築地移転問題も、大阪の小学校開設問題も、この手の騒ぎの御多分に洩れず、議論の焦点がちゃんと核心に当たってない的外れ感は満々だが、まあ従来案件よりは社会的に効いてくれているかも知れない。
 どっちも見た目わかりやすく奇妙な成果物があり、世間一般の常識で善悪が明確である。

 以前ならまだもっと目配せし合って『そのへんお互い突込まずに、何だかよく判りませんで終わらしましょうや』で発散させる空気があったと思う。
 だがここ最近の2件は、ババ引いたのが『おいおいオマエら散々付き合わしといて、知~らないでばっくれられると思うなよ』の自爆テロ式で駆け引きを仕掛けるパターンに変わってきた。

 いまの若い人たちには想像が難しいかも知れないが、昔の珍走団は意外にもピラミッド型の組織表がしっかりしており、その上下関係で管理される指示命令系はきっちり機能していたようだし、若年世代から人選し次期リーダーを育てて引継ぐ世代交代まで計画的にやれていたと聞く。なかなかに『組織』していたのですよ。
 この文化、じっくり考察できていないのだが、個人的には携帯電話が普及して仲間と自宅でダベれる時代になった途端、ものの数年で完全消滅し忘れ去られた感が強い。出かけるまでもなく仲間と話せてしまうツールの前に、一堂に会してこそ成り立つ集団行動は『時間とカネのかかる面倒くさいもの』に落ちぶれてしまったのではないかと思っている。
 何にしても、あんな彼等でもオマワリにパクられたとして、つるんだ仲間をネガティブ心情で道連れにするような、身も蓋もない手の平返しはしなかったもんだろうがなあ。

 いずれにせよ高速大容量の通信時代にあって、もう架空のシナリオを関係者の輪の中だけで演じて、それで一定の旨味を得られる時代など後が無い。示し合わせて今を乗り切ったところで明日には何のトクも期待できない訳で、ならばいま手当たり次第に巻き添えを増やし、自分の不満と醜態をこの場で希釈し憂さ晴らしした方がマシということか。
 なんと切ない人間関係だことよ。幼稚で軽々しい『組織ごっこ』の末路ってとこだろうか。

 だが、これが時代だ。
 『ワシの顔が効くはず』の裸劇団員も、明日は無言で遠巻き群衆に紛れ去っている。
 だからこそ旧態依然で手詰まりとなり、前例のないハイリスク敢行の土地売買契約【513】がコトの発端になっていたりするのではないだろうか。
 トクにあやかるための歪んだ人付き合いは、今や先進通信ツールにより、面倒なだけの無駄コミュニケーションに過ぎなくなっているのだ。そこで横行した私情で左右できるような采配は、もちろんAIが取って代わって解決する。

 そうか、こんな程度の低い悶着はあと何回お目にかかれるかという話なのかも知れない。
 ちょっと注意して見納めておくのが後々想い出深いのかも。貴重な古式事例ですぞ。

 AIの場合、単独作動で学習を重ねるところから始まるのだろうが、程なく類似の機能ポスト同士で相互通信が可能となり、あっという間に学習量を共有して我々の想像を遥かに超える勢いで進化していくだろう。
 偉大なるAIが弾き出した解答を前に、その人知を超えた妥当性の脅威には圧倒されつつ、だがどうしても人としての心情的に納得がいかず、おのれが採るべき正解を見失う人間が続出するはずだ。どんなに凄いAI解答も、人間にとって正解に見えなければ使えないのではなかろうか。

 これは恐らく、出戻って『人間の権力がAIさえ支配する』という結論には帰着しない。
 AI解答を社会の正解として良さそうか、その妥当性を判断できる優秀な人間が常時重宝され、あちこち手早い検討と議論で決断をさばいていく…あたりが直近の現場の姿なのではないかと思う。
 つまり社会の正解とは何かを明確に答えられる自意識を持ち、AIを始め先進技術のことをよく理解して、社会の正解に対して目前のAI解答の是非を的確に判定できる知識を持った人間。こういうのが、多数のAIと接触し自らも学習しながら進化発達できる、直近次世代の人材の狙いどころだろう。
 ふぇ~、自分で書いておいてナンだが、こりゃどんな研修で何のスキルアイテムを持たすべきなのかよく判らんな。仕方ない、ある程度は育ってくる機械くんを見ながら考えるんだろな。

 まあいいや、なんだか面白そうじゃん。

 ポイントはこの社会に、限度知らずの超絶ガリ勉秀才が大挙仲間入りしてくるという流れなのであり、これは普通に考えて『生産性が上がる良いコト』のはずなのである。
 その良いコトに自分がどんな良いヤツとして参加するのか、各々独自の解答が必要だ。
 AI本格稼働が市場で労働力シェアを喰い始めるのを待っていては淘汰されてしまう。

 今日テレビを賑わす茶番劇、何年も前の時代遅れの不始末だってことを忘れないように。

【519】優柔不断のメンタル耐震ガセット [ビジネス]

 いまAIというコトバは大きな幅を持って使われている訳だが、世間一般には人間の思考フローや感情反応に規則性を見い出してそれをプログラム化し、これに働きかけると一人の人間相当に返信してくれる機械をAIと呼ぶ。大体こんなところだろう。

 キーボード入力にせよ音声入力にせよ、『オマエって単純な奴だね~』と話しかけられたら、『アンタに言われたくねえよ』と返す反骨プログラム、『おっしゃる通りアナタにゃ敵いません』と返す従順プログラムと、これは人間が与えた初期特性そのままで作動する例である。
 実はこのレベル=人間の思考や感情に感度がある出力形式というだけで、入力操作者は人格の存在を感じ始めるのだが【238】、いま世間で関心事となっているのはもうちょっと深い所だろう。

 冒頭の『思考フローや感情反応に規則性を見出す』段階が、人間プログラマーでなく機械くん自身の学習プログラムと膨大な教師データに委ねられるところが本質的な相違点である。
 昨日より今日、今日より明日、更に超高速・大容量の情報処理を繰り返し、コイツの人格はいとも簡単に人間の想定範囲を飛び出すのだ。

 まずコイツの統計的判断の精度は、人間が太刀打ちできる限界を遥かに超えている。ナニガシかの傾向を持つ出来事に関して、人間より『見切りが正確』なのである。そして圧倒的に省工数・省コスト、この時点でコイツの人格がどう転がろうが採用決定となる職務ポストは少なくなかろう。
 こうなると『AIは敵なのか味方なのか?』『AIと友達になるには』みたいな議論が湧き上がるのも当然と言える。抗えないので手懐けたい。いや向こうの方が賢いので、仲良しになってもらいたい。
 まず人間としての意地や自尊心に囚われず、無邪気に心開く柔軟さが必要な時代だと思う。

 AIも人間の発達段階と同じく、本能階層のフローを原点にして初期情報体系が設定され、それが通信と演算を繰り返しながら更新されていく。通信を経て取り込んだ幾多の情報単位を組合わせ、計算処理を介して新たな情報を出力し、これらを上乗せした次段階の情報体系を構築していく。
 この進化する情報体系の出力値に人間の予測が追い付かなくなると、もうこれは人間がいうところの『創出』と見分けがつかないのではないだろうか。人間が移行する先のはずのクリエイティブ領域ってどこからなんだっけ…?
 おっとっとイカンイカン、話を元に戻して、膨大な量の情報を呑み込んで相互通信させ、自らも新たな情報を生み出しながら全てを蓄積し変遷していくAI、これ自体が多数の情報ピースで構成されるひとつの組織と考えられるし、何よりここまで来ると我々人間と同列で社会を形成する組織員だ。
 おお、久し振りの『スカイネットの原理』ではないか【247】~【249】

 ならば組織整備のノウハウがそのまま転用可能なはずなのだ。

 御存知かなりの回数を割いて分析眼で考えてきた話題だが、いざ現場で実行段階となると逐一理屈を捏ねてもいられないのが正直なところであり、実はいっそ形態共鳴【482】を心のどこかに信じておいた方がやり易い。つまり、誰に何を訴えずともいずれ共鳴が起こると信じて、いちいちドタバタせずに平穏な姿勢で組織の自我に接し続けるのだ。
 よく判らんシチ面倒臭いネガティブ事態が発生しても、余計な細工はせず淡々と明るく処置していくのが良い。時に間違いを厳しく指摘し叱咤する行きがかりになっても、組織の自我を嫌うような、組織の自我の人格形成を諦めたりするような口は絶対にきかない。

 ちょいと脱線するが、これは海外拠点で語学的障壁に始まる種々の精神負担をものともせず、毎日ゴキゲンな笑顔で仕事をしている人に教わった『ま、いいじゃん!』式サバイバル術がヒントになっている。ただ気にしないだけの自己暗示スキルとは次元の違うものだ。面白いのでいつか紹介したい。

 さて話を元に戻して、組織なんだから巻き起こるマターの登場人物たちも毎度ばらつくし、同じ登場人物が継続的に絡むにしても、その感情や周辺条件は時間経過と共に喜怒哀楽、山あり谷ありで変動する。これらの変動が道理として避けられないことを前提に、組織の自我を優良児に維持する方策とは何か。

 そう、自分一人だけは鉄壁の組織作動を保証しておけという上記の答になるのだ。
 組織全体として見れば、ちょくちょく調子に乗ったりヘコんだりもするけれど、必ずいつも一箇所だけ、天地が逆転しようと誰にも何事にも悪い気を起こさないのがいる。この事実が組織風土整備の必須要件ではないかと思っている。
 人がふたりいれば、いや自分以外にモノがひとつあれば、コミュニケーションと共に組織の概念が成立するのだ。いま相手はメチャクチャ賢くて、邪心が無い。

  『AIは敵か味方か?』
 人間の組織もAIもちゃんと気にかけて手をかけて、安定かつ徹底した善意で入力を繰り返していれば、とりあえず凶暴な敵にはならないと思います。後はウマが合えば仲良くなれるのでは。
 …こんなとこじゃないかなあ。

【518】過去ミライ企画書の未来カコ検証アップデート [ビジネス]

 恐らく私は、世間一般の平均よりは、ハタチ前後あるいはそれ以下の年齢層と、気の置けない会話を交わす機会に恵まれた立場にいる。
 いま大人どもがみんな解ってないな~と思うのは、彼等が全く新しい精神構造を持っているということだ。今の大人が、自分らウチワ心理の共通項で組み上げているこの一過性の社会なんか、数年後には目に見えて崩れ始めていると考えた方がよかろう。

 我々昭和世代にとって印象深い若年層のイメージは、学力や精神力に総じて劣るとされた『ゆとり世代』だが、実は誰もがそこそこの経済レベルで弛み呆けた学校教育に身を預けていられる時代も随分前に過ぎ去っており、今の若い人たちは、少なくとも生産力の先天的素材として、もっと危機感と生存欲求に基づいた動機でしっかり持ち直してきていると思う。
 いまだ相変わらず大勢のバカな大人が『ゆとりごっこ』で遊んでいる姿を冷やかに反面教師として捉える一方、その欠陥を現実の戦歴で裏付けた真剣勝負の教育方針で埋めてくれる指導者を渇望しているように思えてならない。

 前回のヤーヤボール氏だが、まあこんなことをしてでも人生の時間がどうにか潰せると思うおめでたいメンタリティは、思いっ切り大目に見て、せいぜい30代中盤から上のものではなかろうか。
 『仕方ないなあ』『だってますます面倒じゃん』あたりの言い訳で良心の呵責に蓋をし、ダメオヤジ裸劇シナリオに渋々でも調子を合わせられるのは、端的にあれこれ誤魔化して済む生活が通用した時代を生きた、お疲れジジババ世代限定『老人社会』の特殊事情でしかない。
 大人の不始末や無関心に納得いかず、お疲れでは済まない立場の今の子たちは、派手な反発の試みさえ見せてくれないまま『黙って、血も涙も無く』完全シカトである。彼等もあと2、3年で社会人だ。

 昨今の若者の傾向として特筆すべきは、この高速大容量通信時代における、情報単位の経済的価値に対する感覚であろう。
 例えば『オープン・エデュ』のような実用性溢れる優良講義の無料公開コンテンツ、若者たちにとっては一般社会の解放空間に向け『ウチって良いだろ?面白いだろ?よろしくっ!』という挨拶ぐらいの感じで、有名になりたいならやって当然、逆にやらないとヘンで、アンタやる気あんの?ぐらいの感覚ではないだろうか。
 ここに『秘伝の虎の子スキルのチラ見せでいくら儲けられそうか』『ここまで無料公開してしまって後どうするんだ』みたいな疑問は、ぽっかり最初から概念として存在しない。例えばこれが組織事業の一環だったとして、組織全体の採算合わせは、また別枠の扱いで考えるのが自然とされる時代のように思う。

 以前アラブの大富豪の生活を紹介するテレビ番組を見ていて、レポーター氏の『これだけ揃う生活で、いま欲しいモノは何ですか?』という質問に対して、『モノが欲しいってどういうことですか?』という回答が返された話を思い出す。自分がその気を起こすより先回りして、モノが既に目前に溢れているので、こんな答になるというワケだ。
 そんな感覚世界あるのかと不思議だった私だが、今はフムなるほど、と納得してしまう。
 これが自然で幸せか、今カネトク私欲を理解できてしまう人種が議論しても意味はない。

 程なく現有の賃金労働に関わる基礎概念がオセロのようにひっくり返されていくだろう。
 ここの第1回目を始めた日の夜、このままでは日本中の生産現場で、社会変遷に追い上げられた労務マネジメントが明日の方策を見失うはずと予測した。実際いま既存型組織の延長線上では、何をどう細工しようが業態の健康寿命はせいぜい一桁年がいいところだと思う。
 善いも悪いもない。そういう時代になっていて『時の答』を探し続けないと立ち行かなくなる。
 更に今後どんどん変化は加速し、振幅も増大すると賭けた方が勝ち目は見込める。

 改めて解説しておくが、年寄りの邪心が不正や悪政を繰り返して、将来を担う若年層に負債を積み足す現象を私が極端に嫌う理由、これは『年寄りだけトクを食い逃げして、若い人たちに負担を押し付けてオシマイになるから』という下衆な損得勘定の理不尽ごときだけではない。
 欲深い老人の自分勝手な不始末が『いま現在の経済システムで』莫大な将来負担として計上される訳だが、どうせその経済システムは作動原理の基礎概念から激変する。というか、もう始まっている。
 そうなると、将来のナウ進展中その時点の『現在』の概念では、個人の自我にも社会の自我にもさっぱり響かない、得体の知れない負の遺産だけが『法的社会の仕組みにこびりついて』残ることになる。

 日本社会に、発生した理由も解らず、処理する意味も感じられず、かと言って過去に立ち戻って完済する手段も無い、日本の歴史を蔑みバカにする事実根拠となるだけの排泄物が、情報社会上の産廃として日本国の空気に積み置かれるのだ。永久に。
 今だけ自分一人どうにかなりゃ結構な、我儘で迷惑でだらしない老人どもはそれで構わないと思えるかも知れない。だがその悪いアタマで少しは考えてみれ。
 オマエらのその悠長な時間進行の感覚なんか現実には通用せず、とてもオマエらの寿命一杯そのやり方では持たない。卑しく抱え込んだ余計なカネは、何にも活きないまま『増えた、減った』の心労および危険人物からの標的に化けるのがオチだ。
 おのれが迷惑千万に私利私欲を押し通し荒廃させた将来社会において、今よりも老いさらばえ衰え弱った頭と体で、現役世代に壁を作られて生きていく時間の厳しさ寂しさを想像したことがあるか?

 私は最後まで腹を割って付き合ってくれる遊び相手が欲しいクチである。
 人生年表の右端まで視野に入れ、腰据えて独創性を維持できる現実解を作らないと。

 だから浅瀬に格子沈めて、持ち駒と見比べつつアコヤ貝を撒いてくんだよ【510】
 超速進化時代の最短適応ルート検証、この私に読み外しは無い…はずなんだがね。

【517】仲良し大喧嘩の昭和式プログラミング教本 [ビジネス]

 もう6年も経っちまったのか、あの日から。
 今年はどうやって応援しようかな。東北との旧縁がちょっと盛り上がる予定なんだが。

 予想するという表現を使うにも明らかに過ぎたその後の処置の失敗が、まさに予想を裏切らず、今や国政のどのへんが一応でもの本気に見えるつもりで東日本の再興に取り組んでいるのか、全くわからなくなっている。
 日本社会を薄汚く裏切った国政だから、日本社会に手加減なく切り捨てられるのだ。この信頼関係が荒れた時代は続くと思う。
 わかっててやっちゃったんだから、観念して泣きながら直すしかないね。犯人捜しをきっちりやってクビ刎ねていかないと、日本社会組織の自我が抱いた不信は解決できない。

 さて、『銀河鉄道999』に『ヤーヤボールの小さな世界』という話がある。
 停車駅としては美しい青い地球のミニチュア版なのだが、実は住人ヤーヤボールが自分都合に作り上げた小世界だ。表面的には人畜無害のとても愛想の良い男で、ここまで冒険の旅を続けてきた鉄郎を大いにもてなし、やたら褒めちぎる。

  鉄郎くんは意志の強い、しっかりしたいい若者だね。きっと大物になるだろう。
  前途洋々としていて素晴らしいよ。力になってあげよう、協力を惜しまないよ。

 ところが、そのしばし後のこと。
 突然に鉄郎を落とし穴にはめ、『出せ!』と憤慨する鉄郎に頭上から答えるのだ。

  嫌だね、おまえが憎たらしいからね。

 『憎たらしい?僕は何にもしてないぞ!』いぶかしがる鉄郎。豹変の理由が続く。

  これからするのさ!
  僕の見たことのないものを見る、したことのない新しい経験をする!
  僕より新型で性能の良い体になる、結果的に長生きをする、楽しく暮らす!
  それが僕には許せないんだ!
  僕にできなかったことをする人間がいるのが気に食わないんだ!

 この直後、あまりに脆弱な造りの彼の館は、鉄郎の反撃でいとも簡単に壊滅する。
 帰還した鉄郎に語られる、メーテルの解説は以下の通り。

  だから『ヤーヤボールの小さな世界』と呼ばれるのよ。見かけ倒し。
  心の狭い、スケールの小さい男が造り上げた小さな小さな偽りの世界。
  若者が逞しく育つのが妬ましくてしょうがない人の世界。
  哀れで憐れで救いようのない小さな世界。
  鉄郎に自分より大きな未来があると思うと、それが許せない哀れな男。
  自分が審判者だと思い込んで、他人の未来も人生も認めようとしない男…

 中学生時代に初出を読んで以来、結構な頻度で出遭う現実により、このエピソードの記憶を更新してきた。古今東西、いかに似たようなことをする人間が多いかということだと理解している。
 そう、手頃な課題があって、優秀な人材がいて、工数やコストも成立しそう。この絶好機が道理のまま活きない理由の第一位は、間違いなく『人間の嫉妬、ねたみ、やっかみ』による妨害だろう。
 人間という生物は、善悪を相応に理解した上で、ときに自分を含めた全員の損害になることを承知して破壊工作に走り、損害の落胆に身を預けて発散しオシマイという、厄介な破滅志向の誤作動モードを持つ。

 とはいえ、ヤーヤボール氏は完全私費の自己完結で小世界を完成させているぶん、他人の迷惑に気を遣えていて常識があり良心的だと言える。日本中に、善良かつ平和で真面目な生産組織に後から転がり込んで毒を吐き、架空の力関係を仕込んで哀れな裸劇団まで結成してしまう事例は枚挙に暇がない【345】
 そんな訳で、この『ヤーヤボールの小さな世界』は無認可で作られた私設停車駅であり、これに気付いたAI制御の機関車C62は、鉄郎とメーテルを置き去りにして運行計画遵守のため緊急発車してしまう。車掌さんと大ゲンカである。

  これが鉄郎くんやメーテルさんなら、はっきりわかっています。
  決して我々を見捨てて逃げたりはしませんよ。

 『我々』と機関車くんも仲間であることに注目。すったもんだの挙句999号は引き返すのだ。

  銀河鉄道ノ規則モルールモ今現在ムチャクチャニ無視シテイルコトハ確カダ。
  いいですよ、あたしゃ男として恥ずかしくないことをしてるのですから。
  車掌ハイイダロウ。シカシ私ハ機関車、男デモ女デモナイ。

 あははは、AI機関車いいヤツじゃん。
 どこぞガッコのイカサマ理事長が、その矮小な美しき世界を主張して口走った『あたたかみ』というコトバだが、このぐらい現有到達点の学習機能で十分行けるんじゃないの?

 AIは品行方正で誠実聡明だと述べたが、『嫉妬を知らない』というその一点だけで、かなりの業域において人間なんかより優秀な生産性を保証できるのではなかろうか。
 ほら、一応オペレーターの人間がついちゃってるけど、労務管理ソフトや給与計算ソフトがお宅の職場にも入ってたりしません?厳粛に監視、公平に采配、ある概念に則った定量的な数値計算を通して判断が下る仕事において、彼等はもう真横で一緒に暮らしているのだ。
 冷血も非人情もなく、グズグズ捻じ曲がったくだらない人間心理の非効率トラブルを一掃し、優秀な人材・資材の快適なフル活用を求めたい職場は、どんどんAI化を加速していくだろう。そして人間が余る。
 上部構造が膨らみ過ぎた日本の人口ピラミッド、その生産社会層版では、かなりの大部分を削り落とされ痩せたプロファイルになるだろう。

 この話を面白い!と笑えなかったなら、直すのは100%人間の方である。
 もちろん私には、そんな心配はいらない。
 だよねー♪と、手元のNゲージC62に話しかけるのであった。

【516】朕オモフニ、機械ガ優ル? [ビジネス]

 教育勅語、ウチにもあるぜ。落ち着いて読んでみろ、何ひとつおかしなことは書いてない。
 というか普通に理解して、普通に遵守して、普通に幸せな日本国民生活を送る指標になって然るべき訓示だと思うぞ。

 かつて知り合いだった親王殿下【355】のお部屋にかかっていた品が行き場を失っていると聞き、何でしょうかと拝見したらこれであった。印刷された複製品ではあるものの、まさか菊の御紋章が入った教育勅語ともあろうもの、ドサクサ紛れに処分されてしまうようなことでもあったら一大事なので、この私がお引き受けすることにしたのである。

 身が引き締まるカッコ良さだぞ。クール・ジャパンってのはこういうのを言うんだよ。
 概略はこんな感じだ。

 日本人は我が皇室のもと、国家一丸となって代々いきとどいた心で立派に暮らしてきた。教育の源もまたここにある。
 日本国民は、親孝行し、兄弟・夫婦・友達らと信じ合い、仲良くし助け合い、控え慎んで人に親切にし、よく学んでよく働き、新たな知恵を切り拓いて能力を磨き、国憲を重んじ国法にきちんと従って、世のため人のために尽くしなさい。
 事あれば勇敢に公に奉仕して、永遠に続く皇運の一助となりなさい。そうやって日本を支えてきた祖先を讃え、みな忠義の厚い臣民であれ…

 …とまだもうちょっと続くのだけれど、だいたいこのへんで左巻きが血走らせた三角の白目剥いて、脳天から金切声を発射するのが聞こえてきそうである。

 あのおかしな小学校絡みの幼稚園、子供たちは全く大丈夫だと言っとろうが【513】
 たぶん子供たち、ムズカシくて解んないけど立派な昔の規則を覚えて言えるようにすることは、『学校など規律を求められる場で、しゃんとする、きちんとする』社会性および忍耐力の習得課程だと理解し、躾の一環として役に立ててくれるはずである。

 大丈夫じゃないのは、やれ軍国主義なる思想の強制ツールになっただとか、あまつさえ基本的人権に抵触しているだとか、気が狂っているとしか思えない、日本の心を籠めた日本語を真直ぐに読めない大人の知能レベルの方だ。
 ヒマすぎて頭がおかしくなった大人の『ディベートのための解釈と主張』でしかない。
 とは言っても迎え討つのが、これまた精神的にも論理的にも、どうしようもない低レベルで良い勝負なんだから気が滅入る。どっちも迷惑だ、人目につかない他でやれ。

 テキトーに意訳しちゃった私の拙文で悪いが、いま一度読み返してみれ。
 普通に、日本人ならこうした方が良い、こうして暮らしていたい事なのではないか。
 日本人なら読めばその意図は解るだろう。これにケチつけたら良い死に方しないぞ。

 あ、インチキ小学校の悪事や誤魔化しの追及の方は、きっちりお願いしたい。

 『またそれ~?』と言われそうで少々心配なのだが、やっぱり考えてみよう。
 教育勅語をAIに入力し、これが社会生活個々のどんな具体的作動に対応するか、教師データをひとつひとつ突込んでいくとする。もちろん成長し品行方正になり…

 少なくともAI等価の能力で居残ることができるのは、実はあの幼稚園の子供たちだ。
 いや、他にいろいろと捩じれた問題もあったようなので、あの幼稚園の子供たちこそAI時代を生き残る『正しい人間』だと直結させるつもりはないのだが、ならば他のいろいろが無くて、他が無難に収まっていたなら、これは結構イケてるってことになるんじゃないのか?

 まあそうか、日本語を意味通りに理解・記憶し、日本語の内容を普通の解釈でこなす。
 当たり前なんだが、それが良い子、正しい社会人じゃないの。原則っちゃ原則だけど。

 改めて情けないのは、議論の余地なく大人が全滅間違いなしということである。

【515】洗脳おとぎ話のインチキ国家検閲 [ビジネス]

 今の若い人たちは好景気の空気感を知らない。
 若い方々には何をか今更の話題になるはずだが、反面これを今いちど解説しないといけない不見識な大人が山ほどいるというのも事実なのだ。すまんね。
 考えてもみれ、デフレで何が悪い?給料安くても、物品が相応に安ければ何も問題ない。

 正確な時期を忘れたが、この私自身が完全に子供と呼ばれる年齢にいた時代のことだ。
 日曜夕方の『サザエさん』で、確かマスオさんだったかが赤ちゃんを抱き上げ
  『高い高い高い、高~い…物価高!低い低い低い、低~い…給料!』
とやってしまって窘められるという、風刺ギャグのシーンがあったのをよく憶えている。

 確かに庶民生活のネガティブ課題といえば百発百中インフレであり、専門の卸売業者を介して商品を仕入れる小売店からしかモノを買えなかった当時、多品種大量・近道型の商品調達で物流経費の数量効果を出したスーパーマーケットが、生活用品の一般消費価格に激震をもたらしたものである。
 各地の商店街で商店主たちによるスーパーマーケット排斥運動が声高に叫ばれ、実際それなりの押し引きもあって、スーパーが何年か続いては力尽きて潰れるという光景も珍しくなかった。当時の商店主たちは、夜回りなど街の治安から町内運動会などの地域コミュニケーション活性化まで引き受ける、強力な御近所生活の自治単位だったのだ【412】

 ともあれ、この時代『モノの値段、殊に生活必需の消耗品の値段が、想定外の勢いで上がって家計を圧迫し暮らしにくい』という常識が、日本全体を包む空気として存在したのである。

 年寄りども、あれってば遠い目でヨダレ垂らして再帰を望むような生活環境なんだっけ?
 まず高度経済成長期を知っている我々世代も、冷静に記憶を呼び戻して『現状の経済環境を見渡して、本当に目指すべき生活と、それを具現化するための課題を列挙する』という作業をイチからやり直す必要があるんじゃないの?

 好景気といえば聞こえは良いが、決して万人に手放しで幸福を保証する天国ではない。
 いや、好況不況はカネ循環の状態差でしかないという話は本当であり、経済が基礎概念からグローバル規模でくつがえるこの局面で、大昔の好景気が持つポジティブな一面ごときに、どの程度の価値があるのか考え直す時代なのだと思う。

 今の若い人の立場からすれば、夢にも出て来ないような自分たちの感覚世界のまるっきり外側の、浅知恵というにもいい加減すぎる辻褄の合わないイカサマ因果の屁理屈を、大人たちが勝手に目標にして押しつけてくるのだ。
 巷にタレ流される情報は嫌でも目や耳から飛び込んで来るし、実生活では友達付き合いを通して庶民の経済事情を肌で感じることになる。子供たち若者たちは、今どれだけ大人たちに不信感を募らせ、大人たちを軽蔑していることだろうか。怒りと悔しさとやるせなさで、自分の気力に鞭を入れる決心ができなくて困り続けていることだろうか。

  物価が上がって給料が上がると嬉しい?意味わかんない。
  もういいから、ヘンな新ルール作ろうとするのやめてくれる?やる気失せるんだけど。

 若者の平均的な意識って、こんなところだろう。その通りだ、自然な反感である。

 馬鹿で欲深で卑怯卑劣な大人ども、どうにか誤魔化せたつもりなのはオマエらだけだ。
 コトの真相の詳細を若年層の視点で文句ないレベルに完全解決して見せない限り、何を社会に訴えようが全ては空振りに終わる。
 ポイントは、社会的処置における『若年層視点で文句ないレベルの保証』であり、ドライ系の知性派を決め込みたい脳足りんが大好きな『合法or違法に照らした判定』の論議ではない。
 いわゆる法律の抜け穴を通ったのであれば、『誰々が、こんな法律のこの抜け穴をこうして通ったのであり、当面の法律では罰せません』というところまできっちりと開示すべきである。
 これにより的確な法改正の問題意識もあちこち芽生えるし、法律の抜け穴を通った悪者は社会から法律に引掛らない報復をしっかり受けて、社会の自我は物事の収束に納得する。

 日本が法治国家なのは誰もが知るところであり、だからこそ我々日本国民は『偏った発言力を持つ個人の裁量により、理不尽な目に遭わされる』という災難からは守られている。だが特に平成以降、基本的人権の大義のもと法律を悪い意味で機械的に拡大解釈し、悪事の認識と悪人の処罰をあやふやにする文化が蔓延してしまった。
 子供たちは、現実の苦痛や厳しさを語る情報から、それらを克服する喜びや楽しみもろとも隔離され、やたら猫撫で声が優しいだけの美談を得意気に繰り返す教育現場により、あり得ない『努力無用の一億総ハッピー理想郷』を刷り込まれて育つ。
 これがいざ悪事を裁かれて私利私欲の嘘しかつかず、どんなイカサマ答弁も『合法だから』とやり過ごす大人社会を目の当たりに見せられて、どんな夢や希望を抱いて未来に立ち向かえと言うのだ?

 余談だがついでなので述べておくと、もちろん私は筋金入りの死刑制度存続派である。
 冤罪の可能性は否定しないが、社会風土の現実的な整備方策として人類が呑むべき宿命だと思うのだ。

 若い人たちには退屈な回になったかも知れず申し訳なかったけれど、逆に大人はここまで解説が必要なのだと知っておいて欲しい。いや、ここまで解説されてまだ解らないバカは掃いて捨てるほどいる。
 そこまで理解して大人たちを見分け、適宜の計らいで対応しよう。
 遠慮も容赦も一切無用だ。とっくの昔に、あなたたちの時代なのである。

【514】機械帝国、必殺隠し球の刺客たち [ビジネス]

 大阪豊中の不審きわまる小学校、詳細ひと通り調べた方がよろしかろう。
 『参院予算委員会でひと桁億円の話題にこんなに時間かけてんじゃねえ』と言いたいところだが、本件前回も述べたように従来ない新型の汚職モードであり、社会組織のどのあたりの、どいつらが原因なのか特定しておくことが必須だと思う。
 邪心でトクを目論んだのはそう無茶な大勢でないと見受けるから、まず片棒担ぎのとばっちりを食わされた連中で可能な限りの事実記録を書き落とし、随時それらを突き合わせ組み上げていけば、結構な情報量で高い精度の調査結果が得られるのではなかろうか。

 ところで、忘れないうちにだ。
 予算委員会がこんな話題で盛り上がっている間に、平成29年度の予算には奇妙な新規費目がこっそりと計上されている。結構な額だ【443】

●消費税軽減税率 対応窓口相談等 事業 19.4億円
 消費税軽減税率制度を円滑に実施するため、中小企業団体等と連携して、講習会・フォーラムの開催、相談窓口の設置や、専門家派遣を通じたきめ細かいサポートを行う。

 対応窓口相談『等』だから、窓口を置く訳でも相談員を立てて相談する訳でもなさそうだ。
 中小企業団体『等』と連携するのだから、企業でも何でもない内輪都合の団体や個人に看板をかけさせて、聴講者が軒並み公務員あるいは公務員OBの講習会とかフォーラムをやり散らかす訳ね。こんなもん、やらしていいんだっけ?

 欧州と違って日本の軽減税率は、定年後公務員の再雇用枠大量確保あたりを目当てにした超巨大無駄公務の新設計画であることは解説した【349】
 もともとは好況で物価が上がって消費税10%にしていいでしょという話にまずなって、その10%からいくらかさっぴいてやるから、日本中に税金で設置した軽減税率ぶんの還付事務所に、規定の専用フォームで書面作って各自持って来いや、公務員崩れの老人が税金で高い高い給料とりながら微々たる還付で応えてやるからよ。
 将来財務に莫大な負担を課すダメノミクスの一環として、こんな構想だったんだよな、確か。

 あほの日銀がカネ刷ってばら撒くばかり、ついでにとち狂ってマイナス金利で地銀のカネも強制放出に仕向けたものの、既に死活問題レベルにある市場はロクに反応せず硬直したデフレはびくともしなかった。
 軽減税率の真相も随分とバレ始めており、おとぼけ対応早割サービスは市場から完全に無視された挙句、市場には『物価なんぞ上げてたまるか』の気運さえ見え隠れし始めている。
 本気で景気好転を目指したいなら、軽減税率検討の打ち切りが第一要件なのだ【431】

 もっとも、これを認識して諦めるくらいなら日本の国家財務はここまで悪化してなかったろう。
 それを証拠に、何だか『物価なんかどうなろうが消費税率は10%にする』とか『物価も消費税率もどうなろうが軽減税率は実施する』みたいなデタラメ強行の雰囲気がどんどん濃厚になっているように思う。
 まだまだ昔懐かしのズルが通用する可能性が残っているとでも思っているのだろう。実際、我々国民は油断してはならず、こういうのは逐一晒して潰していく努力を絶やしてはならない。
 さすがにマイナンバーカードの事実上の絶命や、東京五輪の一億総シカトの惨状を見るに、財務省サイトで秘かに平成31年導入を謳う軽減税率も日本社会の反発を喰らって撃沈だと思うけど。

 悪政が立て続けに、社会組織の自我に実力で抑え込まれるのはまんざら悪いことばかりでもないのだが、『規則に則った意思決定が無視され、機能しない』という構図が慢性化するのは、実は非常に危険な兆候である。
 悪政ばかりでなく善政までもが、それを実現する統率力を失うからだ。組織が組織でなくなり、ただ無法地帯に放たれた烏合の衆と化す。
 冒頭に話を巻き戻して、だからこそこの学校用地絡みの汚職は顛末を明らかにして、不正取引を元通りに修正した上で、悪者を厳しく処罰し業界から排除するところまでやり切らねばならない。

 日本経済を活性化させたいなら、財や労働力の対価となるカネの正当な流通管理は最優先の課題であろう。
 カネといえば小遣い銭か袖の下でしかもらったことの無い青瓢箪のハナタレ坊主、欲深な汚い年寄りにいいように客の呼び込みに利用されたのはしょうがないとして、ならば即座にそれを法的措置で切り捨てて非難し、側近関係者一同の全力でコトの徹底究明に転じる以外の道なんか無いぞ。
 今こんだけのしどろもどろで『働き方改革』や『経済最優先』を口にするなど百年早い。

 【511】の閲覧数がえらい勢いで伸びて驚いたのだが、つまりは公明正大なペッパー君や誠実聡明なアトム君に賭ける国民の期待がいかに高いかというコトだろう。
 今度の選挙でタスキかけさせてみますか。勝っちゃったら勝っちゃったで面白そうだし。
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