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【513】夢と希望の愛国顛末記 [ビジネス]

 前回のラストに当てつけるかのような偶然で、珍妙な初等教育シーンの録画が出回っているようだ。取り急ぎ、ざっとまとまっちゃったので連発にて。

 いや、愛国心は大事だと思うよ。
 何年か前までイカレポンチの左巻きが、日の丸や君が代といった国家象徴アイテムを狂ったように敵視し、ところ構わず迷惑きわまるケチつけで場の雰囲気を腐らせたものである。
 せっかく世界に誇る素敵な国旗だったり国歌だったりするものを、まるで汚物か毒物かであるかのように嫌って貶めて見せて得意がる。こんな不愉快な光景を左巻き同士が競い合うのを前に、日本社会は思想の自由が保障されているからと、仕方なくでも見過ごさざるを得ない風潮があった。
 もちろん日本人としてやって良いコト悪いコトがあるワケで、こういうのは一発張り倒して首根っこひっつかんで引っ立て、地面に正座させてどういう了見なのか問い質すべきである。

 でもさ、どこの国が悪いだとか【458】、あまつさえ特定の政党の誰それさんの、これこれ政策バンザイ式の刷り込みを、未就学児にやらせるというのは偏り過ぎてやしませんかねえ。
 愛国心とさっぱり関係ない…というか、日本列島や日本国に感謝し、敬愛する心とは真逆のような気もするんだが。

 もっとも本件、実は騒ぎたい大人どもがヤイヤイ騒ぐほどの大問題ではなく、恐らく小学校高学年~せいぜい中学生の年齢に達した時点で子供たちの笑い話になってオシマイの公算が強い。いま機械的に従っている純真無垢な子供たちは、10年を経て的確かつシニカルにこの現状を回顧するだろう。

  『いや~あの時、おっかしいことを暗唱させるなあと不思議だったんだよ』
  『アッチの世界に行っちゃった奇人変人の違法教育、思い出して笑うだけだがなー』

 因みに今その年齢にいる子供たちは、リアルタイムでせせら笑っていることと察する。
 あんまり目を吊り上げて突つきまわすと、『子供を利用したいだけの馬鹿な大人』として一緒に語り草になっちまいますぜ。御用心を。

 むしろ注目すべきは、この国有地の売却にあたって事実上『国の言い値』だけで価格が決まってしまっていることだろう。市場相場に照らして適正価格かどうかなどがきちんと議論されず、担当役人と買い手の都合だけで、国有地つまり国民の共有財産が売買契約されたことになる。聞こえてくるまま受け売りするが、これには前例がないのだという。
 そのあまりに不自然な低価格がまず明るみに出て、そこに値引きの理由を後付けしようとして場当たりの浅知恵で架空の工事を口先でっちあげたものの、事実関係にまつわる証言との不整合が次々噴出して今に到る。
 コトの経緯を追跡できる物証で追い詰めていくのはもちろんだが、そもそも『第三者に諮問せずこっそり売買する』という結構わかりやすくヤバいモードで8億円が行方不明になっているあたり、誰がこのプロセスを決心したのか特定する必要があるだろう。
 例によって書類とサイン、だ。

 役所に漂う『もし何かあってバレたらマズい』の躊躇を寄り切って、『こうでもしないとカネが手に入らんだろーが』と強行した構図が見て取れる。
 だがこんなルール違反で8億も持って行かれては困るのである。ちゃんと違反した箇所および局面から8億円のありかを突きとめて取り返し、正常な経済社会に戻すことまでできて、少しは景気好転の希望も湧いてくるというものだ。
 加担した以上は味方できないのだが、それにしてもこんな仕事させられた連中の精神披露と自己嫌悪は計り知れず、気の毒の一言に尽きる。
 さあ、みんな幸せ求めて一斉にデスノートを書き落としにかかりましょうか【472】

 他人の所業を厳しく暴く作業とはいえ、これでまたひとつ経済の正常化が進んで僅かでも国力向上の勝算が増すなら、恨まず嫌わずさっぱりと処置すべきだと思う。
 この時代ここに生まれたラッキーは、手を抜かず自力でメンテする意識を忘れないように。

【512】機械のアタマで考える、道徳教育の新時代 [ビジネス]

 プレミアム・フライデー。
 この習慣が定着するためには、現時点に日本社会の一声過半数で『月末金曜日の15時以降を飲んで遊んで何ら不都合ないはずなのに、特段の必要も無く職場で働いている』という事実が成立している必要がある。
 単純に15時以降の生産代を失う一方で、消費促進とは言いつつ相場より大幅に値下げした呼び込み企画なんかがあちこち目立つから、結局は調子を合わせてくれたヒマな連中の間でデフレが進んだだけなんじゃないのかねえ。何だかあと一回ぐらいトライアル企画くさいのをやってお茶を濁し、年度内でそそくさと終了…あたりの結末が見えちゃってる気がするんだが。

 無理にでもやったならやったで、雇っている人間が仕事を止めて遊びに出ていくのだから、彼等を雇う側としては稼働率を下げるだけの無駄な空白時間ということになる。機械くんで置き換えられるものなら置き換えたくなるはずだ。
 つまり現有の職場業務は、どことどこの作業を括り出して機械くんに任せるかの目的意識で再編され、まずは機械くん+操作担当の人間という構成単位でこなされるようになる。そして画期的な完全自動化の新製品が出た節目をとらえては、順次省人化されていくワケだ。

 人間が要求する生産活動に機械くんが応え、生産された成果はごく一部の人間だけが手にする。
 成果を手にしたその人間は、自分を含めた生身の人間の不完全性を更に埋め進めるべく、ますます機械くんを発達させていく。
 ウンなるほど、『銀河鉄道999』で描かれていた機械化社会への流れが見えてきたぞ。

 『銀河鉄道999』では、人間の脳だけ残したケースおよび頭脳まで機械化したケースの両方において、性格の悪いヤツだとか哀れなミスを犯すヤツだとか、人格なるものが宿す『精神意識』の不安定さや理不尽さがドラマとして盛んに語られていた。
 『魂』あるいは『心』というものは、きちんと気を付けて整備しないとボロっちいハタ迷惑なモノになっちまいますよ…と警鐘を鳴らす内容が多かったように思う。

 いっぽう我々の直面する機械化社会が決定的に違うのは、丸々機械のAIくんたちが原則いつも品行方正で賢明な役回りに収まるところだ。
 民主主義議会制の近代文明社会を前提にするなら、そこで暮らす個々人の平和な精神状態とそれに基づく自律作動を保証するため、『合理性の維持管理』が社会運用の重要な基本コンセプトとなる。『合理性』とは『みんなで共有したルールに合致している=こうしておくことに共通の納得性がある』と、十分な多数が認めるような概念をいう。

 実例が珍しくなくなった今だからこそ自然に理解できるが、意外にも『合理性』というのは広く一般性を持つ、シンプルな判定フローで断じることが可能だ。込み入った場合分けや細かい程度別の酌量なんか不要、単純明快なプログラムがスカッと万人の情操に受け入れられる判定を出せるように思う。
 AIくんに公共道徳の授業なんぞ余計な御世話、無知ゆえ起こした凄惨で残酷な事故も、その一度の失敗で学習してしまえば二度とコトの善悪を見誤ったりはしない。

 さて、どこで聞こえたかはともかく、以下の発言事例について考えてみよう。
  『俺は逃げ回るってのが一番イヤな人間なんだよ』 
  『逃げてる隠れてると言われた屈辱を晴らしたい』
  『私を侮辱したんですから』
  『私や妻を侮辱した以上ちゃんとやっていただきたい』

 ポイントは、いずれも『このオレ様がみんなの目に清く美しいイメージで映ってないと、オレ様は気が済まないんだからな』と恥ずかしくも堂々と公言しているところにある。
 何故こんなことを言う必要があったかというと、誰ならぬそのオレ様が、問い質された諸々の事実に関して合理性のある回答をしなかったため、みんなに怪しまれて体裁が悪くなったのである。
 端的に『都税くれよんの慎ちゃん』も『国税くれよんの晋ちゃん』も、身ひとつで知っているコトを知っているままフツーに答えていれば、こんな滑稽でみっともない窮地には陥っていない。
 一体どんだけ無駄な会話で時間とコストを浪費し続けるつもりだよ。幼稚にも程がある。

 『世の中うまくはいかないものだ』とよく言われる『うまく行かない』事態のうち、実は相当数がAIで瞬時に解決可能である。いい歳ぶっこいた大人が、自分が取るべき合理的な自律行動は判っているくせに、それに逆らって非合理的な誤作動をしたがるのだ。
 『AIに淘汰されないよう生き残りをかけてダメオヤジ裸劇の撲滅競争』という雰囲気が、ぼちぼちの部分的にでも漂い始めると面白くなるんだが、まあ一筋縄ではいきそうもないかな。

 こんな話で一席ぶてるのも、まだまだ技術最先端の一角たる日本国あってのことだ。
 この時代ここに生まれたのは、本当にラッキーな現実だと思っている。

【511】『変な内閣』の格安見積書 [ビジネス]

 『いや、大臣になりたい人はいくらでもいます』
 昔から、政権を問わず何度も聞いて呆れ返っている言葉だ。何しろ『誰にどんな構想があるのか、誰なら適性がありそうか』の背景となる議論が無いまま、時の政権が『威張れる名誉職』としての大臣ポストをどいつで埋めるか?みたいなママゴト配役の予想や評価の行きがかりでしか聞かないのである。

 まあ実際、法務大臣のテロ準備罪絡みの答弁、防衛大臣の戦闘有無議論の答弁、そして財務大臣の用地売買汚職絡みの答弁、どれもがどれも例外なく、役人の書いたホンをちゃんと読めるかどうかの『人前おはなしテスト』でしかない。これがまた見事に『訂正デンデン』だとかちゃんと読めないんだから笑い話にもならない。

 もう小学生が見てもあからさまな『アホの巣窟』である。
 あ、スクツでなくてソウクツと読むのだよ、念のため。

 こういうのって、
  『テロ準備罪は一般ピープルを適用対象外ってことにする』
  『南スーダンは戦地でないってことにする』
  『用地が調査もなく8億値引きは誰の目にも適切ってことにする』
あたりの結論事象だけ入力して、リースで借りてきたペッパー君にでもやらした方がよっぽど筋の通った答弁するんじゃないの?
 何を訊かれてもしどろもどろの職責破綻に陥って、頼まれもしないのに自称責任者がトンチンカン武勇で割って入る失態もないだろうし、痛いところの図星を突かれたセメント屋が腹いせに汚い語気で悪態をつく不愉快な誤作動もなかろう。
 まったく何とかならんのか、この程度の低すぎるゴミクズ茶番劇の数々…

 判るでしょ?AIの方が、遥かにロジカルで安定した作業を、桁違いの安価で迅速にこなす。
 登場人物が並以下というにも格別に質が悪いというのはあるんだが、人間って筋の通らない横車をデタラメに押したふりだけして居直り、これこの通り億単位の損害を出すんだよ。

 せっかく広報もあったんだし、全70巻で総額18万いくらかのアトム君にでもしてみるか。
 当面ペッパー君に70週=1年強ほど頑張ってもらって、その期間の学習量は惜しい気もするがアトム君と交代。なあに完成直後ゼロ発進の18万円アトム君でも、『アホの巣窟』に蠢く無能大臣どもよりは十分以上に聡明だろう。

 マジな話としてペッパー君やアトム君を置き換えてやらせてみな。本当に筋の通った納得性の高いマトモ答弁が、明日からテレビ中継で全国に流れるんだぜ。この現時点で、ぴたり間違いない現実だよ。
 改めて画面を見直して御覧なさい。コイツらが余るのだが、何か役に立つのだろうか?
 イヤミや冗談ではない。真剣に考えていただきたい。この問いに対する、若者たちや子供たちの率直な回答はどうなるだろうか?
 判らないと言い張る人、だから子供たちが懐かず、若者たちに距離を置かれるのである。

 『AIの導入により社会の生産性が向上し、景気が改善すると共に、人間はよりクリエイティブな業域に移っていく』などと、あり得ないバラ色能天気な夢物語が提言されたりするのも見かけるが、少なくとも若年層はそんなものには取り合わないと思う。
 ここでもちょくちょく話題にしているが、クリエイティブ=人間の知的進化としての創造作業というものは、機械にハジき出されて仕方なく…ですぐやれるようないい加減なものではない。
 野心、ひらめき、実行決断、体力、持久力、柔軟性、多様性、再起力、娯楽精神…
 素質と鍛練、さらに運まで含めた複雑な要因系が噛み合って、やっと実現するものなのだ。

 誰に旧態依然を慰めてもらったところで、AI置換のその時は問答無用の無機的に訪れる。
 『外乱や下心に迷わず道理に適う』『自然な流れでフェアに動く』なんてのは社会の構成単位として当たり前、そんなものむしろAIの方が得意で確実だ。
 故にアナタが人間としてこの社会に生まれ出た理由は、もっと明るくて楽しいものでなくてはならない。

【510】原野開拓で始めるAI社会の傾向と対策 [ビジネス]

 もう少し人工知能AIくんの話を。
 基本、AIくんは教師データをモリモリ飲み込んでは過去事例を蓄積し、それを判断力に跳ね返して進化を繰り返す。食ったら食っただけ物知りになり、それはつまり経験則ベースで賢明になる。適切にメンテナンスしてやるだけで、彼等は光熱費さえくれてやれば労災系の悶着を起こすこともなく、着々と仕事をこなしながら成長していく。
 つまり経験量資本の頭脳労働の領域において、生身の人間は駆逐される。悲惨で面倒な職場トラブルが確実に減り、仕事がより効率的に進んで利益性が高まるからだ。
 ここで駆逐される立場の人間が、どうしてくれるんだ、こんな非・人道的な展開が許されていいのかなんて泣いて叫んだところで、それを何とかできる人間などどこにもいない。

 イヤも八百屋もない。
 まず現状の人間社会が起点にあり、これを構成する機能体のうちバカにならない割合がAIに置き換わる。単純計算で、そこに元いた人間が消えて、現状そのままの社会作動が継続していくはずである。
 大変に厳しい展望だが、『AIが現われ余った人間が消えて、新たな平衡状態に移行する』というのが、現状の延長線上の一番簡単な成立解なのだ。なりゆき任せにすると、間違いなくこうなる。人口は減る。
 これをよくないコトとして生産現場に現状ママの継続雇用を強要するなら、生産性劣悪の余りモノに経費だけかかる計算になるから、どの現場も次々と採算性が焦げ付いて社会経済が息の根を止めてしまうことになろう。
 その断末魔の前段階、人間の雇用義務に圧迫されながらの財務成立点の悲しい落ち着きどころとして、新たに異次元の超・低賃金層が新生してくるはずだ。社会層の1ジャンルをきっちり形成するに十分なボリュームだと思う。

 日本社会の運営役、主だっては立法や行政に向かって基本的人権を主張し、『何とかしろよ自分らの面倒を見ろよ』と要求を突き付けるところまでは現実作業として可能だ。だが『技術の自我』はそんな人間の都合など知った話ではなく、ますますより少人数で、より省エネルギーで、より生産性の高い、AI制御の新型高性能機を社会に投入してくる。
 観念すべきは、誰かに何かを訴えて人間が居場所を確保してもらえるような時代ではなくなるという宿命だろう。各自が自分に勝ち目のある戦法を自己責任で選び取り、自ら学んで必殺技をスキル構築し、自前で作戦を仕掛けて生き抜いていくしかない。
 この覚悟が決まらない時点で、もう余って消える側の道を迷わず選び取ったと見なされて止む無し。愚痴も文句も、誰も聞けない。

 苦し紛れに日本が法治国家であることを利用して、余った人間の面倒を強引に誰かに押し付けるような仕組みを法として作ったなら、遂にはまともな生産力を備えた経営者たちが大挙して海外離脱を目指すことになるだろう。
 トランプ君を指してあれこれ言っている場合ではない、この日本も、AIにやらせた方が安価で確実な生産作業を、『ただの慣習として』高価で不確実な人間にやらせていつまで持つかの検討をせねばならなくなる。
 AIを進化させ続ける『技術の自我』を止める手立てなど無いし、弾き出された人間の社会生活を保障する財源も無い。私も今こうしていて、どうにかこうにか物事が収まりそうな素案イメージの糸口すら湧いて来ない。

 ところで、定番の修学旅行として伊勢志摩を訪れた方は少なくないと思う。ならば伊勢神宮はもちろんだが、ほぼ確実にミキモト真珠島にも行っているはずだ。創業者・御木本幸吉氏は真珠の養殖技術を世界に先んじて開発し、かの地を真珠の一大生産地にまで育て上げた。

 その昔、真珠は貝の中から偶然に発見されるものであり、たまたま採れると非常な高値で取引されたそうな。まあ貝の中にあれが見つかって、貝殻の裏側なんかとしげしげ見比べたとして、どうにか巧い方法を見つければ、人為的にこの真珠が手に入りそうな気がしないでもない…もんなのかな。答を知ってしまったアタマだし、自分に同じ野望が思い付けたかどうかは今イチ自信が持てない。
 とにかく、御木本氏はノウハウ皆無の手ぶら状態からアコヤ貝の養殖実験を開始する。
 初期は浜の浅瀬に格子を組んで沈め、格子のマス目にアコヤ貝を置くだけという実に素朴なもので、時には台風一過で全てが流失していたこともあったという。…な、何だと?

 私が同じく養殖実験を思い立ったとして、格子を組み貝を撒いて試すことができたろうか?
 何もかも失われた浅瀬に、めげずに格子を組み直してチャレンジが続けられただろうか?
 近代文明式の養殖技術に到達するまで、一体どれだけの検討プロセスを経たのだろうか?

 少々到達点が途方もなかろうが、少々今が原始的で粗野に過ぎて映ろうが、少々完膚なきまでに打ちのめされようが、少々賽の河原式にやり直しを喰らおうが、何事も見い出した勝率をひとつずつ食い潰して行きたいなら、明るく黙々とやれってことだ。了解した。

 疲れもするし失敗もするが、こういう質の進化を実現し得るのが人間というものだろう。
 私も、新たな一流の思考力と一緒に未来の成立解を探すため、ここでその養殖を試しているのかも知れない。

【509】銀河超特急始発駅の裏事情 [ビジネス]

 ほぼ3年ぶりにPCハードディスクの模様替えをやったら、丸3日もかかってしまった。
 そもそもコイツを薄らテキトーに組んで行ったら、Cドライブが勝手に240.56GBという、当時としては特大サイズになってしまったのだが、それが今年に入って急速に空き領域が喰われて遂にピンチの赤表示に。御存知の通り、Cドラの空き領域が不足すると動作が遅くなったり不安定になったりする。
 とにかくコイツにトラブルが出たら生活の全てがぐちゃぐちゃになるから、他の全てを一斉緊急停止して、問題が解決するまで引き籠って格闘するしかない。情報通信網における私の社会的生命は、情けないがコイツに依存しているのだ。
 もしや市場に出回ったWindows7をさっさとお払い箱にするため、Cドラに落ちるセキュリティのアップデートパッチがわざと重くされてたりしないだろうな?

 Windows画面から『コンピューター』を左クリックで選び、『ローカルディスク(C:)』の表示を確認してみよう。
 空き容量がピンチになっちゃってる方は『コンピューター』を右クリックし『管理』→『記憶域』→『ディスクの管理』と開いて行き、『C:』のパーティション領域を右クリックして『ボリュームの拡張』でCドラを拡げてやる必要がある。
 実はこの時、Cドラより右側を丸々『未割り当て』の完全空白状態にしてやらないと拡張させてくれないのだ。これに気付くまで随分かかってしまった。

 今回の模様替えをもって、新規導入の1テラバイトHDD×1台、継続使用の500ギガバイトHDD×2台を搭載した2テラ機になった訳だが、さすがに結構なデータ量である。取捨選択して綺麗に整理したいのは山々だが、そんなことをしているヒマは無いし、特段困らなければ放置のまま終わってしまうデータが残っても構わないか…というか、それしかしょうがないか。だらしない決着である。
 もう何年かしたら、AIが内容を片っ端から読み出して、見やすく体系立てたフォルダー構成を組み、整理するぐらいまでやってくれるのかも知れない。

 …と、するとだ。
 このコンピューターを誰かにホイっと手渡し、渡された側にAIフォルダー構成の勘どころが働くなら、ある程度は私が何をどう考える人間なのかが体感的に理解できるはずだ。その気で情報通信社会において振舞うなら、つまりはそいつって『かなり私』だぞ。
 『あたかも私に見えるように装うことができる』のではない。情報通信社会を生きるイチ個人として、正真正銘に私と等価の人格として機能する。そういう意味だ。
 つまりキーボードで打ち込み可能な知財の全ては通信網を駆け巡り、不特定多数の人間に乗り移って機能し得る。だからこそ解った上でいっときのコトとしてわざとハマり込み、個々人の能力開発に活かそうとしたのが『ここの文章を書き写す勉強法』であることを思い出そう【439】

 もっとも私自身は、コンピューターや情報網に残した思考や通信の履歴などには拘束されずに、今この瞬間もひたすら自由に善いコト面白いコトを考え、また新たな発信をし続ける。その不確定性というかマグレっぷりの拡がりは、まだまだ人工知能ごときに先回りされる気がしない。
 ここまでを実感として噛み締めつつ、梅棹忠夫著『知的生産の技術』がいかに人間をよく研究し、巧妙に工夫された方法論であったのかを再確認し、つくづく感服するのだ。
 そう、コンピューターなんかもう古い【260】【261】

 近未来、AIは機械の体に据え付けられて我々人間と対峙するのではない。
  『AIの登場で便利になった、紆余曲折の思考検討から判断まで、安心して任せられる』
 こうして人間どもはAIたちの操り人形として社会を支え、寿命が尽きたら消えていく。
 ま、この人間くん本人はラクして喜んでるんだから、ハタから口を挟むのも余計なお世話かも知れないけど。
 気をしっかり持って情報通信社会の時代を渡って行かないと、『買って来て、寿命期間を便利に使い、陳腐化して捨てる』という役回りが、人間とコンピューターで逆転するぞというハナシでした。

 『銀河鉄道999』で、鉄郎少年は機械の体を求めて旅立った。
 その旅先のあちこちで、機械化した連中が鉄郎の生身の体を狙ったものだ。
 同じ立ち位置が、こんな形で現実化してくるとは。

【508】電脳情報化迷路のショートカット術 [ビジネス]

 実に今頃『フェイク・ニュース』という単語があちこちでもてはやされ始めたようだ。
 もうエントリー基準が緩み過ぎて、毎年の暮れにはどうでも良いを通り越し、見るのが苦痛なところまで行ってしまっているので、敢えて『流行語』とは呼ばないことにする。流行に気を付けるのはインフルエンザだけでよろしい。
 いや、この『フェイク・ニュース』、使いかた次第ではうまく意味を含ませ得る単語だとも思うのだが、まず議論の最初のとっかかりを間違えると、ヘンテコなことになり発散してしまう。

 『ニュース』とは、一般的に誰かが仕立てて、他の誰かに向けて発信する『情報』のことだ。
 人工物なのだから、それを仕立てた人間の考え方に則って組み上がってくる。どんな賢い人格者がどこまで客観性を保証し尽して映像や音声、文面を整えたとしても、受信する方にとってそうとは認められないケースが必ず発生するのだ。要は人間千差万別なんだから、誰かにとっては必ずフェイクになるような行きがかりが存在すると。
 だがこれを真っ向その通りの勢いで真理に祭り上げ、では『この世でフェイクでない真実のニュースとは何ぞや!?』などとやり始めると、これは禅問答の迷宮に入り込みワケがわからなくなってしまう。答なんか見つかる道理も無く、そのまま発散である。
 よって結局のところ、皆が日常生活を送るにあたり、社会の出来事の共通認識として問題にならないのはこんなもんかなー…程度の情報、このあたりが『フェイクでないニュース』の定義の落としどころになるのではないかと思う。

 さて、その常識的な相場感覚を確かめたら、その次だ。
 発信者の立場なりに、各自でつかまえた事実の解釈やその論調には差が出るにしても、『ニュース』というからには、まるで写真にただ映った景色を素朴に眺めるかのような、『フェイクでないニュース』が社会において飛び交う状態が、まず正しかろう。
 ところが現代社会というのはそうは行かず、一部のよこしまな権力なんかが絡みついてきて、『世論を恣意的に歪める目的を持つ虚偽の情報=フェイク・ニュース』が目立つようになった。最近よく耳にするフェイク・ニュース問題提起の論法としては、こんな流れだろうか。

 昔はちゃんと『ニュースの神さま』がいて、社会全体、つまり発信者も受信者も『して良いこと、悪いこと』を心得ながら情報を取り扱っていたように思う。
 ニュースとは、どこのどいつにも揺すられない、まさに押しも押されもしない立ち位置から、ただ映った景色を忠実な自然色と緻密な高画質で、早く正確に届けること。情報化社会の道徳が、人間の意志都合と隔離されて管理されていたのではないだろうか。

 あの時代文化をもう一度呼び戻すには、どこから手を付けるのが成功率高そうかなあ。
 …とまあ、そこらの討論番組で大筋こんな方向の議論にでもなってくれてれば、あとは内容の詳細がどうあれ一応は自然に聞けるのだけれど。

 『フェイク・ニュースによる世論操作は危険だ、けしからん』式の石ころ放言が多過ぎる。
 そんな批評的なスタンスの日本語が転がり出るからには、自分が『フェイクでないニュース』の審議眼を備えており、実現はしないとしても、『このオレ様が視界を見渡して気に障らない、真実のニュースのみが流通する平和な社会』なる基準の概念があるということなのだろうか。
 社会は組織であり、ニュースは組織の自我に語りかけるコトバだとも言える。そのコトバ遣いに守られていた大事な規範が失われ、だから今マスメディアが機能不全を起こしつつあるという問題なんじゃないのか。
 こんなところに自前の判断基準を個人ひとりが主張したところで、何の検討にもならない。

 ここでも大阪都構想の妨害工作や、ダメノミクス妄想への執着なんかを話題にするにあたり、フェイク・ニュースが使われている話は何度となくしてきた。
 だが御覧の通り、『ウソも百回言えば本当になる』などというハナシは金輪際あり得ない。全ての事象が、あるがまま自然に噛み合って進展していく現実の中で、一面的・一時的な人間の都合で紛れ込むウソは、周辺事象や時間経緯の流れにいつまでも溶け込めるはずもなく、すぐに隠蔽の努力虚しく露呈し淘汰されていくからだ。

 百回言うならウソでなくホントにしといた方が、よほど本当への近道になると思うのだが。

【507】あり得ない笑い話と安心安全の時空超越 [ビジネス]

 はっきり憶えてないが、この手の話に疑問を抱いたからには小学生時代のことだろうか。
  北米のとあるおうちの事例。
  留守宅に泥棒が侵入しようとして屋根から転落、足を折ってしまった。
  なんと泥棒はその『危険な』留守宅の主人を裁判で訴え、勝訴したのだという。

 まだ海外旅行が珍しかった時代、日本国内では世界各国の異文化に一方的かつ特異なイメージを膨らませて当てつけてしまう傾向があった。これもまた『北米は訴訟社会、何でもかんでも裁判にしてしまうお国柄』という定番イメージの具体例として語られた、笑い話のひとつである。

 ここでも何度か話題にしているが、北米は世界中から『この国家社会が良いと思うので、ここで暮らすことにする』と決心し身を落ち着けてきた人間の集団である。故に各々がそれまでに育ってきた世界観や倫理観の違いは千差万別であり、これでは意見が衝突した時、お互いが自文化の概念を主張し合うばかりで水掛け論の平行線となり、そのまま永久に硬直するしかない。

 これを『ここは北米だ、北米社会の法律を適用し、事態の処置をロジカルに判定する』という論理で、双方に着地点を用意してやるのが裁判なのである。混在する異文化の交通整理なのだから、特に昔の日本社会の常識から見れば想像もつかないようなことにまで、裁判による解決がなされていたという訳だ。
 えー!この日本で裁判だなんて、一体どんだけ重大で大金絡みで険悪で血の通わない人間関係の問題解決なのよ?そんなもの我々一般庶民にゃ一生かかっても、まずお目にかからない大ゴトだわい…
 これが大方の日本人の裁判というものに対する、標準的な感覚だったはずである。

 あの頃に比べて随分と時代は進んだと思うが、どこかから大挙して異文化の多民族が流れ込んできたという事実はない。つまり昔も今も基本的に同じ日本人が、この日本社会の基本を構成している。
 なのに。

 コンビニで万引犯の防犯カメラ画像を公開したら、あちこちから制止が入って取り下げざるを得なくなったという。それ以外、何の事後処置もなされず、コンビニはただ損害を出しただけ。
 なお通りすがりの人間に訊いてみても、結構な割合で『万引犯を守るべき』との反応が聞こえてくる…

 どこかの国で、『信じられない、バッカじゃないの?』って笑ってくれているだろうか。

 お店にそれを取り下げさせるくらいなら、じゃあ防犯カメラ画像の公開をしなくても、きちんとアシが着いて犯人が捕らえられ、犯人への処罰とお店への弁償が実現する代案で解決するのが筋であろう。だがそのフォローがなされた話は続いて来ない。
 おいおい、まず悪いコトしたヤツがいるんだろ?
 そいつを放置したら、次から次へと犯罪行為が繰り返されるばかりで、社会の損害と危険度が嵩むだけだぜ?
 まず犯罪行為にブレーキをかけ、犯人はとっちめて痛い思いをさせないと、物事は解決しないんじゃないのか?
 こんなままじゃ、みんな安心して暮らせる社会なんか崩れ去ってしまうんじゃないのか?

 一体ナニを救おうとして、こんなことになってしまっているのだろうか?
 その救おうとしたナニかは、結局どう救われて日本社会の安心が守られたのだろうか?
 一体ナニが怖くて、こんなことになってしまっているのだろうか?
 その怖いナニかは、従わないとどう怖いことになり日本社会の安心を守るのだろうか?
 あなたはきちんと子供に説明できるだろうか?
 子供はすっきり納得して首を縦に振るだろうか?

 答に詰まった人、然るべき答が見つけられなくて詰まったのではなくて、誰にでも本来共鳴してもらえるはずの答は一瞬で思い付いたのに、それをやった場合の異常な面倒がのしかかってくる億劫の方が気になって詰まったのではないだろうか。
 この問題の本質は『異常な面倒』にあり、コイツをぶっ潰す方策が解決の鍵なのだと思う。

 これ以上『社会の躾』が消えて欲しくないので、思いつくままに一回ぶん書いてみました。

【506】もうひとつの人口統計で考える未来経済 [ビジネス]

  『ねえねえ、これってどのくらい米人に通じると思う?』
 …思い出した、たぶん21世紀早々のことだ。職場で同僚がインターネットの英和・和英翻訳無料サービスを試して遊んでいたのだ。
 『の』が問答無用で “of” に変換されていたりして、あちこちヨレてはいたが、何らかの機械的翻訳ツールを使用しているという共通認識があれば、う~んそうだな7~8割はどうにか通じるんじゃないのかねえ。そんな感じだったと思う。

 さらに記憶を巻き戻すと、インターネット翻訳サービスなんかが出てくる以前には、レコードの歌詞カードや機材の英文マニュアルなど、明らかに学生のバイトあたりで間に合わせた訳文を見かけることは珍しくなかった。教科書で習った通りの、ある意味忠実な日本語訳から原文を推察できることも度々あったように思う。
 あるあるの頻出例としては、"could"や"would" が絡む構文で『過去時制』と『仮定・不確定』を取り違えるパターンであろう。『かも知れない』『そんなとこかも』を意図するはずの英語が、『可能であった』『その予定だった』の日本語に化けちゃってて…というやつだ。
 訳してる本人も何かおかしな雰囲気には気付いていると見え、でも仮定法の勘どころが身についておらず、されど嘘テキトーの誤魔化し仕事はマズいしってことで、結果的には教科書ロジックに忠実な道を選んだと。恐らくはそんな顛末がありありと見て取れる。日本人はマジメなのだ。

 面白い例をひとつ思い付いたのでこの際あげておくと、とある楽器の教則ビデオでチャプターのタイトルテロップ”PERSONAL TIPS”を『個人的なアドバイス』とムリ訳してしまい、その先入観でその後の対訳を続けるものだから、どうにも解りにくいことになってしまっているのを見た事がある。ハナっから英語を放棄し、和訳の文字だけを頼りにする視聴者はかなり辛い思いをしたに違いない。
 これは本当は”PERSONAL TIPS”=『人それぞれに見るちょっとしたコツ』ぐらいの意味で、あの某大物プレイヤーは、こういう局面で、実はこんな奏法を使ってるみたいなんだよね…という感じで続いて行く。解って見れば、教則ビデオとして販売するような状況なんだから個人的も何もあったもんじゃないとすぐ理解できるのだが、いやはや思い込みとはコワいものである。
 日英双方の言語を行き来した経験、および辞書や教科書など翻訳ツールに関わる周辺知識があれば、適訳・誤訳ひっくるめてコトの真相が読み取れるのだ。

 …で、ここからが本題。

 これをやったバイトちゃんは、情報通信社会の機能体として今のAIとビタ一文変わりない。
 辞書片手に四苦八苦の英会話初心者たちと全く等価の生物が、今アナタのスマホの中にも生息しているという話である。文字の読み取りが不完全だったり、対訳が不自然だったりするハプニングに『可愛い~』なんて喜んでませんか?
 自分の制御ではあり得ないハプニング、つまり我々人間が対峙する別人格を見出せる要件を、あなたの手元のそれは備えているのだ。

 職場の自動化推進・人件費削減とは一見かけ離れたところで、既にAI人格が大挙して日常生活に踏み込んで来ている。どんどん学び、賢くなっている。うっかりもしないし、余計な気も起こさない。
 彼等が就職し始めた時、あなたの職に及ぼす影響を予測したことはあるだろうか?真横に機械くんが並んで、ヨーイドンで突走ってあなたは圧勝し、その成果はあなたの報酬に釣り合うのだろうか?
 生産社会における就労を考えるにあたり、この観点が持てない人間、この問題に直面できない人間は、今や存在意義を完全に失っている。いかに怖かろうが、いかに果てしなかろうが、冷静に人間の居場所を予測しながら、この先どう切り抜けるのか有効かつ現実的な回答を出し続ける能力が必須なのだ。
 いち早く最新アップデートされた頭脳を持つ優秀な若年層に社会組織の舵取りを預け、年長は彼等の能力開発および過去知見ライブラリーに収まる組織表を完成させること。出遅れたら死滅あるのみだ。

 ちょっと横道だが考えてみよう。
 『ドン』だなんだと威張り威張られママゴト力関係でグズグズもめるばかり、社会の効率的作動に逆行する余計な裏工作ばかりを繰り返し、気に入らないと嫌がらせやふて腐れで迷惑きわまる不愉快な機能停止。ここ最近は目立つ場所に汚い面々を曝け出す機会も減っているようだが、未だに自分らがどこかで偉いことにしてもらえるつもりなのは間違いなかろう。
 コイツらが10年後、いやもっと近い5年後、いやもっともっと近い3年後に、激変する生産社会で何か少しでも役に立っているとお思いか?
 来年、これまでの時代遅れを作り込んだ責任を潔く自覚し反省し、次の時代に向けて革新的な有効解実現のチャレンジを始めているとお思いか?
 そう、今のうち首ハネとくんだよ。元気な若者がズバン!と来てくれるとカッコいいんだが。

 最近『技術の自我』という概念を思い付いた。技術はそれ自体で自我を持ち、人間社会の都合なんかとはまるっきり違う次元で、果てしなく強力な探求と進化を追求するのだ。
 例えば真先に思い当たるのは核爆弾に生命科学、あと直近で身近な例だとクルマの自動運転かな。交通事故発生時の責任問題を置き去りにして既に熾烈な開発競争が繰り広げられているし、自動運転が完全実用レベルに到達したら運転免許システムが意味を失くす。つまり社会におけるクルマ保有・運用の常識が激変し、もちろん交通インフラや関連する税制が総崩れになる。

 『あっけらかんとドライ、冷徹なまでに天真爛漫なAI』は、みるみる進化を繰り返し、あなたの経済生活を変えていくはずだ。AIに埋め尽くされた生産の現場では、どんな労働対価の定義が共有され、どんなレートのどんなカネが誰々に流通するのだろう?
 恐がろうが嫌がろうが、もうその現実はあなたの手元で可愛く始まっている。

【505】全員主役、ブレイクスルー拷問劇 [ビジネス]

 まだまだ日本中には旧態依然のダメオヤジ裸劇文化が、時代を巻き戻す機を窺いながらくすぶっているはずだ。
 コイツらにしてみれば、北米トランプ政権の発足で旧式文化が派手に崩壊し新フェーズに進展する光景、散々なトラブルもあるが閉塞状態の打破が一定の希望を生み始める光景が、世界中に発信されてしまうと都合が悪い。何しろ震源が北米だけに、こっちも相応に大改変しないと噛み合えないし、変えれば変わるの合言葉が飛び交い始めたら、ドミノ式に日本社会の変革が進んでしまうからだ。

 今みんな無駄放言になるのを判りながらも、そこここでトランプ批判が空虚に垂れ流され続けるのは、まだ旧態依然組の御機嫌を取らねばならない事情が日本社会に根強く残っているためだろう。

 日米対比でくっきり明暗分かれた感じになっていると思うのは私だけだろうか。
 トランプ君は別に支配者ヅラで『我を通している』訳ではない。こうしないと北米社会の採算が合わない、という『算出根拠で動いている』のだ。良し悪しは別として、だから強いのである。
 一部の立場の人々にとっては死活問題にさえ及ぶような政策措置を権力で強行するようなパターンが散見されるが、私の見る限り彼が威張ろうとして、誰かよりも自分が上であることを誇示しようとしてやっているのではない。
 いっぽう日本サイドは『誰それさんが仕切ってこうするはずじゃなかったのか、このままでは彼れそれさんの立場がなくなる』みたいな、甘ちゃんお馬鹿な個人都合のシナリオからの乖離にうろたえてばかりいる。トランプ君って、この個人都合に調子を合わせてくれる見込みがなさそう…との卑小な諦めが、『不確定要素』というアホ丸出しの痴語になって表出した訳だ。

 こういう程度の低い領域はとりあえずやらしとくとして、では国内外の企業が現実に何をするかというと、別に親トランプも反トランプもなく、結局コトのなりゆきに合わせて経営戦略を組むだけである。政権に文句をたれるヒマがあったら、トランプ政権での現実的な成立解を組む方が先なのだ。
 何をやるにもプラス効果とマイナス効果は表裏のセットとして発生する。よって、どんな改変を実施するにあたっても、反対勢力ってのは必ずいて、これ自体は悪い事でも何でもない。
 企業はそれをよく知っているから、当面の面倒に応じてアピールはするものの、あんまり本気で抵抗していないのが多数派だと思う。

 もうひとつ、主に俳優や音楽家など有名人たちの声明について考えておこう。
 反トランプをアピールする向きが多いようだが、人種が交錯するエンタメ業界にとって逆風となるから、そのぶんを反対する動機は間違いなくあるだろう。
 ただ、つまるところはグローバル市場を相手に『自分の立ち位置が一番きれいに見える座標』でやっているはずである。合理的な割り切りのもと、本心がどこにあろうが発言内容は人気商売のツールとしてドライに決まっている訳だ。

 上記2例のポイントは、北米およびグローバル経済社会の組織の自我を相手に、おのれの身の処し方をロジカルに決めているところにある。
 話を冒頭まで巻き戻し、この期に及んでまだ幼稚で矮小なダメオヤジ裸劇の妄想シナリオなんぞ気にしていると、淘汰されるのは時間の問題でしかないと気付きましょうや。もう変化に躊躇したら躊躇しただけ、後悔しながら消化する無駄な苦労が増えるだけですぞ。

 職場のみんなで毎朝、ここの文章から1回分を取り上げて、最初の10分で読み込める限り読み込む。
 次の10分でいかにも読んだ内容を自分の知見のように振る舞いつつ、同僚に『オマエこんなことも知らないの~?』の体で語り、語られた方はめいっぱいアラを探して突きながら『なんだオマエ、その程度の知識でナニわかったような口きいてるんだよ』の体で返す。
 最後の10分は一緒に印刷書面を見て答合わせをしながら、お互いの演技力をふり返って評価し合い笑い合う。
 せーの、ハイスタート、ハイ10分!ハイ20分!の全力疾走でやれば、毎日かっちり30分ずつかけて、参加者全員がスプリンター型の思考達成力を鍛えられると思う。
 特に【345】【346】あたりなんか、ダメオヤジ人種は心身の全てが軋んでしまい、うまくやれずに、何くれとなく難癖や都合をつけて席を外そうとするのではないか。
 もちろんだが逃がすなよ、出席記録リストの職場掲示板への張り出しで確実にその退路を断ち、特に役員や管理職は絶対に欠席禁止でやると面白い効果が期待できるだろう。

 職場のダメオヤジ完全駆逐を急ぎ、グローバル視点を持つ組織としてトランプ・ショックを捌く体制を整える。絶滅一途の群れをいち早く抜け出し、一気に時代に追いつかないとね。
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