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【461】唯一無二の超絶マネジメント再確認 [ビジネス]

 当面のところ世論がおかしな迷い方をする雰囲気も無さそうだし心配はしていないが、議論が急がれるのは間違いないので、今のうち皇室の話をもう少しだけ押し込む。

 地上最強の超独裁的中央集権制の社会があったとしよう。男性の支配者がその頂点に君臨し、極端なハナシ『気に障ったので、この者の首を刎ねよ』の横暴さえ誰も止められないくらいの強権社会だ。
 この支配者はこの社会の全員を支配し、全くの誰ひとり彼の意志に手出しできないのだろうか?

 答は『手出し可能』である。
 この支配者と配偶した女性には、彼に折れさせ自分の意志を優先させる余地がある。それどころか彼の権力を自由自在に操り社会を動かすことさえ可能かも知れない。
 いやいや最強の強権独裁者なんだから、オンナなんぞ良質の血縁維持やその場の欲望処理に使い捨て放題なんじゃないのかという反論もあろう。確かに人類史上その組織形態はちょくちょくあったと考えられる。
 だが継続的に成立するには、非常に厳しい条件がふたつ付くのだ。

1.この支配者クンは心許せる相手が存在せず、言ってしまえば全員が権力の座を奪う謀反者予備軍であり、社会の何にどう我を通そうが全員の従順を確信することはできない。この孤独な永遠の高ストレス心境を生涯耐え抜くこと。
2.支配者クンも寝食しないと生きていられないため、周囲の誰かがその気になれば狙える隙は必ずある。つまり周囲の全員が『世の中こんなもん』と諦め切って、そもそも支配される社会と自分の現状に何ら疑問を抱かないマインドコントロールを成功させ続けること。

 1.について枚挙に暇がないのが『歴史の陰にオンナあり』というやつである。
 そう、人を虫けらのように使い捨てる極悪非道の残虐王も心奪われたオンナには口ごたえひとつできない。嫌われて疎遠にされたら四面楚歌の独房生活に逆戻りだ。正否はともかく、オトコの権力がオンナの存在により不安定に戸惑う事例は珍しくない。
 2.についても世界史に散見される著名な革命モノは基本これを失敗し、支配者クンが社会から報復されるパターンだと言ってよかろう。よくある話である。

 日本国が古来、その自我をオトコに宿らせてきた話はした【454】
 日本国の自我がオトコの天皇陛下にあり、天皇陛下にはオンナの皇后陛下がおいでになる。
 この構図において、項目1で述べたような組織自我の不安定が起こらないようにする必要があるのがお解りだろうか。

 こんなところで具体的な解説などできようはずもないが、日本国はこれに歯止めをかける仕組みまできちんと備えていた。
 断っておくが、もちろん皇后陛下のお気持ちや御発言を天皇陛下の御心に響かぬよう遮断する、あるいは無効化するという意味ではない。自然な御意志の疎通は保証しながら組織自我の不安定は回避する。そこまで完成された国家組織の維持運営が時を重ね、今日の平和な日本社会を実現しているのだ。
 日本国民はこの伝統の重さを心して認識すべきだと思う。日本国というのは、日本列島の恵みを受けた男女がここで暮らし、独自の社会文化を生み出し進化させながら我々を今日ここに擁する、果てしなく凄い存在なのである。

 改めて間違いは起きないとは見受けるが、何しろ陳腐で歪なジェンダー観がディベート勢力としてまかり通る現世のこと、心理負担に屈してだらしない妥協に終わるようなことなど万が一にもあってはならないので、今回こそ間違いなく寿命を削る領域にまで敢えて言及した。どうせどこにも載ってないので調べても無駄だし、調べてはいけない。
 世俗レベルのスキャンダルなんかとは次元違いで無縁、皇室の清々しさを世界に誇る自国文化と考える日本人は多いと思う。ある意味これは、日本国が『危機管理の業務として延々守り抜いて』実現しているのだと理解しよう。

 社会で誰かと共存するということは、自分の心がその『誰か』によって決まるということなのだ。だから『支配』でなく『共栄』こそ、やはり日本国が目指す平和の姿に相応しいのだろう【392】
 肝に銘じて議論にかかるべきだと思う。

【460】些細な隙間の新日本紀行 [ビジネス]

 8月も終盤に差し掛かるが、今のうちにもう少し戦争の話を続けておく。

 私の子供時代、日本の敗戦を決定づけた理由について親世代に語らせると、ほぼ間違いなく『モノが無かった』という話になったものだ。
 家じゅうの金属は『お国のために』と駆り出され、陶器製の硬貨まで流通していたという。食料は配給制となり、日本なのにコメは品薄の貴重品で芋ばかり、それとて全く足りる分量ではなかったそうだ。
 『欲しがりません勝つまでは』『贅沢は敵だ!』あたりのポスターは、恐らく今も九段下の昭和館で見ることができる。『アメリカは大量の物資で日本を圧倒した』、その言葉を知って展示品の数々を見ると納得いくと思う。

 さて、これも今どき知らなかったり混乱したりしている人が多いと思うが、大東亜戦争において日本の軍事力組織は陸軍と海軍のふたつであり、空軍は無かった。例えばゼロ戦は、日本海軍の『零式艦上戦闘機』である。
 陸軍と海軍といえば真先に話題になるのはその仲の悪さで、『米軍に知れても海軍には洩らすな』という言葉が出るほどだったらしい。実は組織構造も設置経緯も異なり、『日本軍』という総合体の下位組織として、計画的に並列の陸・海軍が設置されたのではない。
 このあたり日本は本当に組織構造としてチグハグで、確かに最終的には国力を統合できないまま精神論的な掛け声だけが目立つようになっていったのも必然と思われる。極東の北半球において、管理の行き届きやすい国家観と優秀な頭脳が育まれたは良かったが、死にもの狂いで欧米式の近代化を学び採り入れるその速度に、組織の最適な構築・更新作業が追い付かなかったのだろう。

 もっとも陸・海軍の組織同士が不仲だったのであり、管理職層の連中がお互い協力的な運営方針を採れずにいただけなのかも知れない。父は陸軍に馴染みがあったと書いたが【100】、何の行きがかりか艦上機を航空母艦に陸送ならぬ『空送』した陸軍パイロットから、その時の話を聞いている。

 初めて空から見る空母というのは、まるで洋上に浮かぶマッチ箱のように見え、そこへの着艦は肝を冷やすスリリングな体験だったそうだ。
 日本海軍の空母といえば、全長で200m台の半ば、全幅で30m足らずが相場だから、これは確かに見下ろして安心な大きさとは思えない。100m短距離走2回分の長さに25mプール強の幅で飛行機1機、着陸して止まれというのだ。失敗したら、もちろん板一枚の甲板からドボンである。
 なおゼロ戦の大きさは全長9m全幅12mほどだが、残念ながら空送した機体も降りた空母も型式は割れていない。

 艦上機は車輪の制動ごときで甲板から落ちずに止まれる訳などなく、尾輪のちょっと前側で着艦フックというカギ針を下に垂らし、何本も甲板上を横切って張られている制動策にこれを引掛けるのだ。もちろん制動策はただの張弦ワイヤーではなく、両端には滑車を仕込まれ、着艦機の着艦フックが掛かったらダンパー減衰力を引きずりながら送り出される構造になっている。
 車輪の着地より着艦フックがお尻を引張るのが先になるはずで、甲板に叩きつけられないため機速はできるだけ遅くしたいが、万一制動策にフックが掛かり損なったら慌ててスロットルレバーを引き、プロペラ回転が上がって再加速し、それで間に合うもんなのかどうなのか…

 まさに冷や汗モノの恐怖体験だったらしい。そりゃそうでしょ。
 幸運にもこの着艦は成功し『空送』の目的は達せられた訳だが、空母の搭乗員一同『初めての陸軍さんが、空母に上手に着艦されましたね』と大歓迎してくれたそうだ。
 もっともその御本人は『いや二度と御免です。海軍さんは凄い』とおっしゃっていたらしい。

 陸・海軍の不仲という組織的な問題の議論は珍しくないが、これは現場の人対人まで必ずしもそうでなかったことを窺い知れる、貴重で私の大好きなエピソードである。
 こういう石垣の隙間に詰められた小石のような話は、整理されまとまった記録に残りにくい。戦争を俯瞰してひとつの大きな見解で結論をまとめると、ある意味ノイズ側になってしまうためだが、社会の記憶から消すにはあまりにもったいないと思いませんか?

 若い人たちが、戦争を直接体験した高齢者たちから一件でも多くこんな話を聞き出して皆に広め、記録に残して欲しいと願っている。
  『この話を聞いて戦争のことを勉強したくなりました。何かお聞かせいただけませんか』
 今回の話もまた、無限に拡がる会話を始めるきっかけになったなら、これに勝る幸せは無い。

 キツい話ばかりでもないのだ。何が来ても、全てを迎え聞いて、率直に理解しよう。
 昔は『傷ついた』なんて台詞、こっ恥ずかしくて言わなかったもんだぞ。やってみたまえ!

【459】世界一教わりたいのに教えてくれない日本史 [ビジネス]

 最近の若い人たちが呼称の定義や国家間の関係で混乱しそうな気がしたので、今のうちにもう少し戦争の話を。

 いわゆる『第二次世界大戦』というのは日本・ドイツ・イタリアの3国が、ぶっちゃけ残りの世界中を敵にした戦争だ。ワビサビに伝統・神秘の国日本、気難しめ重ため気質の技術大国ドイツ、ここにいきなりラテン能天気と情熱の国イタリア、改めて見直すと冗談みたいな取り合わせの凸凹トリオじゃないか。
 降伏したのはイタリアが最も早く、次いでドイツ、我が日本は最後まで粘った。

 この世界大戦に到る前、日本は中国とローカル戦争状態にあった。これが1937年(昭和12年)の盧溝橋事件に端を発する『支那事変』あるいは『日華事変』と呼ばれるものである。
 1940年(昭和15年)に日独伊三国同盟が結ばれ、翌1941年に日本はハワイの真珠湾に攻撃をかけアメリカに宣戦布告した。これ以降1945年(昭和20年)まで太平洋の西半分で繰り広げられたのが『太平洋戦争』だ。第二次世界大戦の太平洋部分のことである。
 ここで一部の筋では『日本が宣戦布告する前に真珠湾攻撃を仕掛けた』とされ、それが日本の奇襲作戦だったとか、不運な連絡の行き違えだったかという議論は、今も度々テレビ番組になる有名なものだ。これを卑怯な不意討ちだったとする見解が”Remember Pearl Harbor!!”の由来である。
 更に、いやこれは『米軍が処分前の旧艦を並べて日本を陥れた』とする説もあるのだが…

 ともあれ日本国にとっては太平洋西岸一帯を『大東亜共栄圏』として欧米列強の植民地化勢力に対抗する目的があり、その一貫した目的で括って『支那事変+太平洋戦争=大東亜戦争』と呼んだと言えばお解りいただけるだろうか。

 いっぽう日独伊三国同盟の翌年にドイツはソ連に侵攻しているが、これはこれでまだ欧州ローカルの話であり、この時点でソ連は日本と直接争う姿勢は見せていない。いや、それどころか1941年に日ソ中立条約を締結している。
 だが前回述べた通り、日本が原爆により対米敗戦が決定的となったのを見て、1945年8月8日いきなり条約を一方的に破棄して日本に侵攻した。終戦の日は御存知8月15日だから、約束を破って僅か一週間だけ息も絶え絶えの日本に攻め入り、戦勝国を主張して北方領土まで奪い取ったのである。
 勢力争いにおける大陸基準のメンタリティは、日本国文化にとって到底納得できるものではない。だがこれが大陸で生存競争に勝ち残るための要件であったのも事実であり、ここで我々目線の正誤判定や倫理観はそのまま手放しでグローバル一般解として通用しない。これはしっかり認識しておくべきだ。
 返すがえす、日本海とそこに流れ込んだ対馬海流の有難味が身に沁みる【404】

 このあたりは各自で調べれば調べるほど資料が溢れ出て、足りなくて困ることは無かろう。
 そこで今度は、足りなくて困る方をちょっと埋めにかかる。

 小学校の担任の先生が友人を亡くした時の話だが、後頭部の銃創射入口は小さな貫通孔である一方、射出口にあたる顔は内側から吹き飛ばされてごっそり無くなっていたという。
 そしてやはり、そういう状況に置かれると人間は洩らしてしまうのだそうだ。
 命からがら生き延びたおのれの身の処置をする時、その臭いと共に『自分は生きている』という現実を痛感した。嬉しいも悲しいもなく、ひたすらそれが自分にとって最も印象に残る『戦争』の記憶であり、これは一生忘れないだろうとのことであった。

 新しいノートを一冊用意し、手近に思い当たる高齢の親戚や御近所さん、あるいは高齢者福祉施設でも構わない。こういった話を聞かせてもらいに行ってみてはいかがだろうか。
 上記の私の文面をまんま見せて『こういう話、聞けませんか』と切り出せば、暗い過去の回顧を嫌がる人もいるだろうが、結構な確率で好意的に反応してくれると思う。若い人に昔を語りたがらない高齢者を私は知らない。実感を伴って強烈に刻まれた記憶を、前向きな目的を持って辿る作業は、脳を大いに活性化するはずだ【100】
 認知症を危ぶまれていたお爺ちゃんが伝説の語り部に化けるかも知れない。ロコモ予備軍のお婆ちゃんが近所の社寺の人気霊感ガイドに生まれ変わるかも知れない。
 誰がどんな情報を持っているのか整理できてくれば、若い施設職員さんや学生さんが協力してそれらを整合させ精度向上を図り、御近所史実セミナー的な常設企画も可能になるのではないか。職員さんの仕事は増やしてしまう方向だが、博物館スタッフやイベント企画に近い業域ゆえ気分転換や交流強化の効果が期待できる。また恐らくは地域防災計画に少なからず貢献するだろう。

 無責任に良いコトだけ発想を拡げて書き並べるのは誰でも出来る。私ごときにも出来る。
 いま高齢化社会はどんな理屈を捏ねても当面は止められない以上、若者たちのためになり喜ばれながら高齢者が健康寿命を延ばす方法を起案してみた。『一億総活躍』には程遠くて悪いが、借金積んでカネだけバラ撒くような愚政よりよっぽどマシだと思うぞ。

 バカな大人みたく記録に勝手な選別や歪曲をかけて、ヌルい内容になんか絶対しないこと。いかにキツかろうが事実は事実だ。
 その気が湧いた人からで構わない。覚悟を決めて、やってみたまえ!

【458】小学社会科の教科書、最終章の行方 [ビジネス]

 今年も終戦記念日を迎えた。

 87歳になる私の母は、広島で汽車に乗っていて呉の近くを通る時、線路わきに目隠しの板がズラリと並んでいた光景を憶えている。目隠し板があるだけではなく、『あれ?これナニ?』なんてその方向を見ようとする素振りも許されない、そんな社会全体を相互監視する『空気』があったそうだ。
 その時期から察するに、板の向こうで極秘裏に建造されていたのは間違いなく戦艦『大和』である。私なんか生まれる可能性すらまだ発生していない頃、この血だけは大和とニアミスしていた。そりゃ後々無類の機械好きミリタリー好きにもなるわな。

 後に広島には原爆が投下され、母方の親戚が命を落としている。それ以外にも戦時中の生活物資の困窮や、度重なる空襲警報発令に伴う灯火管制、家じゅうの金属製品の軍事供出などなど、随分と苦労はしたようだ。
 だが私は生まれてこの方、どこの国が悪いだとか、あの国が嫌いだとかいう言葉は、一度たりとも耳にしたことが無い。これは真に幸運であった。
  『戦争は怖いねえ』 『でも無くならないんだなあ』
 度々聞いたのは、何気ないこのふた言である。

 当時を振り返って、明らかな敗色濃厚を感じつつ『神風が吹く』、つまり偶然が味方して勝利する展開を信じていたという。これについては『自分は敗けると判っていた』と回顧する人も多く、社会全体が情報操作で一斉に認識を誤っていたのか、正しい認識の下それに反して架空のイデオロギー虚劇だけがまかり通っていたのかは判定しかねる。
 いずれにしろ現実を無視した情報操作の怖さは身に染みているらしく、当時の日本社会のその体質をもって『日本が敗けて良かった』としみじみ繰り返している。日本が強権志向だったとか凶悪だったとかいうのではなく、思い込んで現実を見失う過ちが欧米式合理性に屈した事実をもって、『その方が良かった』と胸をなでおろしている感じだ。

 一方だが、小学生時代お世話になっていた学習塾の先生が、ソビエト連邦を激しく根深く恨み、生理的レベルで嫌っていたのを忘れられない。
 今じっくり思い出し直しても尊敬に値する人格者のイメージが強いのだが、満州でソ連兵に追い上げられ這う這うの体で引き揚げた時の体験があまりに強烈だったのだろう。もちろんソ連を卑下する目的で意図的にその話題を立上げ、我々子供たちに否定的な感情を植え付けようとするものではなかったことを重々断っておく。
 少し解説しておくと、昭和20年8月6日広島に原爆が投下され日本の敗戦が決定的となったのだが、その翌々日8月8日、それまで敵対関係でなかったはずのソ連が、一方的に日ソ中立条約を破って突然の宣戦布告で、いきなり軍を投入し満州や樺太の日本領に暮らす人々に攻め込んだのである。
 極東方面の第二次世界大戦終結において米軍の対日勝利だけが象徴的な事実となり、太平洋の戦後統治がアメリカの独壇場となるのを力ずくで阻止した形だが、要はそんな勢力争いの都合で平和協定なんぞいとも簡単にないがしろにされた実例を、わが日本国は身をもって経験しているのだと自覚しよう。
 当然ながら目を覆う非道の行為があちこちで横行し、先生は命からがら逃げ遂せ引き揚げた民間人の子供という立場にあった訳だが、確かにこれでは恨まず嫌わずの努力をしようにも、自分でどうにもできない限界が心の傷となって刻み込まれてしまっているはずである。
 そう、私が恨み辛みを聞かされず大きくなれたのは端的に、そこまでの目に遭わずに済んだ親に育てられたためという偶然に過ぎない。

 尾川正二という人の『「死の島」ニューギニア 極限のなかの人間』という本を紹介しておく。少々分厚めだが文庫本が出ているから、千円札でお釣りが返ってくると思う。
 大東亜戦争における南洋戦線での体験が緻密に語られた貴重な一冊である。今の御自分の『戦争』に対するイメージが、一体どこでどう構築されたものなのかを考えながら読んでいただきたい。
 『戦争ハンタ~イ!』と叫ぶ根拠は何なのだろう?誰が相手で、それをやって、どんな理屈で、どの国との紛争を抑止しようというのか。ウン、そろそろ止め時だと思うぜ。

 帰国が叶い召集解除された故郷への帰途、駅で中尉が兵隊たちに『おい、某少尉を知らんか』と明るく話しかけたところ、みんな知らん顔で黙殺するシーンが印象的だ。
 そして一人が言い放つ。
 『お前誰に向かって言っとるのか、まだ将校風を吹かせる気か。消えて無くなれ馬鹿野郎!』
 厳格な指示命令系で保つ組織力は軍隊の生命線だから、軍における階級は絶対的規律として運用される。だが本質的な能力や、自然な人格個々の間に発生する人間関係との食い違いが、水面下で凄まじい不満となって蓄積されていたのだ。
 行軍中のエピソードにもっと怖い話が出てくるが、是非そこは御自分でお確かめください。

 小学校の担任の先生が、よく授業を脱線して戦争の話になったと書いた【106】
 はっきり覚えていないが、途中から明らかに『今日はもう教科書はいいや。子供にこの話をしておこう』と目的意識を切り換えておられたように思う。米グラマン戦闘機の機銃掃射に追いまわされ、土手を逃げながら数メートル先で友人が後頭部を撃ち抜かれた時の話も聞いた。
 いま私はそんな話を聞かせてもらって良かった、貴重な勉強をしたと振り返るばかりだが、現代っ子はどこでこういう実話に触れられるのだろう?あの小学校の重要な機能はどこが引継ぐんだろう?

 子供時代をこんな環境で過ごした人々から、私の世代が盛んに聞かされたのは『もっと勉強したかった、したくてもできなかった。もっと勉強できていれば、どんなに良かったか』という言葉である。
 戦争は怖いのだ。黙祷!

【457】日本語重量感、ハイ&ロー [ビジネス]

 罰当たりを重々判りつつ、せっかくの機会なのでもう少しだけ。

 【356】で私は『皇室再構築』などと口を滑らせているが、前回を読み返していただければ、少しはその動機を汲んでいただけることと思う。
 そもそも皇室の世界観で暮らせる素質を備えた『皇族』は限られているのだから、現存する皇族の方々に何とか御参集いただき、まずそこで解体前の皇室体系に照らして何がどこまで揃うか確認できなければ、その先へは進めない。
 日本国を象徴する荘厳なる伝統継承システム、どなたかに無理を強いてまで盤石を急ぐ必要は無いのだろうが、せめて今のうち安定感のある支えが入って据わり直ると素敵なんだけどなあ。

 従って、なのだが、外からお妃さまに迎えられた雅子妃が、紆余曲折の時間がかかりながらも、今日お元気そうな姿を報じられる事実、これは本当に喜ばしいことなのである。
 国民全員が味方となって讃え、これからも声援を送っていかねば。

 ところで私も『攘夷』相当の特例措置は、まずは今般限りに留めておくのが良いと思う。
 もちろん歴史ある日本国の伝統に迂闊な手出しはできないからだが【454】、だいたい現時点で日本国の立法も行政も質が悪過ぎて、とてもこんな奴等の手になんか長期的処置を委ねられない。
 私利私欲や損得勘定ばかりの組織破滅・歴史破綻工作が横行し、この直近でようやくダメオヤジが弱り始めるかどうかという状況である。ここまでのことを許してしまった我々一般国民ともども、その場しのぎ以上のことができてたまるか。

 ただ今般限りとはいえ天皇陛下の事となると、いくら何でも滅多な邪心は起こせまい。万一起こしたとしても周囲の誰かがさすがに許さず、どこかで実効的な是正がなされることと思う。
 つまり、このだらしない現政権に『誠実さを保証すべき喫緊の難課題』が課せられた訳だ。
 天皇陛下は『我が身の処し方を日本国に問いかける』という形で、卑しく醜く惨めに老いてしまった日本国の自我から、なけなしの良心を引き出そうとしておられるのだろうか。

 ちょっと都知事選の話に戻ると、自民党都連幹部がまとめてすっこんだのには、日本社会も少しは時代が進んだなと思う。数年前なら屁理屈を捏ね回して居残れると信じ込み、周囲の全てを硬直させながら、自分が強いつもりで小池ねえさんに除名処分でもチラつかせていたところだろう。
 もうダメオヤジ裸劇の観客席を立つのが日本社会の主流となったこの『空気』を認めないと、いよいよ自分らが危ないと気付いたようだ。その通りである。
 組織の自我の判断に従い、幹部総辞職。この処置は正解であり、一応は褒めるに値する。

 因みにネット上でも既にその雑魚っぷりが笑われているが、『ドン』というのはダメオヤジ裸劇中の配役でしかないから当然といえば当然である。ママゴトをやるにあたり『シゲルくんの言い分はみんなきくことね~』ってことに仲間内で決めていただけ、そこを利権狙いの俄か家来につけ込まれて力関係が成り立っていた。
 いかにもの態度で『シゲル先生、シゲル先生』と揉み手で擦り寄り、『お取り計らい願いますよ~、ドン』なんて接待漬けにもすると。
 めでたく『賢者にしか理解できない根拠で、都の最善策を見抜き推し進める偉大なるドン』の誕生である。ママゴトの内規に沿って、その主張は架空の家族の中で優先権を与えられ、取り巻き連中との取引が常態化していく。
 ま、こういう経緯につき他と十把一絡げいや五把一絡げだっけ、とにかくドリームボックスに放り込んでしまって何ら問題は無い。

 実は、都連幹部はカタがついただけ次がある。こう書くくらいだから、カタがついてない連中は、誤魔化したつもりでも次が無い。ちゃんと負けを認め、組織に対して相応の処置を諮ってないヤツがまだまだいるのは御存知の通り。
 組織に諮って『いいよ、まだ続けてよ』と過半数の回答を貰うプロセスまで踏んだのならともかく、『一本取られた』だの『よく勉強された』だの、何のことを指すのか意味不明の言葉で握手すれば、組織が以前の振舞いを水に流し、納得して信用してくれると思っているなら大間違いだ。

 言葉をいくら放っても、目的の相手に通じなければ意味が無い【82】
 信用のため必要な手間は、きっちりかけるべきだ。

【456】不思議の国のデンカ [ビジネス]

 天皇陛下が今のお気持ちを打ち明けられた。
 我々国民が日常普通に目にする情報だけでも、『全身全霊をもって象徴の務めを果たす』激務が過ぎると理解するには十分である。

 『私が個人として』に始まり、『国にとり、国民にとり、私の後を歩む皇族にとり』とひとつひとつ分けてお話されるところに、国土と国家、日本社会が成す組織、それら日本国の象徴として存在する皇室、これらの多面的構造の意識がよく聞き取れた。
 社会の現場で対面して心通わせる国民には『人々』と温かみのある表現、また社会組織を強調される場面では『国民統合の象徴』と重ための表現を使い分けておられたのも印象的だ。

 私の知る親王殿下が御存命の頃、御本人や皇室について語られるにあたり、そこに何とも不思議な世界観が拡がっていることに気が付いた。
 表現が難しいが、わかってない人間が聞くと『人を人扱いしない粗暴な言葉遣い』と受け取られ兼ねない言い回しが実に自然に出て来るのだ。当時の私は今ほど『組織の自我』の概念を整理できていなかったが、それにしてもこの方に収まっている人格は、何というか組織表上での人間個人と違う階層にあるなと感じたものである。

 今はちょっと理解が進んでおり幾分正確に言い直すと、
  殿下は天皇陛下御自身ではないので、私と同じ階層に一応おられたのだが、
  事情が事情なら『日本国の自我』をインストールして作動するためのOSを、
  その人格に備えておられたのである。

 我々みたく好き勝手のテキトーに人間をやっていて、ただ喜怒哀楽のなりゆき感情に任せて、多少は何か考えているつもりの自意識だけ、それを自分の自我にして暮らして済む平民とは違うのだ。
 血統の遺伝だけで実現するものでは到底ない。いわんや後天的な教育だけで実現するのは尚更ムリだ。そんじょそこらの男を引張ってきてあてがえるような話ではないのである。

 恐る恐る当時の印象を明かすなら、皇室という伝統世界に日本国の自我の姿が見え、御自身はその容器として準備されたイチ個体とでも言うのだろうか。別に御自身の運命を否定視したり揶揄したりするのではなく、森羅万象の一環というか、疑問の余地のない物事の道理というか、まさにそんな感じでお話されるのである。
 多少なりとも人並以上に、『組織』を意識する経験を積めていたおのれの幸運に感謝したものだ。もしかするとこのゾーンでまずまず会話が通じたため見込まれて、いろいろと思うところをお好きに語りたい場所を転々と、仲良く一緒に飲み歩いていただけたのかも知れない。

 例えば側室の仕組みなど一般社会の家族道徳のイメージを転写しても意味はなく、男系血統維持のため日本国の自我が敷いた危機管理システムとした方が理解しやすい。だから個人でなく複数で支える『天皇世代』を絶やさず維持できるよう、体系だてた人材育成の仕組みが構築され運用されていたようだ。
 これは国家組織の自我が備える生命維持本能のひとつであり、だが文明社会の時代の流れに、平和的に合致させる知恵が必要な局面になっているのである。

 う~ん、またしても罰当たりな回になってしまった。寿命を何年か削っちゃったかな。
 こういう話はウソでも毛筆書きで一旦作文してからキーボード入力すべきのような気もするが、まあここまでやってしまったので仕方ないかと誤魔化す。こんないい加減な俗物だから、昨日久々にホワイトボードに手書きしたら筆跡がなまっていたりするのだ。

 【439】で偉そうな事を書いた手前、勘を取り戻しておかないと。

【455】戦い済んだら、信用の儀式 [ビジネス]

 前回の続きを。
 そもそものやる気もその能力も無かった人間を引きずり出して、『都知事になり得る人材』の自前レッテルだけ貼り付けて担ぎ上げ、始終あからさまの完敗確実戦に『勝算あり、接戦』の呪文を唱え続け、ただの必然として大敗を喫し満艦飾の豪華祝賀セットを前に唖然茫然。我に返って『祈 必勝』『祝 当選』の大書きやら花束やらを片づける時、間違いなく早々についていた勝敗の認識を反芻したはずだ。
 み~んな判ってた、だから最初に押し付け合いになった。実に鮮やかなダメオヤジ裸劇の標準プロセスを経て、象徴的な結末を迎えたのである。

 社会レベルの生産力向上はやらずできずでカネだけばらまき、下請け層に経済苦のシワを寄せながら、大手企業が一時的に改善の兆候を見せれば『好景気、果実、トリクルダウン』の呪文を唱え続け、ただの必然としてデフレは底なし沼のどん底に沈んでいく。『緩やかな回復』とやらも年々これだけ続けば、今ごろ日本社会の少しくらいは並以上を実感してないとおかしいだろう。

 全く同じ構図のダメノミクスだ。ただこっちの方は真実の認識を回顧しつつ、おバカ裸劇の大道具小道具をしおしおと片づける、では済まない。
 その明らかな結末の予測が既に、若者たちの志と気力つまり生産力の動力源に、悪質で根深い負担をかけている。いま呪文を唱えながら真実の認識に蓋をし裸劇に執着する奴等に、後片付けを自分でやるつもりなんか皆無のはずだ。究極の無責任、責任者を自称する資格などどこにもない。

 しかし、この都知事選で見えたモノ。
 自民党のくくりで見て、過半数が小池ねえさんを支持した事実が得られたのは、まさに大笑いに値する大収穫であった。やっぱみんなイヤだったんじゃん。
 子供の頃、弱い者いじめを制止せずに見過ごしてしまったら、お前も加害者と全く同格の共犯者だと教えられたでしょうが。ダメオヤジ帝国は、威圧弾圧にしつこい粘着、恥知らずの嫌がらせなんかに音を上げ、それに取り合う精神的負担から逃げた群衆を味方につけ、じわじわと幅を利かせていく。
 『当事者じゃない、自分も被害者だ』と言い訳して目をそらす多数の共犯者を得て、ダメオヤジは社会の過半数を占め組織の自我となっていたのである。

 ちょっと横道にそれるが、こんな大人社会の連中が子供たちに向かって『イジメはカッコ悪い』などと痴呆スローガンを掲げたところで、子供たちからは反発され、軽蔑され、無視されるだけだと解るだろう。
 かなり前だがテレビをつけたら、教育の識者という扱いでちょくちょく見かけるしょぼくれオヤジが、『ストレスの連鎖』とタイトルのついたボードを持っており、その下に『親・教師のストレス→子供のストレス→いじめ』というフロー図が描かれていた。
 番組内容の1秒も確かめず、他に移ったのは言うまでもない。教育の何を話してたの?

 ともあれ際限なく積み上がる大損害と、散発する実害から目をそらし裸劇シナリオになおも執着するダメオヤジ群に対して、遂に自民党組織の自我がNOを突き付けたのだ。
 本番はこれからである。
 簡単に言えば、都民に選出された議員が議会の場で『都政をこうする』と決め、それを公務として現実を動かすのは都庁という役所である。ダメオヤジ帝国はこの両方に跨って根を張っており、だから一部の役人の私利私欲がまずあって、慣れ合った議員どもが議会の場でそれを支持し、首尾よく議決されたら役所がそれを都の仕事として社会に作り込んでしまう訳だ。
 小池ねえさんは都知事つまり役所側、現実を動かす側のトップ。どんな仕事も、前線で動くヤツが現実への処置の実質的権限を持つから、これはいいところを押さえた感じだ。だが、一方でいま拡がっているダメオヤジ帝国の一点でしかないのも事実である。
 ここで自民党の過半数という数字が、俄然たのもしく見えてくる。
 若い衆に正しい女の子たち、頑張んな!

 大阪で案の定、『大阪都構想の5.17否決』vs『大阪都構想を掲げた吉村市長・松井知事の勝利』のどっちが大阪の本心か?みたいな嘘ゴマカシが始まっている。予想を裏切らない連中だなあ。
  『大阪市組織による都構想5.17否決を受け、橋下市長は全てを取り下げ席を降りた』
 そのゼロ点から、大阪維新の会は再び都構想の解説をやり直して大阪組織の合意を固め
  『大阪府市組織は都構想・副首都化を謳う吉村市長・松井知事を選ぶ決心をした』
のである。
 何度かその判断を転じてはいるが、終始一貫『一義的に存在を固められた大阪組織の自我』が、いま現時点では大阪都構想を支持しているのだ。組織をよく理解している者は、組織員として必ず組織の決心に従う。
 まず組織の決心を尊重し、組織の自我を維持メンテした上で、必要なら改めてその心を変えにかかればよい。

 いま英国で国民投票をもう一度やって、今度は『EU残留』の結果を得てしまい、本当に離脱プロセスが滞ったとしよう。すると国民投票という国家組織の意思決定が意味を持たなくなり、英国組織の自我が崩壊してしまうのだ。
 それ以降どっちが勝とうが必ず存在する反対派が際限なく抵抗し、答の出ない論争を延々続けながら、何度でも国民投票を繰り返す烏合の衆という未来が待っている。
 ちょっと前、日本にもそんな政党があったろう。安リベラルは元来こうなりがちなのだ。

 このへん近々まとめて整理してみるかな。
 ちょっと積み置きの尻切れトピックが増え過ぎだが、ちゃんと整理つけて行かないとね。
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