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【417】古代帝国、崩壊の予兆? [ビジネス]

 どうにか年賀状を書き上げたら、年末になってしまった。
 ともあれ1年の経過を実感する最大の節目であり、年末年始が無かったら『いつ頃どんな事があったのか』の記憶がぐちゃぐちゃの未整理になりそうだ。

 この2015年は、後で振り返って『思えば、あそこが節目だったなあ』と認識される年になるような気がしている。油断せずこれからも引き続きの後押しがあってのことだが、『ダメオヤジ妄想帝国の崩壊元年』になる予感がするのだ。

 知見も実力も無いダメオヤジが『オレ様の判断で物事が指示した通りに転がり、下々がそれを成功かつアナタのお陰と認めた結果、このオレ様に富と名声が寄ってくる』などと、昔話の悪玉バカ殿もびっくりの超絶モンスターっぷりで周囲の同調と追従を当然として振舞い、もちろん全面的に乖離しまくる悲惨な現実の処置義務は鮮やかに他人事にして知らん顔。
 だが裸の王様の厚かましい妄想が次々繰り出す損害は、『みんなで困っている社会の問題』にすり替えられて全員の頭数で割られ、残りの人たちは文句を言えない・言わないでひたすらエキストラに甘んじる。
 この日本社会に居座り続けた古き悪しき社会風潮が、ぐらつきかかっているように思う。

 一昔前なら『しょうがないなあ、でも失敗したら皆が困るんだもんね。自分だって嫌だし…』なんて、一定数がどうにかこうにか付き合ってくれていた。だが2015年の空気は明らかに違う。

 『お前ら、もうやだよ。自分も困るぞって?どうせ元々がロクなもんじゃないし、関係ない』

 無責任に現状を荒らし過ぎたため、誰ひとり現状をマトモだとも思わなければ、そこからの悪化を防ごうとも思わなくなったのだ。裏切られ続けた良心は、根深い意地悪に裏返った。
 もう妄想帝国に新たな演目で号令をかけても、みんな『ひとりで裸踊りやってろや』と遠巻きに距離を置き、乗って来ないどころかアラを探しては面白半分に潰れるまで叩くだけである。
 かなり悪意に満ちた娯楽の様相を呈していたが、思い上がりの迷惑な妄想に本気でヤキを入れる世相の形成過程として、あながち悪い動向ではない。

 ま、政治や五輪の胡散臭い話は来年送りにして、面白そうなのが古館さんの降板予告だ。
 あの変幻自在の話術が場を改め、解き放たれて帰ってくる日が待ち遠しい。

 少々嫌味なお節介で、正解を提示しておこう。
 放送時間はそのまま、構成からセットから効果音から共演者から全て一切をそのまんま踏襲して、古館キャスターが思うままの好き放題で語る内容に『番組を一新する』のである。
 結構な数の視聴者の興味を引き、視聴率も取れて、世論も面白く反応するのではないか。
 『ニュース・ステーション』は確かに、テレビにおいて無味乾燥だったニュースの扱いを大転換し、社会に多大な影響を及ぼした歴史的な番組である。だがだからって、テレ朝の月金22時台枠が自動的に『民放テレビ報道の普遍的基準値』になる訳なんかない。その固定観念をまずお棄てなさいってば。

 今はまだ将来工程表が見えづらいが、なかなかどうして面白くなりそうな2016年である。
 後ろ髪を引く時代遅れの疫病神を根気よく断ち切り、いち早く上昇気流を見つけて捉え、力いっぱい羽ばたく労力を惜しまなければ、来年の今頃カビ臭い井戸の中からは想像もつかない景色が眼下に拡がっていることだろう。

 そうそう年内のうちに、またしても訂正と謝罪をしておかねばならない。
 今年の漢字【415】って、『倒』(1997)、『毒』(1998)、『災』(2004)、『偽』(2007)など、結構ネガティブ印象の字もあったんですねえ。
 いかんな、不用意な発言が増えているということでして、スイマセン気を付けますです。

 果たして年内もう一回やるのか、次は年明けなのか。昨年も同じようなことを書いていた。
 とりあえず皆さま、良い御年を。

【416】コペルニクス的転回、エピソード1 [ビジネス]

 橋下大阪市長が任期満了。物凄い8年間、誠にお疲れさまでした。

 いきなりだが、記者会見の場で今後どうするかを答えさせようとする無駄な問答が多過ぎる。生活すべてを拘束していた大仕事に節目つけた瞬間だぜ?御本人もわからない未定の大原野だろうに。
 思いが多少あっても、そりゃ人さま相手の秘密なんか持たないに越したことはないが、あちこち無作為にあけっぴろげて、マズいとは言わないまでも良いコトなさそうな事情は山ほどあるのが普通だろう。しゃべるワケねえじゃん。
 こんなもの、どうにか手に入れた発言と表情の裏を読みまくって、手前勝手な想像で作り上げた相手の心と疑似コミュニケーションしたところで、箸にも棒にもかからない空振りフルスイングに終わるのが関の山である。
 本当に気にする人は、ただ真実の展開を待つ。妄想自慢の大喜利なんぞに興味はない。

 もうひとつ、耳が腐るほど聞き苦しいのが『敵を作って叩く』といういやらしい概念の会話だ。もちろん昨日の会見でも橋下さん御自身はその意志を否定していたし、実際、目耳を疑う手酷い侮辱を喰らって遂に大切な家庭まで傷つけられても、終始『憎まず恨まず』に徹して耐え抜いたのは立派である。
 おのれが肝を落として判断し信念で選択した行動を、誰かが抵抗してきて実害まで発生した時、そいつが『敵になる』のだ。軽々しく都合で人さまを敵視する非礼や、よもやこちらから危害を加える無礼など絶対にあってはならない。目的達成の方策として『敵を作る』などという手段に考え及ぶのは、いつも損得勘定の力関係に卑屈に巻かれ、強そうに見えるヤツの寄生虫になって敵味方を決める人間に特有のメンタリティなのである。
 若い人、こんな悪いコトバくれぐれも真似しないように。コトバが歪むと精神も歪むぞ。

 もう少し解説しておくと、まず橋下さんには常に確固たるフェアネス社会構想の志があった。それを包み隠さず、というか最大限積極的に、広く深く発信し続けていた。社会組織の自我に理解を訴えるためだ。
 いっぽう議会制民主主義政治で動く日本社会において、持論に沿って現実を変えていくためには、決められた議席数の賛同を得なければならない。従って、自分の志に対する『庶民の正確な理解』をメンテナンスしながら、同時に『議会の場における必要な賛同数』のため清濁併せ飲んででも規模を稼ぐという、結構しんどい二律背反課題の両立解を探ることになる。
 いろんな人間がこの世間を渡っており、みんな志を理解してすんなり同調してくれれば誰も苦労はしない。十分に理解できないヤツ、理解はしても突張り通す勇気のないヤツ、もちろん何だか強そうだからとぶら下がって来るヤツや、理解したフリで良からぬ事を考えて潜り込んでくるヤツだっている。
 こうなると局面次第で『マインド純化期』vs『議席数かき集め期』の作戦テーマ切換えもやることになるし、当座の目的を達成した後むしろ足手纏いに化ける連中の処置も必要となる。

 重要なのはここからだ。
 どこの政党がどうしたとか、どの自治体の首長だとか、『人間が何らかの都合で設定した組織枠』なんかよりも上位の次元に、橋下さんの志はあった。
 彼は、常に『志を具現化する手段として』組織の首長ポストを渡り、『志を具現化するツールとして』数々の政党組織や議会組織を創出し、解体し、統廃合していったのである。
 大抵は『まず組織あって、そこに帰属する自分』という世界観から抜け出せないのだ。これは組織の民として日の丸DNAの平均値が宿命的に負う弱点かも知れない。
 組織の自我の御機嫌を取りながら、組織の中に自分の生存空間を恵んでもらって生きている。だから使い終えた組織の解体に断末魔の悲鳴を上げる雑魚がいて、それを傍観するヤツも理解できず戸惑い、しばしば批判的な見解をも口走る。

 少々大袈裟に例えると、天動説的に組織の呪縛に操られていたこの世界にあって、地動説的に組織を手懐け支配するスタンスで、橋下さんは日本社会の基本定理を変えた。この組織観にまつわる画期性が橋下勢力の大きな特質だったように思う。
 次はこの地動説的な組織制御法が、定着のフェーズを迎えられるかどうかってとこか。

 地動説が常識になるべく動き出す日がなかったら、この宇宙開発の時代が幕を開けることもなかった。いま巷では『スター・ウォーズ』の新作が話題になっているが、そのテーマ曲は『ボレロ』というラテン舞踏リズムの骨格形式を持っている。その意味するところは、
  タン、タタタ・タン、タタタ・タン、タタタ・タタタ・タタタ…
と水戸黄門のテーマで乗っかれるのだ。いや、しょうもないウンチク失礼致しました。

 そう、この一幕も壮大なストーリーの序章に過ぎない。

【415】不運の大総括と開運の手引き [ビジネス]

 今年の世相を代表する漢字は『安』だそうだ。う~ん、悪いが微妙に無理当て感かなあ。

 もっとも毎年この時期に過去実績とのダブりを避けながら、普通に変換して出てくる程度のポピュラー漢字を、理屈つけながらひとつ選ぶという難課題をこなし続けている訳で、やはりズラリと列挙されると凄い。一年を俯瞰し大衆の共感を問う継続的挑戦は大したものだが、そろそろネガティブ含意の文字をタブー視する足枷を見直してはどうか。
 当代流のユルい建設的志向には迎合することなく、旧来の習慣を厳しく断ち切る一文字を、思わず唸る解説付きでお願いしたい。

 物事そこそこ行き着いたら反動が出るものだ。
 よって蓄積した歪みが不意に決壊する前に、予測を利かせて体勢を整え、道理に乗せて現状を意図的に崩すという作戦が成立する。頃合を量っての組織表の組み換え【398】なんかは、歪みの決壊を経営の落とし穴にしない知恵だとも言えよう。

 本質的な国家経済力の活性状態ではなかったため、個人的にバブル景気とやらは好況と認めたくないのだが、それにしても例のバブル崩壊を境に、日本経済は停滞の泥沼に20年以上どっぷり漬かりっ放しの状態となっている。それ以降の長きにわたり、歪みを蓄え変化点が求められながら有効な打開策が出て来なかった訳だ。

 新・国立競技場の再検討も消費税制の混迷も、細かい話を繰り返すのはもうよしておく。
 旧態依然に好んで執着し堂々巡りを際限なく選んで居直る老人どもの面々を、例えば公共の画像から3年後には半数、5年後には全数を消し去るという数値目標の設定などいかがだろうか。
 改めてSNSやLINEでつながらなくとも、日本に暮らすティーンエイジャーなら自動的に目標は一致するだろう。新しい18歳が毎年加勢して来るから、年々戦局の進展が確かめられるはずだ。お、また約1名"TERMINATED"…みたいな。

 ちょっと過激な例え話だが、公の場を追われた老人どもがその後に行方不明となり、軒並み寒空の下で行き倒れるくらいでも全然かまわないと私は思っている。今やっている悪事の結末として十分に釣り合うものだからだ。そのくらいの認識が必要だと思う。
 逆に若い人たちがボヤボヤ油断していて負債を好きに積み足され、いくら働いても謂れの無い借金返済が終わらず果てしない徒労感が辛いばかりだと不平を洩らすなら、それはそれで肩入れできる話ではない。
 『高齢者は社会の邪魔で足手纏いだから、さっさと消えるべきだ』などと失礼な事を言うつもりは毛頭なく、皆が本人なりの生活ペースで幸福に暮らせるならそれが一番いい。だが十分な生命力を宿した日本国という国家組織がまず維持され、楽しく幸せに暮らせる居場所と生活形態が限られているとして、そこで意思決定しながら過ごす優先権があるのは『将来の国力を担う若年層』の方なのである。ここは譲れない。

 若い人たち、いいから前を見なさい。年寄りよりも先へ進みなさい。邪魔なら迷わず倒せ。
 露払いのあと年長組が居場所を調達するにも、まず社会組織の健在が先立ってのことだ。
 社会が老いると老若まとめて心中だぞ。

 私はジンクスやゲン担ぎにまるで興味のない人種だが、世の真理としての因果応報は固く信じるクチである。早い話が『善い行いと悪い行いの心掛けには、必ず幸運と不運が応答する』ということだ。
 半世紀生きてきて本当に不思議で仕方ないのだが、どういう訳だか驚くほど的中する。
 悪い大人が悪い事を積み上げ過ぎた今があり、歪みの決壊という不運が間近に迫っている。理不尽な負債の山を押しつけられた若者たちがいたとして、一体どんな気持ちで何を働きかければ、どういう方向性の反動が転がり出てくるのだろうか。

 私を含めこんな現状を作り込んでしまった愚かな大人どもには想像もつかない抱腹絶倒の大逆転劇を期待しながら、この年末の馬鹿馬鹿しいニュースを冷やかに見る目を仕込みたいのですよ。
 それがまた善い行いで、人生の幸運を呼び込むと信じているからなのだが。

【414】新進気鋭、骨董品屋の危険物処理チーム! [ビジネス]

 いま日本国には多額の債務が存在する。細かい言い訳なんかどうでも良い。
 『日本国』名義で、将来のいつだかに日本国組織の財務からやりくって返済せねばならない借金の借用書が、その気で掻き集めれば現に目の前に1千兆円ぶん積み上がる訳だ。

  『借金は悪い事ではない』 『借金して何が悪い』
 確かに、まず金融機関から融資を受けて事業を立上げるケースは珍しくない。もちろん事業が黒字運営され、後に利子が上乗せされて返済完了でクローズする期待があるからだ。融資元の度量あって、商才ある事業者が成功し、多数の利用者が喜ぶという『経済力の正しい姿』である。
 だが債務者たる老人が『返済を待たずに隠居あるいは死去して債務を踏み倒す前提』で発生させる借金は間違いなく悪い事だ。
 そこを間違えてはならない、くだらない減らず口を滑らせるな。

 だから手始めに『悪い老人を特定しておきなさい』と言っている。いずれ処分が必要だ。

 高校3年生が選挙権を持つとなると、意外と面白いことになるのではなかろうか。
 大学受験など進路選択の佳境で『選挙どころではない』という学生も多かろうが、いかにも希望なく暮らしにくそうな社会の事前情報がこれだけ溢れており、それが我儘な老人どもの私利私欲の産物という認識も十分にあるはずで、これだけでまず基本的に『脱・旧態依然』の方向性が手早く決まるように思う。
 高校在学中に有権者の年齢に達するからには、早くからマジメに社会参画意識をもって政治を調べる者も一定数出てくる。高校に『政治研究クラブ』が立ち上がり、当然1、2年生を巻き込んで社会の出来事について考え始めるだろう。

  『新・国立競技場が過去実績の3倍高いのは何故ですか?誰がどう試算したのか教えて』
  『軽減税率は誰の要望によるもの?また赤字国債を積んでまでやるって、まさか本気?』
 その支払義務を負うのはかなり自分たちなんだけどさ、一度もそんなハナシ聞いてないよ?

 課外活動ながら学校の勉強の確たる一環として、学校組織の表札を掲げて、政党や役所に質問状を叩きつけることができるのだ。
 学校の自主学習企画への対応をないがしろにすると世論の支持はガタ落ちになるし、学生さんに『これオフレコにしといてね』なんて口止めもできない。納得いくまで大人を問い詰めては、その問答を書面に起こしてネット公開していくのである。嘘さえ書かなければ、誰にも咎められる心配は無い。
 そう、最強の政治ジャーナリズム新勢力として機能できる可能性を秘めているのだ。所謂マスコミは誠心誠意の情報伝達でどう商売するかに立ち戻り、大人社会のおバカな力関係による情報歪曲を絶ち切る決断を迫られることになる。
 業界にどんな動向が出るか、非常に興味深い。

 大学まで行かして貰ってイイ歳こいてオールのどんちゃん騒ぎ如きで満足感に浸るより、自らの社会的優位性を活かした発言権で気に喰わない大人を真剣にやり込める方が、遥かに『コワい主張』として認められるぞ。頑張れ、高校生!

 ここで何度か軽くは触れており、詳細はまた回を改めようと思うが、いま老人どもが血眼で手を伸ばし空を掴む『カネとしての日本円』『ラクとしての利権構造』は、実は随分前から思うほど良いモノではなくなっている。
 高度経済成長期、まだ戦時中の赤貧や我慢の記憶に起因するカネ・ラク志向の余韻が残っていた。その大昔の感覚を未だに引きずる老人どもが、的外れな前時代式の欲で誰の役にも立たないダメオヤジ帝国の妄想快楽【345】に執着している。これこそ日本社会が抱える問題の姿である。
 そもそもカネは心置きなく楽しく使える環境あってのものだし、ラクはその仕組みに付き合って持ち上げてくれる周囲あってのものだ。いずれも普通に暮らしていると『もう少々あると良いのになあ』と思うのが多数派だから、世間一般的な価値事象とされているだけの話であり、ちょっと冷静に考えれば、もっともっと人生の時間をかけるに優先すべきものは幾らでも思い付く。

 『やりたいことを探している』なんて文法的におかしい日本語は捨てちまえ。
 君たちには、まず倒すべき敵がいる。

【413】撃ちかた用意、構え良し! [ビジネス]

 未だにモバイル通信機はガラケーしか持たないタイプである。
 起きている間べったりで電子メール処理が割り込んでくるのが嫌だ。一日の記憶が区切りのない一色になりそうで、気分転換も緩急もふとした思い付きもない流動食のような生活を予感してしまう。

 この持論は間違っていないと思うが、自室を離れた途端デスクトップPCの受信トレイに未読メールが蓄積していく宿命を受け入れねばならない。これが時として辛い。
 延々続く太フォント表示の未読タイトル群。ずらりと断続的に並ぶ同タイトルにはなりゆき展開も多く含まれており、最新の一通だけ読んでも解らないのが普通だから、斜め読みであれ時系列で残らず確認して行くしかない。重量級の文書や数表ファイル等が添付された査読・推敲のやりとりなんかを辿るのは厳しい精神力勝負となる。
 鬱々と数日前の経緯を読み解いていると、『ピポ!』などと着信アラームが鳴りおってディスプレイの右下に新着ぶんの冒頭行が次々と浮かんでは消え、浮かんでは消え…こいつらは当然つい目に飛び込んでくるから、その後は中途半端にネタバレした会話の過去を追いかけることになったりもするのだ。私の知る最悪に腹立たしくつまらない『バック・トゥ・ザ・フューチャー』である。
 もちろん、たったひとつの受信トレイに複数の立ち入った会話が錯綜しており、各々の局面に応じて返信を要求されてもいるから始末が悪い。かつてなら相手が途中経緯を適宜アタマの中で整理して、『あー戻ってきたの、とりあえずコレどうしよっか?』と最短距離で尋ねてくれたはずなのだが、このあたり電子メールは何の気も利かず莫大な量の記録だけが積み上がる。人工知能サポートもまず不可能だろう。
 もっとも高機能モバイルを持ってしまうと、コレ嫌さにところ構わず始終メールをチェックし、更にただ読むだけでは終わらなくなるはずだから、時折こうして浦島メール処理の集中対応地獄に甘んじるのが現実解なんでしょうな。IT社会ってホントに高効率に進化してんのかねえ?

 さて年末が迫っており、つまりは選挙権18歳引下げの2016年6月まで半年ちょっとだ。
 消費税率の引上げだの衆議院解散だので騒いでいた昨年末【348】が、ほんの昨日のように思い出される。確か税制改正要綱はもうすぐ、12月10日だっけ? だから取り急ぎ。

 若い人たち、流されず騙されず、今のうちからリアルタイムでよく見て考えておこう。

 まず軽減税率【349】の話だ。
 大阪都構想のように、我々国民に一度でもGO/NO GOを諮られた記憶があるかね?
 将来財務に影響甚大な案件なのに、正確な事情の説明もなければ、当然それを熟知して望んだ国民の声もどこにもない。
 勝手に一部の老人どもが『やるのは前提、どうやるべきか』の攻防戦を始めていて、その情報ばかりが所謂マスコミにより『もうやるんだもんね、しょうがないんだもんね、どうなるチキンレース?』と垂れ流されている。ここを読んでいただいている方なら、それが何故なのかはもう御存知だろうから繰り返さない。

 この老人どもの顔と名前および所属をよく憶えておきなさい。手持ちのスマホで繰り返し調べ、記録しておくといい。我々だらしない大人たちが『国の事を決める代表者』として間違えて選んでしまった粗悪分子である。

 次に2020東京五輪の新・国立競技場【383】~【397】の話だ。
 あれだけモメて『白紙撤回』が流行語大賞の候補にまで挙がったのに、『総工費1,581億円で東京都が395億円の負担を合意した』そうだ。大丈夫ですかい、東京都民の皆さま?
  揉め事の発端時2,520億円、これを白紙撤回して再検討の結果が『当面は』1,581億円。
  因みに過去実績5例では、各国500億円程度でやれてます…と。
 『60億円謝ったフリだけで騙し切ってそこそこ積めたなあ。ボーヤなかなか使えるじゃん』なんて年長さんに飴玉もらってアタマ掻いてるパシリ茶坊主がそこらへんにいたりしないか?

 なあ若いの、『戦争ハンタ~イ♪』の根拠は『惨たらしく人が死ぬから、悲しみと憎しみの連鎖だから』だろ?
 若年層の疲弊が目立つ日本国の経済構造、今この瞬間も数知れない不安や絶望や死を発生させ続けているワケだが、これにまだまだ若年層ヅケの負債をてんこ盛りで追加すると将来どうなるか考えてみな。
 被弾や被爆でなければ、貧困に起因する育児放棄やDVなんかで死傷するぶんには、平和で人道的だとでもいうのか。それは醜い老人の私欲と引き換えて釣り合う価値のものなのか。

 オールのお祭り騒ぎなんぞ、この民主主義議会政治に対しては微塵の実効力も持たない。
 まず自ら選挙権を得た時点で、然るべき判断でこの老人どもに対して主権を行使するのだ。
 追って、日本国の自我を欲深な老人どもから奪い取る作業に移行することになるだろう。
 そのとき躊躇なく引金をひけるよう、いま顔と名前をしっかり確かめておきなさい。

 必要な準備は着々と積んでいくことだ。 
 
 …などと、ざっと気分転換してみました。 やれやれ、また続きを…
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