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【412】正直者は重いツヅラを選ぶ [ビジネス]

 よし、そうこなくっちゃ!大阪W選は大阪維新の二人組が十分な差でW勝利した。
 ひと声、大阪市長選1.5倍、大阪府知事選2倍の得票で勝ち越しか。結構いったねえ。
 これで大阪府市行政が全て大阪維新の党意で動く訳ではないが、日本社会の政治における大阪発の新潮流が一歩前進したことになる。

 どうせ旧来政党どもが思い思いに敗因の屁理屈をつけるんだろうが、真実は一言で足りる。
 利権政治が嫌われたのだ。

 まだ町工場がたくさんあり、どの駅前の商店街も繁盛していた頃なら『ウチはどこそこ党、ウチは誰それさんに決めている』的な地域密着型の政権基盤が存在した。町内会レベルのコミュニティも結束が固く、近所付き合いの要所要所を押さえて『誰それさんをお願いします』と言えば、そこそこ十分な得票が得られたのだ。というか、このドブ板領域をしっかり押さえないと勝てなかったのかも知れない。
 大阪都構想の5.17否決を決定づけた60代、70代の反対多数、この時代の名残で二重行政派の決死の誘導が効いたのではないかと私は思っている。

 問題はその後で、都構想が否決にはなったものの肝心の庶民生活が何ひとつ改善しない。言われるままに反対票を投じた人々は、期待した生活改善におあずけを喰らったまま、明らかに自分らウチワが思うままの会議進行に執着する、二重行政組の醜態だけを見せられ続けたのである。
 その時その場ちょっといい顔して騙しに来るだけで、票を入れても何の見返りも無い事にみんな気付いたのだ。このひと夏のうちに、愛想だけ見せればノーリターンでぶら下がってくるのが前提だった二重行政組の政権基盤票は、ごっそり浮動票に化けていたと思われる。
 この相当数が、積極的支持とは言わないまでも、『もう旧来政党はこりごり』『現状がダメだから、何か変えて欲しい』という動機で大阪維新派に転じたのではなかろうか。

 ともあれ、これは『合理性志向を目指すためのお膳立てがひとつ整った』という成果だ。
 本当に大事なのは、ここから大阪府市民全員が本心から納得して、合理性志向を基軸とした新しい社会を構築できるかどうかである。
 極論すれば、『合理性志向によるフェアネス保証が社会の最大幸福につながる』という真理が保証されているとして、その現実の作動点にみんなが納得して平和に時を重ねて行けるかどうかは別問題なのだ。

 大阪社会は、5.17以降まず非・都構想の大阪会議トライアル実施をもって『二重行政組の意志を通すとどんなことになるのか』を正確に理解した。
 そしてこのW選では、真横に『それでも旧来政党式、二重行政の延長線上でこの先を過ごす』という対案の選択肢をいつでも取れるよう用意した。
 その結果が『大阪維新を迷いなく選んだ』と表現するに足りる得票差だった訳である。
 十分な理解、対案選択の自由。以降の幸せな活力に直結する、納得いく決心の条件だ。

 新しいチャレンジに向けた一歩を選び取った、だから勝負はここから始まる。
 大阪社会は幸せな将来像を自分たちの力で新たに組み上げ、その実現を最優先して思いやり助け合っていく原野開拓の取り組みに腹を括ったことになる。旧来続く大阪行政の基本構成を変えるのは至難の技だろうが、それを実行するのに、吉村新市長と松井知事の人格と能力なら勝算あり、この二人ならリーダーに相応しいと心に決めた訳だ。
 大阪府市民は改めて現状大阪社会の問題点と、それを解決しようとする大阪都構想の基本コンセプトについて理解を深め、誰もが本気で建設的に働きかける義務を負う。選挙が済んだ途端に『あとは勝手にやってくれ』、のちに自分目線で気に喰わないコトがあるたんび愚痴タラタラ、そんな時代遅れの政治観は大阪発の全国展開でオシマイにしていっていただきたい。
 選挙の投票は主権行使の最も重要で具体的な一場面だが、それ以外が別世界に外注した他人事になるようでは、その主権は無視され偏った利権取引によるアンフェアが卓越してくるのである。

 メチャクチャ大変で面倒くさいはず、だがそれはイヤな負担、不幸な手間なのだろうか?
 そんなことはないだろう。
 いろいろあるんだろうが、手当たり次第に噛みついてみてから考えれば良い。
  『修復不能の挫折感に陥って諦める前に、必ず一度は自分を忘れて考え直す』
 その精神的余地さえ確信できたなら、そこから組織の自我は動き出すのである。

【411】拝啓 大阪府さま、大阪市さま [ビジネス]

 いよいよの週末が目前で、もうひと押し。『大阪都構想』の訴求が割とソフトな件だ。
 今すぐにでも実地運用の検討に移れる具体性を持つ完成度の高い案件であり、言ってしまえば無理にまでリニューアルする必要は無い。

 だが、だからといって本当にそのまま持ち出すと、これは社会のルールに則って5.17住民投票で導き出した大阪市組織の意思決定をないがしろにする行きがかりとなってしまう。
 組織の自我を裏切ると、組織の自我に見放されるのだ。
 初回の結果分析に、詰め切れていなかった余地と再チャレンジにおける勝算を見出しても、『否決と結論を出した以上は否決。再チャレンジするなら変化点を設けて、新案で改めて問う』とするのが、組織の自我に対する礼儀である。

 で、詰め切れていなかった余地について、吉村・松井の大阪維新チームは『時間切れによる有権者への説明不足』と表現している。
 なるほどその通りなのだが、ポイントをふたつ挙げておこう。

 ひとつめは住民投票の日取りについて。
 5月17日をもって『結論を焦った早過ぎる日取りだった』とする意見を耳にするが、これは間違い。もっともプロジェクト業務に心得の無い人種の感覚としては自然なものだと言える。
 誰がどんな印象を受けようが、橋下大阪市長・松井大阪府知事の大阪維新タッグには、これこの通り、2015年内に任期満了が迫っていた。確かに橋下市長・松井知事なら再選の可能性は十分高かったのだが、やはり市長や知事が公務として進める以上は、不確定な『自身らの再選』を勝手に確定として日程を線引きするような仕事はできない。
 『2015年末以降の市長・知事は大阪府市組織の自我が決めるものであり、都構想GO/NO GOは橋下・松井任期のうちに判定を完了』とするのが、これまた組織の自我に対する礼儀である。

 ふたつめは住民周知の遅れについて。
 いま大阪維新チームは『日程遅れのため不十分に終わってしまった』としか言わないが、都構想を住民投票にかけられる姿にするまで、大阪会議に劣るとも勝らない痴態で自民・民主・共産・公明に進捗を妨害され続けたのだ【322】【334】~【337】
 総務省までが鼻をつまんだ話だから【339】、住民周知の遅れは自民・民主・共産・公明のせいだとして都構想再チャレンジへの難癖を撥ね付けても、実はそれほどネガティブな心象の構図にはならない。
 だが、ともあれ『組織の自我に対する働きかけが不十分だった』という事実を認めて他に非難を向けるような真似は控え、『だから今度はそこを埋めて、再び問いかけたい』とシンプルに意思表示するのが、やはりのまたまたで組織の自我に対する礼儀なのである。

 以上、組織というものをよく理解したが故のスタンスであり、もどかしいが正しいのだ。

 『安心できる暮らし』とは何だろうか?
 少なくとも社会運営が赤字では安心できない。殊に若い世代ほど不安が深刻になる。
 むしろ黒字を積んで、若い子たちや更にその子供たちに『これだけあるから少々失敗したって平気さ、味方についててやるから何かいいことやってごらん!』と年長者が背中を押してやれるのが、チャレンジと進化を繰り返しながら継続する『安心できる社会』だろう。
 『今を生きる府市民に、当面都合の良いこと』を頑張る話なんか幾つ並べたところで、責任の負えない赤字を出してちゃ何の意味も無いじゃないか。

 大阪の公務員だったが『これではいけない』と退職し、大阪維新の議員になった人がいる。
 みんなで『安心できる暮らし』を手に入れる道を選ぶ大人はちゃんといるのだ。
 『興味ない』なんて腐ってると、あっという間に『やられて当然のカモガキ有権者』だぞ。今週末はスマホいじってるヒマがあったら大阪W選の番組を追いかけてみな。

 解らないところは解らないままで結構、いずれ解ってくる。少なくとも大阪じゃ関心高いから各局きれいどころで競ってくるはずだし、見ていて飽きることも無かろうぜ。頑張れ!

【410】来年の君たちへ [ビジネス]

 大事な局面だと思うので油断せず手を抜かず、大阪W選モードに徹する。
 確証は取れないが、このところ若い人にここを御覧いただく頻度が上がっているらしき雰囲気があり嬉しい。18歳選挙権の大きなメリットは、未就職率が高い年齢層であるが故くだらない大人社会のシガラミや損得勘定が介入しないことだ。来夏以降が楽しみである。

 ほんの10年前のこと、大阪の公務は無駄な税金バラマキの象徴的事例として、しばしば全国ネットでも完全にネタ扱いで放映されていたものだ。自他共に認める日本一の税金バラマキ無法地帯として、大阪人としても、日本人としても、悔しいとも恥ずかしいとも思わないドン底まで堕ちていたのだと思う。
 そこに約8年前、橋下大阪府知事が誕生し、既存の大阪府政に激しく衝突しながら斬り込んで、これを変えていったのである【146】【147】
 その試みは数多ある大阪じゅうの現場において、長期支配を決め込む古株の嫌がらせ文化に妨害されたりもして、常識的な理屈の流れでスムーズに改善できないケースも多々あった。しかし、少なくともドン底で淀むがままの大阪行政に明確な変化点を勃発させ、紆余曲折を経た今日では『何がどこまで変わったか』が大阪府市民の日常の関心事になるところまで到達している。
 橋下勢力が途中から国政に乗り込んだせいもあるが、今や大阪政局の節目は必ず全国ネットで流れるまでになった。これは本当に凄い成果であり、ここでわざわざ認識を改めているのは、既にこれが日本社会の当たり前感覚にまでなっているからに他ならない。
 政治に無関心だった日本人の、政治観が変わったのだ。

 『社会の運営つまり行政とは、こうするべき』という独自の構想を各々が持ち、一般庶民の支持を多数決で得て勝ち取り、その構想を実現していくのが政党組織である。自民党には自民党の社会モデルがあり、民主党には民主党の社会モデルがあり、それぞれが違っているから行政で何か決めようとすると、各党が持論をぶつけあって論争になる訳だ。
 だが、こと大阪に限ってはこのW選で、自民・民主・共産あと中途半端な態度ながら公明も、旧来政党群は各々の相対する持論を棚上げして政権基盤を合算し、大阪維新に勝ち越そうと必死になっている。

 何しろ旧来政党どもは利権政治で生きてきた。各々が自党の政権基盤になる社会層の票さえ確保できれば、あとは選挙権放棄で無投票もしくは何となく記憶にある党名の候補者に盲投票あたりがせいぜいだから、まあ各党一定の議席数は維持できていたってことだろう。
 中途半端に議論することが目的の議論をその通り中途半端に弄び、変化も進展も求めずに、政権基盤への餌付けが賄える程度の主張が通るところで談合する。複数の主張が拮抗した場合には、原則両方の餌付けを賄える案を結論にして、積み上がった額に税金を引充てるのみだ。
 そう、府市二重行政という特異な構造は、この実態にぴたりと適う好都合だったのである。

 これを橋下大阪市長と松井大阪府知事の大阪維新タッグが次々と一本化で整理し、おまけに『大阪都構想』により、そもそも自治体事業の決定機能を大阪じゅうでたったひとつの『都』にしようというのだ。

 ほおらね、橋下政権が発足してから馬鹿馬鹿しい無駄遣いが一掃され、新たな財源が確保できたという話は自然な道理として納得がいくでしょ?
 そして自民・民主・共産・公明が何をもって『まっとうな大阪』と言っているのか、『大阪維新以前の、元に戻すのではありません』という弁明は嘘なのか本当なのか、そして大阪都構想の再チャレンジに『もういっぺんやるならやれば?』と上から目線も決められず、なぜ打つ手なしで悲痛なまでに二度目の断念を誰かれ見境なく懇願してまわるのか。
 そう、そういうことである。

 ここまで理解できたら、ちょっとぐらいテレビや新聞に目をやってみようか。
 自律した良心に基く思想・信条の発言に自由が保障されている日本国だが、大阪府市民・日本国民に向けて発信される『公正で平等な報道』がどんなことになっているのか確かめて、何故これ程までにみっともないことになっているのかを考えていただきたい。

 来年の夏には、その映像や紙面をそれなりに見て国民の主権を行使するんですぞ。
 それをちゃんとやらなかった過去があり、その過去を変えようとする今がある。
 今週末、行動に移れる年齢に届いている大阪人のアンタは、納得の一票を決めようぜ!

【409】二重行政ハザード、500km先注意! [ビジネス]

 個人的にはこういうのに言及しない趣味なのだが、全国ネット視点で考えるにも捨て置けない重要な事だと思うので、悪しからず。
 実は大阪行政、日本原発政策の将来に結構な効き代を持つ試金石だと思っている。

  1.近年関西圏だけに起きている異常な電気代の連続高騰に疑問を感じている方
  2.その高騰の解決方策として原発再稼働に執着する電力会社に辟易している方

 特に、あなたが1.及び2.に該当する大阪府市民なら一考の価値アリだ。解説しよう。

 3.11東日本大震災を受けて日本中の原発が稼働停止になったのは御存知の通り。だが事故が起きたのは福島の原発であり、日本全国でバックアップに回れる火力・水力など他の発電所はたくさんある。
 この状況下で、何故に遥か彼方の関西圏で『原発を再稼働できないから発電コストが高くつく』『原発再稼働すれば電気代を下げられる』という妙な理屈のもと、どこまでも『危険』と映る結果しか出て来ない地質調査ばかり繰り返されながら、お客様たるユーザーが得体の知れない高額の電気代を請求される事態に陥ったのか。

 株式会社とは、株券を売ることで事業資金を集めて商売する仕組みである。
 その商売が黒字の優良経営なら、配当もつくし株券の価値も上がる。逆に商売が赤字なら、もちろん配当など無く株券の価値も下がり、会社が倒産すれば株券はただの紙切れとなってオシマイだ。
 で、ありていに言えば、持ち株数つまり出資額に応じて株主には経営に口を出す権限がつき、よくある解りやすい事例では『親会社の出資率50%で子会社を設立し、親会社から幾人かを役員として送り込む』という構図になる。

 御存知かも知れないが、実は大阪市は関西最大手電力会社の大株主なのだ。
 よって大阪市の産業や大阪市民の生活が異常な電気代の高騰に困窮するようなら、それを是正させるべく経営方針に対してモノ言う権限がある。
 だから橋下大阪市長は『3.11震災を受けての社会情勢では、原発依存度を下げねば経営に支障をきたす』として、計画的な脱・原発方針を提案していたのだが、これが無視され続けたのである。
 当初は電力供給市場が一社独占状態だったこともありユーザーの足元を見て、関西社会の世論が電気代の負担に音を上げて『止む無しながら原発再稼働に賛成』に向く期待でもしたのだろう。大勢の役員や得体の知れない顧問枠へのカネ流れも止まらなかった。

 だが結果は、世論がなし崩しに言いなりになるどころか『転出できる者の転出、転出できない者の生活逼迫』という頽廃的展開を呼ぶに終わる。そのうち市場が自由化され、今やこの傲慢な最大手を見限ったユーザー相手に、ベンチャー電力会社が次々と新規ビジネスを仕掛けているのが現状だ。

 昨年末、橋下大阪市長はこの電力会社の株の売却を提案したが、大阪市議会は野党の反対多数でこれを否決している。
 その理由だが、『株売却の必要性がわからない』のだそうだ。
 自民・民主・共産は、いつどこで何を言っているのか知らないが、少なくとも大阪では

  『電気代が高くて庶民が困るんなら、早く原発を再稼働させろや。下げてやるからよぉ』

と社会に取引を迫るような電力会社があったとして、そこへの出資をOK判断しているということだろう。その出資金は、困る庶民から集めた税金だという事実を再確認しておきたい。

 私は原発稼働を闇雲に反対する人間ではないが、こと関西については絶対反対である。
 大阪維新政権による改善が進む一方で、まだまだ大阪経済が苦境を強いられ企業転出も押さえ切れない背景には、こんな見苦しい事情もあるのだ。
 まるで大阪維新が経済政策を失敗しているかの如く吹聴してまわる毒饅頭クン、繰り返すうち『わからない』理由がいずれわかってくるのかな?

【408】乱痴気仮装大会の黒字決算書 [ビジネス]

 大阪府知事・市長のW選まで2週間となった。
 まあ5.17の時から現役年齢層の支持率優勢は決まっているし、ここ最近の『維新』の文字がつくトラブルも解りやすく些細な残務・雑務モノだし、現有の応援が弱ることはない。
 後はちゃんと理解できるはず、理解すれば大阪維新を支持するはずの浮動票が、『大阪維新も府市二重行政組も実はそんなに違わない』あたりのデマに惑わされないよう、相違点の正確な解説を頑張るってとこか。

  非効率な大阪行政を抜本的に改質し、黒字行政の基盤を築こうとするのが大阪維新。
  非効率の元凶である府市二重行政を都行政に一本化し、副首都の形で具体化を目指す。

 『日本国行政の黒字化』という課題に対して、大阪都構想による副首都化は手頃な規模の行革トライアル起点であり、同時に十分な規模の起爆剤でもある。
 全国ネット視点ではこんな理解でいいと思う。

 御存知の通り日本社会では、あらゆる建築が原価割れしてまともに建たないと見受ける。
 そうか、いま気付いたが例の横浜の集合住宅は約10年前に建ったというから、基礎打ちが消費税率5→8%アップの3%ぶんを課されたのが原価割れの直接原因という訳ではないのだな。失礼、早とちりしました。
 だが21世紀になってすぐの頃すでに【406】のような厳しい原価低減要求はあったから、その分だけでくだんの集合住宅のようなバクチ施工は珍しくなくなっており、消費税率8%化以降はもっと厳しいことになっていると考えるのが自然だ。なお悪いじゃないか。
 ここから税負担の均等管理をしないまま、消費税率だけまた上げようというのだ。階層構造で成り立っている業界は、全て末端下請け層の業域に地雷を仕込まれる運命にある。

 一般人の生涯最高額の買い物が住宅だという。『不動産』というくらいで、いったん購入すると不具合が発覚してもレシート持って行って良品に交換してもらうという解決はできない。涙流して土下座されようが、高額の補償金をふんだくろうが、散々不愉快な手間がかかった上に出来高勝負の修繕に甘んじる以上の改善策はあり得ず、それ以降は『支払い損の粗悪品』を人生の拠点にするしかないのである。
 気の毒な思い、怖い思いをしている方には厳しくて大変申し訳ないが、乱暴な表現で行く。

 諦めな。社会人の一人にあって、悪政を放置していた責任が降りかかったのだ。
 住んでる家を取払って基礎を掘り返すまでやんないなら、調べるだけ金と時間の無駄だぞ。
 二度目がイヤなら、これを『業界の不始末だった』という顛末で片付けないことだ。
 こっちは諦めずに悪い事を叩き直す努力をしていれば、思わぬ大逆転だってあるかもよ。

 不正や失敗を減らす絶対的な有効解は、仕事を『取り組んで面白く、達成して満足する対象』にすることである。
 端的に、十分な代金を積んで実力のある業者にきちんと依頼すれば、間違いの無い優良物件は普通に建つ。必ず出てくる発生都度対応の計画外トラブルに対しても、関係者一同で知恵を絞り、腕によりをかけて解決策を織り込んでくれる。夜には一杯やりながらその苦労話に花が咲き、そこからまた新たな改善願望や達成意欲が湧き上がってくる。
 こうして適正報酬に満足する仕事は、より人の幸福を充実させる方向で進化していくのだ。

 『カネ儲け=正義』式の経済概念を私が嫌う話は前にしたが、それは生産者が良心の仕込みを楽しむ環境を壊してしまうためである。
 元請け業者は、単に下請け相手にカネ儲けの最適解を探っただけなのかも知れない。下請け業者に無理がかかるのは承知の上だが、その先は任せるから好きに計らえと言い切れば、威力で原価低減の負担を無理強いしたんじゃありませんという言い訳も立つ。
 だが現実解が無いものは無い。
 デフレ経済が怖いのは、低価格志向が効率的生産によるコスト引き下げで叶うものではなく、人さまへの思いやりや誠実さを削って実現されてしまうケースが増えるところにある。低収入で安い物を買うサイクル自体に問題はないが、皆がなけなしのカネの殺伐としたやりくりに追い込まれ、良心と安心の一般大気を期待できない不幸な社会空間が拡がってしまう。これがいけないのだ。

 カネは価値交換の流通媒体としてだけではなく、正当な生産力の定量化媒体であり、更にリスク耐力ひいては人生将来図における希望の定量化媒体でもある。生産力に成果を満足させ、生産力に新規チャレンジの勇気を与えるツールなのだ。
 従って、不可避の公務を最小化して社会一般の自由流通量を最大化し、特に若年層域に生産力とカネの交換を分厚く作り込む。これが活発な経済社会構造の設計コンセプトである。

 どうかすると丸一週間いかれた扮装で秋の夜長を騒ぐほどのエネルギーが、微塵も東京五輪に向かない理由がお解りだろう。言い訳がましい小細工がなされたところで、昭和ダメオヤジ老害帝国のエセ平和企画なんぞ若い興味を惹き付けるワケがない。
 この惨状の打開に間違いなく効くから、私は

  『大阪維新の会』 『おおさか維新の会』 『大阪副首都化』 『大阪都構想』 を応援する。

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