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【537】乱痴気プレイバック幼稚園の留年宣告 [ビジネス]

 特定秘密保護法案の強行採決を嘆いていた過去が懐かしい【318】【319】
 テロ等準備罪の衆院法務委員会、もうあれは民主主義でないというのも躊躇するくらい、文化社会で人が意図的に起こす事態ではない。
 ちょっと前なら幼稚な妨害目的でグズる左巻き野党の反対答弁によるところも悪いという話ができたが、今はもうあの場まるごと『議会制民主主義に不適格な人種しかいない』としか言いようがない。

 ここなんか、たぶん日本全国で毎回3名さんくらいが10秒そこそこで斜め読みして三歩先で忘れ去り、それっきりで宙に消えてオシマイになっているはずだが、それでも

  日本国運営の決定事項に対して攪乱目的の情報を散布し3名構成の組織を立ち上げた。
  これは十数秒にわたり国家転覆を計画した全国規模のテロ準備行為にあたるのでは?

との嫌疑が成立してしまう。
 『合法的に』社会システムを駆使してこの私を特定し、常時ここの更新を含む私の全通信を監視し、きっかけを捉えて、いきなりのタイホで身柄拘束とはいかないまでも、ある日ここの発信停止を命じて過去記録を没収…ぐらいはやれてしまうのではないか。
 裁判沙汰にでもして何年か時間稼ぎで揉む間、上演待ちのダメオヤジ裸劇はさっさとシナリオ通りにやり切ってしまえ、そのあと最終的に無罪放免にすりゃ監視社会だ権力乱用だ人権侵害だという指摘も、のらりくらりとかわしてフェードアウトさせられるだろうと。

 いかにも大袈裟で恣意的な想定をひとり勝手に拡げて大義を主張する、いやらしい妨害目的の常套論法なので、自分でやってて虫唾が走りまくっているのだけれど、コトこの場に限っては吐き気と戦いながら想定事例を提示するしかない。
 要はこれさえ決まれば、いつでもダメオヤジ様式のやりクチが伝家の宝刀を抜けるワケだ。

 私の与り知らぬどこかで、私をあげつらって『コイツは一般人じゃない、テロを企てる危険人物の可能性がある』との判定が下され、上記の通り一方的な対処を強行されてしまうケースについて、結局のところ『それってあり得るよ』の含みを残したまま解釈の明確化が放棄され採決が強行されているのだ。
 おしゃぶりが似合いそうな顔つきの脳足りん法務大臣は、勢いだけで『一般人は対象にならない』と口だけデマカセで回答したものの、直後に身内に『一般人も対象になり得る』とひっくり返されている。
 これでは社会全体で遵守するルールとして隅々まで運用意識を共有できず、つまりは法治社会組織の行動規範として機能しない。

 五輪準備やマイナンバーカード、軽減税率なんかは皆が無視すれば、コトが頓挫して済んだ。だがテロ等準備罪においては、無視しようにも行使する側が一方的に合法性を主張するだけで、どこの誰相手にでも監視や拘束の制圧がかけられるというロジックになっている。非常に危険だと思う。
 自分都合で嘘をつき、私利私欲の不正に手を染め、暴かれ問い質され真直ぐ答えずに他の話題を次々放って誤魔化すような劣悪な人種に、横暴を許す法的根拠を与えようというのだ。
 これを自分の権力としてやりたいヤツ以外の全員が猛反対するのは当然であり、こんなもの30時間かけようが3万時間かけようが、永遠に合意になんか到達しない。

 『もういいでしょう』じゃねえだろうが、この卑怯者!

 この硬直の構図においては、『社会を破滅させる悪いコト=テロだけを網にかける』ゲートロジックを提示しなければ、思考検討が進まないのだ。これに準じて『誰が誰に対しても、自分都合のテロ性を訴えて濡れ衣を着せるようなマネはしない、できない』を保証するところまでやって初めて、それで十分か、抜け洩れや行き過ぎはないかの議論に移ることができる。
 いま起こっているのは民主主義社会が民主主義を維持しようとするがゆえの抵抗であり、そこに抵触するような法案を起案し、審議し、議決しようというなら、このあたり徹底的の正々堂々で進める義務があるだろう。

 国際的なスタンスでテロ行為を防止したい意図は理解できる。だが日本社会の中で、このルールに則って人間の行動を規制するにあたり、規制する側に立ち得る人間の質が悪すぎるのだ。
 『きちんと悪いコトだけ捕まえますよ』という、然るべき公開プログラムで判定を下すAIくんに任せるなら別に構わないんだけどな。常識感覚に合わない事例が発生したら、全面開示の仕様検討でプログラム修正をかければ良い。

 AIというと、社会を交錯する情報コミュニケーションの中で、人間と等価に機能するコンピューターを思い描くのが普通だと思う。数あまたのヒト型ロボットくんはもとより、ナイトライダーのトランザムを操るKITT、銀河鉄道999の機関車くんあたりが代表的な例だろう。

 彼等は悪いコトをしない。恐らく、善意と正義の作動プログラムに忠実だという設定である。
 人間は悪いコトをする。表向きには、善意と正義の行動規範をさんざん吹聴するクセに。

 シンギュラリティというと、AIの理性的作動が人間のそれの枠外に飛び出す現象、つまり人間以外のところで何かが起こるような概念で語られる。
 だがこれを論理的に把握し、発展性のある対処を考えるにあたっては、『人の心の神秘性』を隠れ蓑にいちいち表裏を使い分けてエゴに走るような人間の面倒くさいボロさを、まず自己責任で解決しておかねばならないのではなかろうか。

 人工知能の発達に先立って、人間への要求値の変革としてシンギュラリティはもう始まっている。目的意識をもって人間の質を整備し、新しい感覚を持つ次の世代に存分な力と自由を与えてやらないと、我々人間の社会はAIの時代に向き合えない。
 若者たち、悪い大人にテロ扱いされんなよ。
 そして確実に、バカな大人どもを殴り倒せ。
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