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【531】柔らかプラン、いつもの明日また明日 [ビジネス]

 もう少し、予動としての未来イメージの話を。
 この未来イメージ、必ずしも構成の詳細まで明確である必要はなく、時として精度も相当いい加減で大丈夫な場合が珍しくない。
 だからといって最初から確信犯の夢見ユルユル青写真ではどうしようもなく、要は『本人がその気になって、その予動から自然な動作を楽しく引き出せればオッケー』ということだ。

 いざやり始めてみたら予想とえらく違っていて、動作中に次々と方針変更が必要になるのは珍しくない。よって、ただの追及力不足になってしまわない限り、舵と加減速はいつでも自由自在にしておくのがよろしい。詰めてもしょうがない計画値まで唸って無理に詰め、実態が違ってきているのにその計画値にこだわっていても、負担が増して生産性が落ちるばかりだ。
 寿司屋を志して始めたが問題噴出、無我夢中で手を打ち続け、気付いてみたら大評判の洋食屋という成功事例は、何よりまずそれを許す柔軟性あってのことである。

 未来を先読みしてマジメにユルく意識する事前思考法は、このあたりを解ってうまく役立てたいものだ。
 計画立案に深く悩まず実績のなりゆきを重荷にしないタイプは、このさじ加減が上手いような気がする。少々の読み外しに構えの重心を持って行かれない技量と体力を備えたら、それを正確に自覚して、適宜未来イメージに融通を利かせて精度の追及をすっぱり切り上げるのだ。
 職場の精度予測の固定観念にとらわれて闇雲な過負荷計画に陥っている兆候を感じたら【117】、このコンセプトを敢えて強調しての再検討をお勧めしたい。

 何事も山あり谷あり、真珠を養殖する途中で波打ち際に格子沈めて貝を撒くステップがあるんなら【510】、それを確実に履行しないと先は無い。おのれの制御のまだ及ばない原始的な検討段階では、収穫成果は自然の確率に翻弄され増減するから、そのされるがままを見て考えて、手を打つトライアル工程が必ず発生する。末永くやりたいなら背水の陣は避け、この時間は大急ぎにしても必要ぶん丁寧にかけねばなるまい。
 万が一通りがかりに真珠の山に出遭っても、今日も安心して白御飯におしんこと味噌汁で食事ができるなら、浮足立たず浜辺の格子をメンテして、おっと高価な落し物の届けは出しておこうか、あとは帰っていつもの飯を機嫌よく食っとけばよかろう。
 良いメシを食うのは、いずれ最初の真珠一粒が採れた時のお祝いにして機会を待ってもバチは当たるまい。

 ひとつ採れたら、みっつを狙う。みっつ採れたら、5個を狙う。5個採れたら、次は10個だ。
 5年後に毎年10個が安定して手に入れば、継時劣化による市場のターンオーバー需要と十分釣り合うから、まずコイツが第一次至上目標でいくか…みたいな双六式のチャレンジがやり易いと思う。

 もっとも、ある日まったく劣化せず初期品質も天然と見分けがつかないような人造素材の真珠が開発されたりしたら、今度はこだわらず一気にコンピュータープログラマーにでも目標を鞍替えするんだろうな。
 今の時代、本筋の邪魔にならないなら、普段から他流オプションの準備に気を遣っておいて間違いは無い。抗えぬ時代の変遷に肩落としていても良いコト無いワケで。

 ところで、私の家系がハワイ入植の歴史を持つという話はした【355】
 当時すでにタイタニック級・全長200m超の大型船が就航しており、一応は安心サイズの外洋船があったものと思われるが、それでも電子航行機器なんか無かったはずで、改めて世界地図を眺めると、よくそれで広島から太平洋上のハワイ諸島にまでちゃんと行き着けたなと感心することしきりである。
 ちゃんと着いたとして、今度はいつカッチリ帰国するという計画が成り立っていたとも思えず、みんな見た事も無い渡航先ハワイで永住の可能性を随分と計算に入れ腹を括っていたのではなかろうか。事実ウチの祖先はあっちで何人か土に帰っちまって、墓参りにも行けないし。

 思うに、当時の世界観で桁外れに見当のつかない未来の振幅めがけて、長年なじみ切った自国の岸壁から漕ぎ出す瞬間があったはずなのだ。
 よほど国内の生活が困窮して行き詰まり、飛び出すしかなかったのか。
 『常夏の天国』とでも国政にそそのかされて、ついその気になったのか。
 でも胸躍って楽しかったろうな。ちょっと羨ましい。
 ハワイ着岸、そして初上陸の第一歩はどんな感触だったのだろうか。

 いま同じ気分を味わおうとしたら、出て行く先は宇宙になるのかも知れない。
 今の時代の特権だろう。若者たち、やってみたまえ!

 …とここまで焚き付けて注意を一点。
 この大まか極まる出たとこ勝負の未来絵図に飛び込むには、何よりもまず健康優良児でありたい。調子を崩したらオワリだとまでは言わないが、不本意のリミッターが効いている姿が自分でよく見える景色というのは、本当に悔しくもどかしいもんだ。この数年で思い知った。

 自分の学生時代を振り返って、テレビ・ラジオなどの深夜文化が元気だった時代とはいえ、いい子ちゃんの健康タイムスケジュールに喧嘩を売るかのように就寝時刻は午前3時過ぎが当たり前であった。もうちょっとトシ喰って、『健康が会話のネタになるともう年寄りだ』という定番の自虐基準もあったっけ。
 私の目に付く昨今の若い人には、この手の意味不明の反骨精神は目立たないような気もするのだが、実際のところどうなのだろう?

 いいから寝食は正常に確保、日頃を大事にしなさいって。おっさん悪いコト言わないからさ。
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