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【528】鉄ちゃん流イノベ日本史 [ビジネス]

 『脱デフレは大いなるイリュージョンだった』と流通大手イオンが値下げ路線への転換を表明、大手コンビニもすぐに続いた。日本経済の日常消費に最も身近な業界が、ダメノミクスの裸踊りに決別を宣言した訳だ。
 良心的に賃上げ率先をデモったのもこの業界であったことが思い出される。政策の少々のアラには目をつぶってでも、世のため皆のため好景気のためを優先して、『ウチはやる、みんなで頑張ろうぜ!』と調子を合わせてくれた、その業界に愛想を尽かされたってことだ。

 ハイお疲れさまでした、正解でしょ。前回も今回も、その公共心に敬意を表する。
 何しろ景気好転の一助となる心意気で物価上昇の一端を引き受けて、仮に実績らしきものが見えてしまっていたらその途端、『ほ~ら好景気だもんね、軽減税率やっていいんだもんね~』とばかりに、その貴重な努力代は超巨大無駄公務・一大利権帝国発足の引き金にされていた。実に、そのために毎年こっそりと奇妙な予算がつけられている【443】【514】
 誠実に頑張った成果の無残な行方を前に、バカを見てオシマイになる結末だったワケで。

 繰り返すが、仮に物価上昇や賃上げの見通しがついたらついたで、その実行に先立っては軽減税率の完全撲滅が必須条件である。
 あ、もちろんだが『消費税率の再引き上げには軽減税率導入がセット』なんて話は、まだ検討の段階からして微塵も始まっていないことを確認しておこう。
 『もし万が一、上記の予算が軽減税率の強行導入の準備につながるようなことでもあったら』のハナシだが、その時は『日本国民の経済意識を裏切る国家的詐欺』と表現しておかしくない進め方だと思う。
 利権外の一般国民で、これをやった方が【435】有難いという奇特な人間はどこにいる?

 さて、昔の常識なら空前の商売繁盛で、飛ぶ鳥をも落とす勢いだったはずの運送業界だが、この時代にあっては低価格・高サービスが度を越した結果の過剰繁忙であり、苛烈な現場事情に大幅な業態是正がなされたのは御存知の通りだ。
 踏切で電気機関車『桃太郎』に引かれるコンテナ列車の通過を待ちながら、今このコンテナで移動するのはどんな種類の貨物なのだろうと、ふと考えた。
 実は、この日本国において、かつて日取りを決めて輸送を一旦停止し、全ての鉄道車輌の連結器を一斉交換した歴史があるのだ。まずまず有名な話だから御存知の方も多いかな。

 古くは、鉄道車輌たちはみな『ねじ式連結器』でつなげられていた。
 ぶっちゃけネックレスの繋ぎ環みたいなもので、要は輪っかにカギをひっかける形式である。ただこれだと引張り方向はともかく、突き当て方向に力を受けると車輌同士がガチャガチャ衝突してしまい、うるさいし壊れる。
 だからなのだが、ほら欧州の鉄道なんかで連結器の左右両側に円筒みたいなのが1本ずつ伸びてたりするではないですか。あれにはバネが仕込まれており、押し込まれながらつながって、連結した相手車輌とお互い突張り合う仕掛けになっている。こうして連結器の繋ぎ環については、常に引張り状態に保つのである。

 では問題。輪っかと輪っか、カギとカギが出遭ってしまったらどうするのか?

 驚くなかれ、ベタにいちいち取り外してつけ直すのである。
 …え?鉄道の連結器って何キロあるんだ?と思うその感覚は正しく、実際タイヘンに時間がかかる線路上の危険な作業で、事故も死傷者も多かったという。

 ところで我々昭和世代が連結器といえば、片手を反転させ、両手で互いの指を掛け合い握り合う動作で真似るのが一般的だと思う。
 この形式を『自動連結器』と呼び、昭和40年代まではそこらの電車まで含めて、鉄道の連結器といえば基本全部がこれであった。引張り・突き当て両方向の荷重をこれ一本で受けとめることができ、輪っかとカギの区別もない。よって作業員が線路に降りる必要もなくなり事故も防げる優れモノである。
 人間の手と違って鋼鉄のマジックハンドが握り合うので、実は少しだが連結した時にガタを持っており、故に機関車が貨物列車を引いて発進する場合など、機関車にとっては貨車を1輌ずつ引き出すことになるので一気に牽引負荷がかからない。自動連結器は良いことずくめだったのである。

 そこで、と言ってしまうだけならホントに簡単だが、とにかく統計上『年間で一番輸送の需要が少ない日』を選んで鉄道を一日止め、ねじ式連結器から自動連結器に一斉交換したのである。
 今ちょっと調べてみたら1925年(大正14年)のこと、本州は7月17日、九州は7月20日と異なる日取りだったそうだ。もちろん車輌総数もまだ少なかったのだろうが、それにしても自動車や飛行機の輸送力が無かった時代によく思い切ったものだと感心する。
 その日は日本社会にとって、どんな一日だったのだろうか。連結器を交換する現場以外は、『今日は汽車が動かんからねえ』程度で済んでしまったような気もするが、なんかこういうの一度やってみたい気もするなあ。

 就職して割と早々の頃、『以前に自分たちでやったことを否定するのもおかしな話だから』という論法をたびたび耳にして不思議に思った。それでは過ちが正せないし、進歩もできないじゃないの。
 しかしすぐに理由が理解できてしまう。大きな開発組織で分業体制を採ると、物事を進めるのに大勢相手のある調整が動くことになるため、見解の転換が自分一人だけのことでなくなるのである。
 大勢に手間を発生させ面倒がられるし、全員にきちんと改変のコンセプトとその周辺事情を理解してもらわないと、始末に悪い新規トラブルだって散発する。

 なるほど~、だから過去を否定するのはやめとくのが良いんですね、ではない。
 そうなってしまうからこそ力不足は旧態依然に陥りがち、と理解するのが正しい。

 次が画期的なら、連結する相手や周辺まで巻き込んで、腕ずくで交換していくんだよ。
 今も貨物列車で現役の自動連結器が見れるはずだ。このゴールデン・ウィークのお手軽課題にしてみてはいかがだろうか。
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