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【643】楽しみ失くした人生の終活偽証罪 [ビジネス]

 今週になって明確に睡眠のパターンが変わった。まずはその備忘録から。
 寝付いて2~3時間だろうか、草木も眠る丑三つ時に必ず目が覚めてしまう。夢は見ない。
 そこから再び眠りたいのに薄明るくなる頃まで入眠できず、恐らくはそこからの2~3時間に数日跨ぎの長編の夢を見る眠りに落ちている。
 眠れぬ中抜けの時間帯は『身体が全く眠ろうとしない』状態であり、実はこれまでにも何度か体験している。その時は実に丸一夜、朝まで入眠が叶わなかった。

 ここはひとつ『身体各部にもローカル記憶機能』仮説【635】に従い仰向け安静にして観察していると、やはり脊椎の芯、両肩関節、股関節などに次々とデフラグらしき速い振動を感じる。何らかの理由により、アタマは敢えて起動しておいて、ローカル記憶機能の方を睡眠デフラグ処理する工程になっているのではないだろうか。睡眠は脳だけの特権ではないことになる。
 ここしばらく睡眠中の体内が静かだったのに、この睡眠パターンになってから再び賑やかになってきたと感じる。どうやら身体にはやることがあるので、『眠れないから』と未明に起き出したりしない方が良さそうだ。
 ここへ来て主に関節の内側なんかが繰り返し荒れるから、一気通貫のローカル記憶更新期間なのかも知れない。なお再入眠後の長編の夢は、目覚めた直後に思い出せるものの、その記憶は比較的薄く短いものだ。

 順番が前後するが、ちょっと厄介なのは最初の入眠時だろうか。
 子供の頃、友達の脇腹を手刀で突つくなり、くにっと揉むなりしてイタズラした経験は誰しもあると思う。そう、やられた方はその特有の激しいくすぐったさに思わず身をよじることになる。
 何故か、あの感覚が身体の筋肉一本一本を襲うのだ。せいぜい数分程度だろうとは思うのだが、気持ちよく眠りかけては思わぬ所に『づくっ』と来るので迷惑千万、かなり腹立たしい。まあ不眠症にもなっていないし当面はそのまま放ってあるワケだが、この珍症状に種明かしの日は訪れるのだろうか。

 いっぽう覚醒中も明らかに離脱フェーズの進展があり、無機的にどんどん行動を切り換えていくプログラムが断続的に発動するようになった。
 電子メールを読もうとして、どうにも冷静に読めないので一旦諦め、音声をアップしてテレビ画面を見る。だが僅か数秒~十数秒でそうもしていられないような気がして、PCで電子新聞の記事を開いてみる。
 当然というか、見出し直下の1~2行まで目に入ったところで躓いて読み進めず、遂に横に置いてあった旅行会社パンフの短くユルい紀行記事に目を落としてみる。
 これがやっぱりダメでテレビに逆戻りし、PCディスプレイ、パンフレットとぐるぐる順巡りをしてしまい、だからって堂々巡りを絶ち切るため立ち上がってイレギュラーな飲食を始めたりすると体を壊すだろうし、仕方なくその場で目を閉じて感覚入力を抑えるうち元通りに収まる…とまあ、こちらも賑やかなことになってしまった。 再発までの期間も分単位の短いもので、寝ても覚めても身体が何らかの展開を急いでいると感じられてならない。因みに耳はまだ治っていないので、その影響があると思う。
 いいさ、完全断薬で後戻りの原因は根絶してある。存分に急いでもらおうじゃないの。

 とにかく現状がダメなら、ダメな原因をキャンセル処置して次に進まないと建設的な将来は望めない。労力と時間が必要ならかけるしかないし、それで消耗しても死にさえしなければ良く、そこから巻き返しが可能だ。だからそうしている。
 そのうち私は本来の稼働力を取り戻すことになるだろう。その経過観察から、人間や組織体のパワー復調を呼び込む生命の掟を読み取れないものかと狙っている。

 一般論的に『そこにいるだけで嬉しい楽しい』組織生命体とは【640】、人間個人スケールならば『食って寝て生きているだけで、とりあえず愉快でいられるハッピー野郎』なんじゃないだろうか。早い話が『保証すべきはまず健康、さらに目指すは絶好調』が基本要件であり、かつてのように『健康が話題になり始めたらもう若くない』などと吐き捨てていては、組織をなして生き残れない時代なのである。
 こういう明朗快活な個人が何かを始めようとする時、生物の自然な共通プログラムとして、生産性のある組織の自然でスムーズで合理的な要所作動を担って、強力な仲間意識を発動するのではないだろうか【630】
 裏返せば、食って寝て生きているだけでは不満足な人間が過半数いるから、今日の日本国は『そこにいるだけで嬉しい楽しい』組織でなくなっているのだ。

 例によって結論から行くと、『老衰により体力を失い、単純に食って寝て生きているだけの自分に満足できなくなっているヤツが増え過ぎた』というのが高齢化ニッポンに突き付けられた厳しい局面だと思う。
 だから日本社会のあちこちで、カネや地位などの人工価値に執着する傾向が目立ち、同じ老衰価値観の似た者同士で卑しい犯罪者組織を構築し、そのウチワのトクのために隠蔽でも不正でも何でもやるような群ればかりが目に付く事態に陥ったのではなかろうか。
 組織認知症は『無駄に延命された老衰個体が、人工価値を得て、文明社会組織の癌細胞として組織化し増殖する』とする定義が成り立つと思っている。未来ある社会本体からは速やかに切除・隔離して、実害のない善後策を模索させてやるのが適切な措置となろう。

 日本国においては、憲法のもと国民全員が平等な立場にある。発言権も等価だ。
 だが1億2千万人が直接一堂に会して意見をぶつけあい妥当解を決めるのは現実的でないから、選挙で代表者を一定数選出し、そいつらに隈なく国家組織の意図を反映してもらうことにし、国家運営の意思決定を任せる。御存知これが議会制民主主義の原理である。
 ところがこの現状はどうだ。
 日本社会組織の意図を反映するどころか、この犯罪者政権が違法行為を犯して情報の捏造と隠蔽をやっており、現時点で暴かれた件については事実関係の不整合をとぼけっ放しのまま今日がある。
 ボケ老人犯罪者集団の大ウソを議案にした国会で何か議決したら、近代国家組織としてオシマイだよ。認知症のガイキチ人治国家に半島や大陸を指して批判する権利は無い。嘆かわしいことである。

 今週末どんな結果であれ、日本社会の自我の認識とその後の反応は相応に付いてくる。
 日本国組織の良識ある生存本能の代表者として応援する。徹底して頑張れ、野党たち!
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【642】不思議の国のガイキチ職種 [ビジネス]

 現状ペースはウィークデーまとめと週末まとめのつもりなのだが、酔払っての更新はやらない主義なので、たまにはこんな時刻に。

 DNAが紡いだ本能は手強い。さしもの私も逆らう方策をまだ見つけられずにいる。
 背後の気配察知機能による思考作業の難しさのことだ。貴重な体験ではあるのだが【640】
 何か思いつけないもんかなあ。試せることは全て試しておかないと後悔しそうだし。

 『津波てんでんこ=何も考えず全てを放り出し、自助に賭けて個人単位で避難しなさい』の教えは、組織生命体としての津波来襲地域がDNAに紡いだ生命の掟なんだろうな。
 実際、311東日本大震災の被災調査のデータ分析では、高齢者や障害者などの介助のため避難が遅れて、介助する・されるの双方が犠牲になったケースが散見され、計算上は『見捨てて逃げた方が生存率は高かった』という結果になるのだという。
 数年前の311震災被害の追悼式で若いお嬢さんが、瓦礫の下敷きになったお母さんにお別れを言って避難した時の体験を語っておられた。ただ聞いただけの私が、いま思い出しても心臓を握りつぶされるかの圧迫感を覚える重い決断である。
 若さは強さ、生命の掟により彼女は生存競争を勝ち残り、その情報を日本国に展開した。

 ある程度知っていたつもりながら今年の311追悼番組で少々驚いたのは、三陸海岸に長々と建設された防潮堤の映像である。僅かに防潮堤が切れている海岸の集落は、防潮堤の建設か高台への移住かの選択を突き付けられ、海のある生活を続けるため負担を呑んで高台移住を選んだのだという。
 つまり、その選択を突き付ける先の住民がいない海岸線、高台移住の負担を負えない住民しかいない海岸線については、全て防潮堤を作ってしまっている訳だ、税金仕事で。
 一目みりゃ判るよ、そりゃ世のセメント屋は大儲けだろうな。ま、そういうことだ。

 ただ大儲けも何も、日本の国家財務は普通なら返済が絶望的とさえ思える天文学的負債を積み上げている上に、こないだ毎年の財務を黒字化するプライマリーバランス健全化も放棄を宣言している。
 三陸海岸が再び津波に襲われる日はいつか訪れるはずだが、もちろんその時期も規模も、誰にも予測はできない。
 一体どんな費用対効果の算出根拠のもと、どこで意思決定されこの防潮堤は建造されたのだろうか?
 細かいハナシはともかく、今なら私を含め国民の多くが『大体どこでどんなことになっていそうか』の見当がつくようになっているのではないかと思う。政権の移り変わりを跨いで原因があるところに注目。

 まあこんなことをしてセメント屋を金ヅルに囲い込む以上は、セメント屋を権力ポストに置いたまま、周囲の誰も逆らえないという力関係が組み上がってしまうのだが、これが昨今なかなか興味深いことになって来たと見受ける。
 まず従来ちゃんと考えずに国民が受け入れてしまっていた『日本の政治なんてこんなもの』の常識を捨てて我に返れば、元々セメント屋が閣僚どころかコンビニのバイトも任せられない知能レベルであることはすぐ判る【614】
 でも脳みそは他に用意するとして、セメント屋には公共の場面で紙に書いたメモだけ朗読させオシマイにしておけば、見かけ上の政権運営組織は成立すると。
 それがここへ来て御覧の通り組織認知症が想定外に進行してしまい、『メモの朗読だけ』すら不可能になり、制御不能で気が狂った自爆発信を乱発するようになってしまった。

 被災地の仲間たちを苦しめて無理無謀な超巨大公共事業を自分ら都合にでっち上げ、金ヅルの傀儡重役だけ置いて資金を吸い上げるような悪辣なやり方に、まともにバチが当たった形だ。
 そうか、組織認知症で犯罪を繰り返す老衰組織は、いずれ徐々に進行していって、おのれの認知症で直接おのれを突き刺し始めるのだ。なるほどね、神さまは見ていた。

 ここで何度も解説しているように、カネというのは人間同士の約束事・信用に基づいて価値媒体として流通する。つまり『きちんと皆で仲良く便利できるツールにしようね』という相互信頼のメンテを、社会の全員が怠ってはならない。
 運用を間違えたなら、正攻法で損失を埋める。そこを管理できないと日本円の仕組みは崩壊する。

 本来ならもっと本格的にやりたいのがカジノ=IR法案によるカネ儲けだ。
 そりゃ賭博とは生産活動と縁の無い刹那消費であり、ある種の堕落感が漂うのは認める。だが一定数の人間が『大当たりの確率に賭けた浪費』に娯楽性を覚えるのも事実であり、だからこそ今日の人類文明において、ただの破滅的・退廃的文化ではない『カネ集めの方策』として認識されており、その効果は国際社会で実証もされている。
 世界に他例を見ない額の負債を積み上げた日本国財務は、何よりまず相当のことをやらないと正常化できないのだ。ここに腹を括れば、入場制限がどうの、ギャンブル依存がどうの、そんなことは二の次三の次で結構、何かあったら発生都度対応するとして、悩む前にやってみる決断こそが国務となろう。
 『賭け事は悪いコト』という良識フレーズを見境なく唱えたがる人種は、それもまた言語文化ならではの概念であることに気付くべきだ。
 国家財務という巨大生物の生命維持に緊急で大量の輸血が必要なら、最初に敷居の低いIRを準備し、発生都度の対処療法のため優れた医者を確保するのが得策である。

 ラスベガスが入場料なんか取るかよ?だから連休前のロスから大挙して客が押し寄せ大渋滞を作り、あの砂漠に輝く不夜城のウキウキワクワクの大繁栄があるのだ。
 正直このあたりは野党たちには冷静に考えて欲しかったりもするんだが、ともかく今は狂った犯罪者政権の制止をお願いするとしよう。
 ガイキチは帽子屋だけで十分、セメント屋は要らない。引き続き頼む、野党たち!
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【641】正しいトリ文法vs狂った霞が関文法 [ビジネス]

 耳について考えていて、もうひとつだけ思い出したので、鳥のハナシから。
 ウチにいたセキセイは人間の耳の位置・形・機能を正確に理解しており、肩に乗ると長髪にしていた私の髪を片足で一束鷲掴みにしてちょいと横へ分け、盛んに耳の穴に向かって世間話をしてくれたものである。
  『ひいよ~ぎょいよぎょいよ、い~よいよ。うい~ぎよぎよぎよ、くわ、くわ、くわ♪』
 日本語で生活する私にとって意味をなす音声ではないワケだが、まあヤツに話したいことがあって、好意的に私に向かってそれを伝えてくれているのはよく解る。目的達成である。

 例えば誰かに興味本位で取り上げられてしまったカードを、持ち主の人間が返却して欲しいと思った時、人間は自然な一連の動作として相手を見つめ、『お願い、そのカードは返して頂戴』と言葉を発する。
 カラス相手に日本語が通じる可能性に賭けて話しかけるのではなく、現実を前に日本人がある要求を訴えるとき発信する一般コミュニケーション動作として、正直に日本語で会話を持ちかけるのだ。
 『カラスがくわえたカードを持ち主の人間に返却するという現実』を巻き起こすために。

 こういったシーンで、人間同士・日本語人種同士において、圧倒的に情報密度が濃く伝達精度が上がるので、言語文明というのは知的に高度な交信が可能となり便利なのだ。
 言語文明の原理的な存在意義とはこんなものだろう。現実に向かって、放たれる言語情報の内容は整合し収束していく。

 この苦節のヤク離脱期間中、私は断続的に、自分にさえ滑稽とも映るような意味不明の行動をしたくなる動機にかられることがあった。道路のこっち側の歩道を普通に進めば家に帰れるのに、何故か道路の反対側に渡って、進んだ先でまたこっち側に戻ってくるとか。まあそれで気は済むんですけどね。
 違法行為にでもならない限り、実験として私自身が何をしたがるのかに任せて観察を続けてきた訳だが、そうするうち生命の本質的構造と作動原理、それらが淘汰の歴史を経て研ぎ澄ませた本能に気が付いたのである。
 あ、先に弁明しておくと、違法行為の欲望は一度も体験していないので、よろしく。

 さてこの挙動不審ぶりを道端でお巡りさんが見つけ、私に職務質問したとしたらどうなったろうか?そりゃヤク中なのは間違いないんだし、あれやこれやが尋常ではなく、タイミングが悪ければいきなりの不自然な紅潮や大量の発汗という怪し過ぎるオマケもつく。

 ハイ結論。ありのままを説明するだけだ。何なら家まで来てもらってガサ入れてもらう。
 最終的にせいぜい『お大事に』とは言ってもらえるにしても、私の手が後ろに回ることは絶対ない。

 どれだけ奇妙に見える行きがかりでも、現実は現実で、真実としてそうなっているのだからしょうがない。私の発する言語情報はこの世にある全ての物証を従えて、ただステロイド離脱5年半の経過時点を裏付けるのみ、それ以上もそれ以下も無い。
 現実に対する言語情報の位置づけって、やっぱりこうなんじゃないか。ええ?日本国よ。

 ところで人間が言語情報を持っていなかったら、『回り道』『挙動不審』の概念はあり得るのだろうか?
 答はNOだ。いま私は文明社会が人工的な情報として設定する価値観において『回り道という非効率な経路を歩くという、不審な挙動を示すヤツ』となった反面、耳に感覚トラブルを抱えた生物の行動としては極く自然だと言える。
 私はこれら双方の世界を激しく往復しているので意識できるのだが、こんなことにでもならないと、そうそうは思いつかない概念だ。40億年といわれる生命の歴史において、生存確率を上げるような一定の反応プログラムが競争を勝ち抜いてきて、それらのプログラム作動はわざわざ記憶に残らない道を選んだのではないだろうか。だって生き残っちゃえば勝ちで、もう次の瞬間から新規記憶ビットはひとつでも多く空けて用意しておきたいから、生存競争に不要な想い出は引きずらないDNAが紡がれているのだ【637】
 個人も組織も、生命の掟に従いながら自分自身で決断していると勘違いして生きている。

 『そこにいるだけで嬉しい楽しい』と理屈抜きに直感できる組織の空気、これこそが、生命の掟が遵守されている時に、組織員に知覚される物理現象なのだと思う。
 そうか、これも私の経験則なのだが、職場風土管理において『仲間意識を破壊する内容の情報発信』はキルスイッチの緊急制止が必要な重大事件であり、それが真実であろうが虚偽であろうが、イチもニもなくまず消さないと組織体構造が崩壊する。元々生物が仲間意識をもって交信し、組織生命力を得ようとするものであるからには【630】、このあたりが組織生命の掟になって然るべきなのだろう。
 いっぽう沈んだメンバーを抱えて元気を失くしている集団には、弱っているヤツを狙って捕まえ面白い発信をさせて皆がそれを気にするように仕向けるのだが、確かにこれが成功して効いた時というのは、組織生命の火が入ったと表現するに値する。う~ん、うまく方法論化できないかなあ。

 ま、ハエハエ・カカカも高度文明社会も、みんな46億年勝ち残って今がありますからね。
 いま地球上の全生物のうちで日本人ぐらいのもんだよ、認知症で気が狂ったボケ老人支配の決め事やって、あからさまにそれと判りつつ自滅しようとしてるのは。みっともないハナシである。

 法案の論拠になるデータの2割が間違っていたのなら、仮にその2割丸々を削除して原案と矛盾が出なかったとしても情報は不足しているはずだから、一度はひっこめて不足部分を検証し、全体像まで含めて精査し直した上で次回に審議するのが常識だろう。だいたい2割削って結論が変わらないなら、その2割は無意味な無駄公務が行われていたことになる。それはそれで問題だろう。
 国民としては、論拠欠損による法案内容の不備を避けるため、慎重に次回送りにできない理由が知りたい。現状案ママなら、検討に余計な時間など割かず一発廃案とするのが正しい判断だ。

 こんな議論をしていて、『日本人として日本国で暮らせるだけで嬉しい楽しい』のか?認知症で生存本能が壊れ、気が狂ったボケ老人の不正情報は全て削除して欲しい。
 ダメなものを急ぐ意味なんか無い、これが国民の意志だ、応援するので頼む野党たち!
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【640】うしろのヤク野郎 [ビジネス]

 本筋は違う話題にするつもりなのだが、この機会を逃すと次がなかなか無いと思うので、鳥の認知能力について、今のうちにもう少しだけ。
 鳥は飼われていなくても日頃見かける人間は覚えており、さらにその周辺の人間関係を察知して、初対面の人間でもどんな奴なのか理解する。というか、我々人間もそうするではないですか。

 大きな畑の一角に10軒ほど並んで建てられた賃貸戸建のひとつを借りて住んでいたことがある。たまたま私の借りている家の軒先で、大家さんちの奥さんと立ち話していた時のこと。
 ハクセキレイが一羽舞い降りて、我々の顔を見ながら盛んに周囲を歩き回るのだ。
 それを見て大家さんがおっしゃるには『今はおせんべ無いよ。また後であげるから♪』

 大家さんの御屋敷は他の貸家を挟んで50メートルほど離れた位置に建っており、その真横に農作物仕出し用の8畳ほどの東屋があった。寒い季節以外は、奥さんとお爺ちゃんお婆ちゃんの3人で、いつも掃出し戸を開け放って野菜やイチゴの箱詰めなんかをやっていたものである。
 ここにセキレイくんが遊びに来て、いつもおやつを分けてもらっていたという訳だ。鳥は目が良いので、近くを飛んでいて私と話している大家さんを見つけ、愛想を振り撒きに立ち寄ったのだろう。
 田畑のある地域では、基本的に小鳥は害獣扱いされ追い払われる身である。よって、ハトやスズメも都会暮らしの連中より警戒心が強く、人間が近づくと倍ぐらい距離のあるうちに飛び立ってしまう。ところがこの一件以来、私の顔を見知ったセキレイくんは、私一人で家周りの雑草引きをやっている時にも寄ってくるようになった。
 後は会えば挨拶して、たまに軒先ではビール開けつつおやつに付き合ってもらうとか。

 まあそんなこんなで鳥のハナシを終えるとして、鳥の次は人間のハナシをしよう。
 まだ寒いうちに心電図を取った時の記録を今ごろ整理用の一元管理表に書き写していたところ、『完全右脚ブロック』の表記に気が付いた。そう言えば『今まで指摘されたことあります?』とも訊かれたっけ。もちろん初めての経験である。

 ハートマークを描いて、タテヨコに棒線を引いて四分割しよう。上ふたつが心房、下ふたつが心室だ。このうち右心室の収縮を担うのが『右脚』であり、文字通りの立って歩く脚のことではない。
 当時この右心室収縮機能を失っていた私の心電図に、それが顕れていたのである。あーなるほどと血圧を見ると、やはりこの時は上が二桁しかない。まあ心臓が減圧されるような体感は時々あったから【630】、ちょうど心電図測定のタイミングとぴたり一致したか。
 人体を球体近似し表面側から代謝が進行するというイメージ【381】、今回も含めて当面のところ妥当な概念モデルだと思っている。これに人体の機能構造マップを照合しながら検証していけば、ステロイド離脱過程をロジカルに理解・推測しながら、計画的に生活ペースの戦略を立てながら進められると思う。離脱成功の勝率が随分と向上するはずだ。

 徐々にでも各部の離脱症状が引き算されていき、そこそこ白紙を背景に耳がいつも何かやっているのを観察する雰囲気になってきて、今になって改めて意識されるのが耳の機能体系である。ただの聴覚器官ではなく、搖動・振動で捉える物理的環境の統合把握センサーだと述べた【633】
 鼓膜の入力が音になって聞こえ、三半規管の入力が身体の姿勢変化を感じ取り、そしてそれ以外に後頭部から両肩にかけて生ずる全感覚も耳に届くため大きく心境に影響を及ぼす。生物の危険察知センサーは、背後上空に感度が高くなっているのを感じる。

 いま私は後頭部・首周り・肩周りに離脱過程に伴う炎症を抱えているため、つまり常に『背後で何かある』という入力が継続されている状態にあるワケだが…そうか、生物は背後に何か感じたら思考判断すっ飛ばして、定常沈着状態から緊急脱出しようとするんだよ!
 恐らくこれが昨年から散々手こずっている『思考に一本芯が通らない』『何となく覚束ない』『つい無意味な回り道をする』みたいな、漠然とした落ち着かなさの正体だ。なんだ、人間サマだってハエハエ・カカカの虫たちと大して変わらねえじゃねえかよ【608】

 離脱過程の残症状があり、それが頭や首など体内通信網の重要部位であり、だから交信処理がうまく行かず、調子を戻すのに四苦八苦している…というロジカルな因果関係というよりは、まず残症状による背後の入力から直結ホットラインの危険感知が、機械的に意識手前の本能領域に押し込まれていると思う。炎症が途切れている間はウソのように消失するが、こいつが続きそうで続いてくれない。ふむ、T-1965型としては、どう戦おうか。

 最初に行動を起こす生体反応が先行し、後から本人の意識領域で行動決心がついてくる順番でデータが取れてしまう理由はこのあたりにありそうだ。
 事後にコトの顛末の全貌を見ながら因果関係を検証すると、人間の意識は『原因を感知して確認し、思考判断を経て、行動を決断する』というロジカル進行が成立している。だが恐らく実際は違う。
 原因事象からの入力を受けて、まず詳細の対象検知や意識的な状況確認が始まる前に、人間のDNAが紡いだ情報ライブラリーから、生存確率を上げるような反応行為が反射的・機械的に選択されるのだ。
 先に生物として勝率高いルーチンワークの自動選択で反応行為が決まり、無事それを追認し納得できたら気にも留めず意識として収まるのではないだろうか。もしかして正常化しつつある私の夢が、追憶の反芻を許さなくなっているように【637】

 実はずっと以前から、社会組織を眺めていて『何か原因事象が起こって、組織の動向が決まる』という順番ではない可能性について考えを巡らせている。みんな元気一杯の飛ぶ鳥落とすイケイケ稼動だったのに、あれよあれよと見ているうちに、対策に遁走する組織活性化タスクチームをあざ笑うかの如く、組織力が衰退していく現象は何度も見てきた。ロジカル思考検討の無力さが虚しい。
 あからさまな原因より先に、『そこにいるだけで嬉しい楽しい』と理屈抜きに直感できる空気が失われるのが発端だというのが当面の私が意識する経験則なのだが、拡げると長くなるので今回はここまで。

 社会組織を活性化させるような思考ツールが具体的に提案できるといいのだが。
 とにかくまず今がダメなら、今を止めよう。応援するので引き続き頼む、野党たち!
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【639】聡明カラスと痴呆人間の通話言語 [ビジネス]

 ありゃ、錦糸町券売機のカラスくん捕まっちゃったの?
 見たところ普通以上に人を怖がっていないから、確かに悪い人間に酷い目に遭わされたりしないかが心配であった。これを野鳥の捕獲として扱うかどうかは難しい所だが、個人的には少なくとも当面、好きな人に預かってもらって安堵している。

 前にも書いたが、カラスに限らず鳥は付き合いの相手として犬猫や牛馬…というか、人間と同格コミュニケーションの生物である。
 まあ恒温動物で、ハツだのレバだの似たような臓器が収まってますからね。当然か。

 しかし脳足りんのテレビ屋がちょっかいかけに行って、わざと荷物から物を抜かせておいて、いかにものおどおどビクビクで『盗られました!返して!返して!』と本気で取り返そうとするでもなく、執拗にカメラを向けるのには呆れた。端的に、賢いカラスくん相手にあほ丸出しのスカ人間が自分本位の演出のために愚行をさらすお陰で、『人間とはわざとらに仕掛けてきて、意味不明の絡み方をする会話不能の下等動物です』と教え込んでいるようなものだ。

 鳥慣れ・動物慣れしていない一般通行人はある程度しょうがないのかも知れないが、やたら戸惑いこれ見よがしに怯えたりするのにも、もうちょっとしっかりしろよと言いたくなった。
 トンビみたく急降下の一撃で狙撃される訳でもなし、カラスくんなら十分ハナシは通じるから、『ちょっと、カードは返して頂戴!』『オマエ、頭の上に乗るのはやめろ!』としっかり向き合って日本語で話しかければ、彼等はきちんと理解する。多少大袈裟に、憤然と髪を手櫛で整える姿を見せてやれば、人の髪にいたずらしてはいけないことも学習すると思う。
 少なくとも初見段階で、彼等は人を馬鹿にしたり危害を加えて敵対する目的で襲いかかったりはしないから、人間がちゃんと接して付き合い方のルールを意識させてやれば良いのだ。あのまま放置していたら、いずれ人を困らせる悪質ないたずらも覚えていたろうし、凶暴に壊れた悪い人間にも絡まれて、余計な攻撃性も帯びてくることにもなっていた恐れがある。

 余生がどうなるかはわからないが、また都会へ出て来てバカな人間どもに逆教育されるくらいなら、同種の仲間の見つかりそうな山へ放してやるのが最善なのかもしれない。いま残された映像からひたすら目に付くのは、人間という情報依存のひ弱な生物が見せるコミュニケーション能力の低さである。
 まず相手が自分相応の理解力を持てないと一方的に決めつけて怯えるばかり、たかが自分らが聞いて解った気になれる日本語が通じないだけで諦めてしまい、きちんと向き合って会話しようともしない。こんな傲慢で無理解で非友好的な態度じゃ、どんな生物とも腹割って仲良くしてもらえないぞ、人間どもよ。

 その『聞いてわかった気になれる日本語』なんて、どの程度のモノだというのだ。
 言語情報は、文字や発音の規則的配列に対して機械的に内容が決まるが故に、事実関係の物証や発言者の真意とそもそもが独立事象なのである。身も蓋も無い表現をすると、文字だけ書き落とすぶんには、口だけ動かすぶんには、誰でもどうにでも作れてしまう。これが基本である。
 だが社会組織というのは、大勢の人間が協力しなければ組織生命力が出現せず、つまり巨大生物としての優位性を発揮する組織になれない。大勢の人間が協力するためには自分たちを取り巻く現実を共有する必要があり、そのためには『誰でもどうにでも作れる言語情報なのだけど、そこは敢えて意識して現実に一致させなければならない』という管理規則が布かれることとなった。
 これが言語情報なる高度文明を持つ人間社会の原則であり、言語で伝達する大容量通信を圧倒的メリットとして働かせられる作動要件だ。だから世界各国いろんな言語文明があるのだが、例外なくウソを戒める申し伝えが日常会話のシーンに浸透しているのだろう。

 裏返せば、現実に一致しないウソ=架空の言語情報を世に向けて放ったり、事実の記憶を知り置きながら口を閉ざし情報通信を遮断する人間は、組織を通じて協力し合う一員として機能しない。知恵が生み出した日本語は、使う知恵まで揃わないと邪魔と迷惑にしかならない。
 10年前に出先で立ち寄った食堂で昼飯にナニ食ったのか訊かれているのではない。直近に公務として動かした事実を、普通の人間の記憶能力として無理のない範囲で問い質されているのだ。記憶にあるとかないとか、自分の認識の限りでどうだとか、そういう『自分の内々で閉じた世界の都合』を主張するのは、公人と称される立場では道義的に許されない。
 何だ、このあほみたいな認知症答弁?これを通すんなら日本社会も認知症ってことだぜ?

 国家運営の意思決定議会ならば、みんなが自然に納得して聞けるような事実関係の経緯がわかりやすく語られ、1億2千万人組織として現有の限られた組織力でどう戦っていくかの相談がなされるのが正しい姿、これはお解りだろう。
 本来ならば、ここで日本国の全知全能を結集して、いかにもアタマいい日本語が飛び交い、最先端の次世代国家運営が語られていなければならないはずなのに。

 まず今日もこの場で交わされている日本語情報の通信の全てが、いかに無駄でどうでもいい邪心や自己都合にまつわるものか考えていただきたい。これでは国家組織にならない。
 確かに現場で論じられている話題そのものは、本来やるべき課題からかけ離れた馬鹿馬鹿しい内容だとは思う。だが大上段に組織認知症の立法・行政・司法の機関横断型 犯罪者集団がいるという国家的災厄があって、今こいつらが間違えて手にしてしまっている権限を剥奪するには、まずその犯罪行為が法に抵触した具体的事実に基づいて、こいつらの不適格を指摘するところから始めるしかない。
 野党たちの誰も、こんな幼稚で回りくどい詰問などわざわざにやりたくはないだろう。止む無くやるにしても他にもっと効率的な攻め方もありそうに見えることもある。
 だが認知症の犯罪者組織より遥かに日本国に良心的で、我々国民の代表としてマトモだ。

 とにかく今は野党たちに頑張れるだけ頑張って欲しい。応援するぞ、やってみたまえ!
 中途半端のフェードアウト、今回はナシ。それが国民の意志だ。まだまだ頼む、野党たち!
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【638】お疲れ吸血鬼の現代っ子テイスティング [ビジネス]

 一時的に荒れたりもしたがこのせっかくの気候の良い季節、しかし迂闊に直射日光を浴びて炎症熱のスイッチが入るのを避けねばならない私は、文字通りの日陰者として原則インドア生活を決め込まざるを得ない。

 食い物にも飲み物にも申し訳なくて、止む無しでもなければ余所行きの外食なんぞ行かない訳だが、ニュースで薄らぼんやり食フェスティバルのテレビ中継を見たりして気を紛らわすのは結構好きかも知れない。そういう世界に縁を絶たれてこれだけ経つと、もう嫉妬や羨望の気持ちはすっかりなくなっていて、ある意味素直に楽しめるのだ。えー?それ美味いんだろうけど、もうちょっと安くしようよーとか。
 都心ネタだと土地勘も働くし某・深夜の食べ歩きドラマも大好きでよく見るのだが、ニュースにせよドラマにせよ気を付けないといけないのが、ピリ辛メニューの不意打ちである。こちとら意識がちらりとでもその記憶に触れた瞬間に炎症熱のスイッチが入ってしまうため、速攻でチャンネルを換えてかき氷の頭痛を思い出しながら『強』の扇風機と数分間は睨めっこし続けねばならない【631】
 『やはり心臓側』で左耳にヘアドライヤーの温風を当てられているかの焦熱感と首から上の忌々しい発汗、首や顔面のあせも痛が収まるまでは大人しくしている他ない。これで体が寒い時の馬鹿馬鹿しさは筆舌に尽くし難い。
 最小限の外出で意識してカレー屋の近くは通らないようにしているのだが、通りがかりの広場でちょっとしたイベントを見かけ、つい興味本位で何をやっているのかふらふら覗きに行った途端、屋台から香辛料のそよ風がふわっ…みたいなゲリラ攻撃があるので油断は禁物である。いつも全方位に遠方から早期警戒するクセがついてしまった。

 もう目立つ深い傷も狂おしい痛み痒みもないのだが、逆にそこさえ腹くくって受け流せば済んでいた時期とは違い、意外にもこの満5年から半年の離脱フェーズは長く手強く、日常生活をこなしながら乗り切るのにかなりの負担と工夫を要求される。短く儚い『イケてる時間』が思わせぶりでまた読みづらい。
 入れたてのコーヒーを飲み始めて、恐らくカフェインの吸収が始まったと思われる数分後、いきなり古新聞の煮出し汁に取り換えられたのではないかと思うほど味覚がずっこける日があったし、歯を磨いていて意外なくらい嘔吐反射が起きやすくなっている日があることにも気付く。自然界なら生死に関わるような感覚の故障や生体制御の失調を抱えている時には、こまめに気道の安全を確保しようとする傾向がDNAに紡がれているのだと思う。
 頭を打った後、時間を置いてでも吐き戻しがあった場合は危険な事態があり得るので、動かさず速やかに救急車を呼べと言われるが、今さらに説得力を感じた。

 太陽の光が御法度につき日没から日の出までに稼働時間を限られ、ニンニクや十字架をかざされアウッとよろめくドラキュラ伯爵と今の私、どっちが不便な生活なのだろうか。赤提灯で一杯やりながら『弱点多い役回りってお互い苦労するよな』と良い友達になれそうである。
 まあ使用済みとはいいつつ間違いなく自分の一部を討ち捨てるのだから、しかもそれが頭と心臓を結ぶ人体中枢部分で、そいつらが首周りや内耳・中耳を経由して顔面を通過していくのだから、納得のいく自然な展開ということであろう。降り注ぐセミ時雨ならぬモスキート音時雨がその現実を物語る。
 ま、それで一通り結論を出したら、あとは取り合わない。元気に自然な代謝が進んでるってことで、こんなもの大したコトない、終わり。これ以上無駄な苦心の情報を起こしても処理のしようが無い。
 今が山か谷かと訊かれれば谷なんだろうし気にかかる事もいっぱいあるけど、何しろ絶好調のエンジン全開が叶わなければ埋め合わせができない。その未来目標値に到達するまでの必然過程ならば、行き当たり都度のなりゆき展開で出口を目指す。

 ところで国会集中審議の『空回し』、アレやって何か先があるとでも思うのかねえ?
 ひと昔前なら政権の横暴だ何だと叫ばれながら、野党ナシでも審議が進んだ形式だけ整ったので良いことにして、それで議決相当の処置が付いてきた。しめしめのウッシッシだった訳だが、今はもう違う。
 日本社会が旧来自身の無関心で看過してしまった過ちに気付き、現状の政権に社会運営の意思決定を任せるつもりを、心底から失くしているのではないか。『もう決~めちゃったもんね~、日本国民はこれに従うことになったんだもんね~』なんてやろうもんなら、まだまだ強烈なスキャンダル暴露がサメの歯のように順番を待っている【472】
 野党欠席の空回し集中審議が何とも恐る恐る報じられる雰囲気が見え隠れするが、御見事その気配の察知は当たっていると思う。這い蹲って潰れるまで続くぞ、これ。

 ここで野党は調子に乗らず、断固『不正を暴き、隠蔽を解き、まず顛末一切をつまびらかにして、抜本的に過ちを正せ』と鉄壁の直球勝負で接し、誰の目にも納得のいくレベルでこれが叶わない限りは遠慮容赦のない徹底抗戦で国家運営に制止をかけていただきたい。私はそれが正しいと思うし、国民の意志だと察する。
 図らずも高齢化の進んだ日本社会が知らず知らず生命の掟としての組織認知症に導かれ、加齢臭の空気感染を交わしながら、日本国組織の現状生命力をこの代で使い捨てて滅びる集団自殺に向かおうとしていた。
 この仮説に私見の策略など滑り込ませた覚えはなく、数々の社会現象を生命科学に照らして素朴に分析・考察していった結果、どうやらこういう事だと客観的に見えてきた、それだけである。

 私はこの運命に逆らいたい。腕ずくで日本の次世代に無限の未来空間を引き会わせたい。
 今の子供たちが何を始めるのか、日本国の歴史をこの先どう作っていくのか見てみたい。
 実に偶然この願い事が、日本社会の『空気』に拡がって来ている運気を感じている。

 ボケ老人お得意の不祥事帳消し解散風も言いだしあぐねているようだが、その通り、解散したとしてその後の展開に何らの変化を与えるものではない【633】
 整理しておこう。日本社会として一番に望んでいるのは、この犯罪者政権の犯行の全容をまず解明すること、次に不正に手を染めた犯罪者がきちんとフェアな処罰を受けて、国民全員の納得が行くこと。
 まずはここまでだ。次の犠牲者を出さないためにも、絶対に手を緩めてはならない【622】

 間違えちゃったんだから間違いはまず止める。次に間違いはハッキリ解明し、きちんと直す。
 これさえハズさなければ、みんな味方するさ。応援するので引き続き頼む、野党たち!
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【637】改憲議論参加資格の年齢認証タッチ [ビジネス]

 世はゴールデンウィークの後半だそうだ。その普通に楽しめる平和、どうかお大事に。
 こちとら格安牛丼の外食さえタイミングを計るのが難しく、娯楽行楽は何年も他人事である。

 夢が就寝直前の関心事をネタにした内容主体に変わったと思う。
 ただ、目覚めて夢を思い出そうとしてもうまくいかないのだ。漠然とだが明らかに就寝直前の記憶に基づくシーンのイメージがあり、それがどんなストーリー展開を経たどんな1シーンなのか、就寝直前の何が夢の大筋の元ネタになっているのか、追いかけようとする先から紅茶の中で崩れる角砂糖のようにカタチを失い、みるみる解け去って消えてしまう。
 目覚めたらすぐ体が覚醒モードに切り換わるらしく、タヌキ寝入りはほぼ不可能となった。そのうち何があったのか種明かしされる日が来るのかな。進展の節目だと嬉しいのだが。

 『人間の身体って本当にうまくできている』というコトバは何度も聞いたし使ったが、自分の意識集中による懸命な制御を必要とせず、巧みな人体の自動運転機能が最適処置を決めてくれるという意味だった。だがこれは間違っている。
 何というか、もっと構造が機械的にシンプルで、入出力の因果関係はロジカルで、ただ莫大な試行錯誤で淘汰され、確かに生存確率を上げる特性が研ぎ澄まされた結果の今がある感じがする。つまりポイントは『自然であること、理に適っていること』だと思う。
 だからなのだが、不自然や非合理を突込んだら拒絶反応も出るし、それを無視して改めなければ壊れもするし最悪は死に至るのだろう。

 私はいま自然で合理的な代謝と免疫力の平衡状態を、この年齢で再び創り出す過程にある。医療先進時代のウマい手なんかどこにも無く、もう一度バランス構築の仕組みをあるがままに作動させ、試行錯誤の痛みを『大したことない』と捨て去りながら、一手一手組み直すしかないのだ。
 目前の現実として何十億円積もうが世界征服権を手に入れようが無力であり、人間たった一人自由自在になるまでのこの作業は、私の身ひとつで着々と生命の掟に従う以外ない。

 ところで、もう少し回数を重ねないと確信できないのだが、最新の身体測定でビミョーに身長が伸びたくさいデータが取れてしまったのには超びっくりの大笑いである。まあこの苦節苦難の大工事なら、無いハナシではないかな。
 いいトシぶっこいて、まるで成長期のような代謝活動を体感し【621】、本当にその通りの現実が起こったのだとすると、これはなかなか興味深い事実検証ができたことになる。
 一応でもオリジナルを再生可能な免疫力があるうちなら、永年の淘汰が導き出す解答を信じて自然生命力に身を預ければ、時間を巻き戻しての改良オリジナル再生も十分狙えるってことか。そもそも年齢なんて人間が時間の概念に照らして勝手に決めた数値であり、自然生命力の寿命消化の真値とは無関係の尺度ですからね。

 この仮説を日本国スケールにフラクタル拡大視して、さてどう読むか。
 余計な操作を除外して自然で合理的な動作環境を整備すれば、『成長戦略』の実効解が自ずとその姿を現してくるのではなかろうか。
 組織生命の視点として自然で合理的な国家の条件とは、きちんと継続性をもって世代交代が進められていて、一番元気で頭脳明晰な社会層が常に組織の意思決定を担っていること。その意思決定において、国家組織の自我を国民全員でフェアに分担するルール=納得性高い法律が国家全域に周知徹底されて、それが幸福感に基づいて建設的かつ良心的に遵守されていることだろう。
 まずこれを確認して、では現実はどうなっているのか。

 ふと本州の西のハジっこに生まれ落ちてみたら、割と政治に縁のある家系で、爺さんがそこそこ有名に立ち回っていた。まあ何だかんだあって日本国は憲法の文章表現がイマイチあやふやで、長きにわたって生産的とは言えない論議が繰り返されても来たようだ。
  『よち!ポクちゃん、これをきちんと直してジイジ以上に有名になるんだい!』
 その志に問題は無い。頑張って収拾つけて、日本史に名を残してくれて結構である。

 でもやるんなら正々堂々ちゃんとやれよ。議会で改憲賛成の過半数取る必要はあるよ?
 だからって役人+ゲタ与党の軽減税率連合なんかと取引して、現役世代に負担掛けながら還暦公務員が遊び呆けて日本の経済力を食い潰すような法案の片棒を担いでどうする?
 こんなものに成立環境の条件設定を合わせようとするもんだから、景気好転して消費税率を10%に上げて良いことにしないといけなくなって【349】、でも本当に景気好転する実効政策は一切やれてないので現実がついて来ず、必然的に『デフレ脱却、景気好転』のバレバレ大嘘ばかりをつき続けることになったのだ。改憲やりたさに目が眩んで日本経済の未来を売り渡した代償は大きかった。
  『いやポクちゃん本気でカネばら撒いて、ダメノミクス言えば景気良くなると思ったの』
 その言い訳はあり得るだろう。経済に対して無知無能なのは一見して判るんだが、それで日本人としての良心が少しでもあったなら、ガチで有能な財務大臣を立てて、そいつに全権限を預けるべきだった。もちろんマトモな神経の財務屋なら、軽減税率法案など一瞬で撃沈して葬り去っていたはずである。

 『ワタシがリーダー♪ ワタシが責任者♪♪』
 セメント屋がくれる党財源は欲しいし、西のハジ同士御近所づきあいで小遣いのポチ袋もらっていた恩でもあったのか。昔ちょっと鉄砲撃ちが上手かっただけの、頭も口もガラも悪い醜いボケ老人を幼稚なママゴトの威張り役として財務大臣に祭り上げた、その日本国に向ける使命感・職責観が薄っぺら過ぎたんだよ。改憲を論ずる人間の器には遠く及ばない。
 いま『軽減税率』と『還暦公務員』という国家歴史級災厄の火元役所を指して、日本社会の自我が痛みの声を上げ始めているのであり、これらを全て白日の下でキャンセル解決しないと『また』次の事件が起こるだけだ。

 現役世代の無理な負担を承知でクズ役人の邪心を利用し、日本国の将来生産力を売り渡すような汚いマネをして、改憲という日本国の大仕事に自分の名を残せると思ったオマエが御門違いだ。恥を知れ、世襲のガキが!
 繰り返すが二代もひきずってこんなことにしかならない血筋なら、二代遡って丸々日本史から消えてくれた方が余程すっきりする【437】
 一度これまでのことを全部謝って今のポストを降り、正真正銘の公明正大を約束して出直した方がまだ人生残り時間に可能性はあると思うが、まあ実行できないんだろうな。
 政権発足当時はまだ大丈夫だったが、今はもう組織認知症を発症し気が狂ってしまったためである。こう解説されれば、この今日の普通でない様子も皆さん腑に落ちるでしょうが。

 野党たち、主張をどこまで通したvsここまで呑んで譲ったの勝負ゴトみたいな話にして、騒動フェードアウトの落としどころ探そうとする政府与党を絶対に許すなよ。そういう問題ではない。
 確かに過半数は大事だが、それ以前に保証すべきもっと大事なものを国民は知っている。
 頑張ってくれよ、まだまだ応援させていただこうじゃないか!
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【636】これでいいのか?天災バカボン終活プラン [ビジネス]

 半島の南北が握手する光景が報じられた。
 両国とも様々な事情を踏まえての判断なのは間違いないが、ともあれ飛翔体がどうこう水爆がどうこうからは、予想外の急展開と言ってよかろう。真横に位置する日本国は完全に蚊帳の外である。
 日本人は奇跡の日本列島に育まれた『組織の民』だ、という話はした【278】【404】
 コンパクトに限られた千変万化の生存空間を、知恵と思いやりで棲み分けながら生き延びてきた君が代DNAは、地球規模の世界平和を考える現代にこそ新たな筆頭活躍のチャンスがあるはずだと。

 だが目前の現実は、あまりにも冷酷だ。
 各自都合のしたたかな腹はあるにせよ、弱肉強食バトルロワイヤルの国々はあっさり対立をやめて、世界の注目を集めながら象徴的に手を結んだ。わざわざ日本国が出て行って『世界に誇る組織力の素晴らしさ』を見せつける必要なんか無かったワケだ。
 それどころか当の日本国は、お隣の大陸や半島も呆れるくらい知的文明社会として荒廃した人治国家に堕ちてしまっていて、半島のお隣で皆の笑いものになっているというのが実態であろう。

 国家運営の場で横行する違法行為が次々と暴かれ、事実関係を問い質された犯罪者政権は世襲のガキ以下、何ひとつまともに答えられない。答えられないまま、不正捏造含みが明らかな法案を政府与党が勝手に集中審議である。立法府で違法案件の審議をやっているのだ。信じられない、狂っている。
 民主主義だ独裁主義だ言う前に、国家組織としての形態を成す人間の集団が、ひとつの目的を共有して何か実行に移す途中経過のプロセスとして成立してるのか、これ?

 自分がどこか別の国の住民だと思えばすぐ判る。普通に考えて、こんな今だけ一応の国家があと何年もつとお思いだろうか?他人事にすれば、簡単に一桁で見積もれると思う。
 その自然な危機感がわからなくなっているヤツがあちこちにいるのだ。認知症つまり老人ボケという頭の故障=知能の病気で、常人に備わっている思考や判断がもうできなくなっている連中である。月並な弁明で、膿そのものが、自分は違うととぼけるスタンスで『膿を出し切る』などと口走って、何か事態の改善があるとでも思えるところがまた涙を誘う。
 我が国はいま子供の目にも明らかな、ガイキチ国家になり下がってしまった。
 日本国に暮らす日本人として冷静に考えていただきたい。異論はあるだろうか?

 人類文明は言語情報を生み出し、定量尺度を生み出し、流通情報に基づく仮想現実の共有まで可能にした結果、自然生命力と異なる次元の『情報権力』の概念を生み出したのである。
 『カネをたくさん持ってる奴が強いことにする』『上下関係を布き上位にいる奴が強いことにする』あたりが誰でも真先に思い付く実例だと思う。
 いやカネも地位も、ある文明フェーズの規則性に則ったパワー概念であり、それらが通用する場においては、相応の優位性はあるのですよ。それはその通り。私が子供の頃は、まだその分別があった。
 『お前んち、カネ持ちだよな~』『エライやつは違うな~』というのは昭和世代の子供ウチでけなしコトバであり、言われた相手は真っ赤になって『ウチにカネなんかねえよっ!』『オレはちっとも偉くなんかないやいっ!』と言い返したものである。情報権力は原則、恥とされていた。

 小学校の頃、講堂に学年全員が集められ授業時間に、アニメ『天才バカボン』の一編を映写機投影で見た記憶が残っている。ストーリーの詳細はどうしようもなく失念しているのだが、当時の定番イメージとして出っ腹に格子柄の派手なスーツ、くわえ煙草でタイコ持ちのようなヘイコラ部下を一人従えた傲慢な中年オヤジが登場、コイツが自己満足のため散々横暴をはたらいて自分上位を主張し悦に入るという内容であった。
 もちろんラストは身から出た錆で酷い目に遭い、這う這うの体で逃げるようにその場を去っていくのだが、その後ろ姿を見送りながらバカボン少年がママに言う。
  『お金や地位があるからって偉いつもりで、何でも思い通りになると思う人ってバカだよね』
 ママが笑って答える。
  『そうね♪バカね』

 このシーンで語られるバカは、『自分が生きる時空間で、人として楽しく幸せに暮らす世界観を知らない人間』という意味だ。
 だが今日の日本国の現実は極めて苛酷であり、国家代表気取りの政治家も役人も、それを牽制するべき公共言論も、ガチの深刻な人間的理性喪失としての、頭がおかしくなった意味での『バカ』を患ってしまっている。

 カネも地位も『無いのが偉い、無いのが幸せ』とは言わない。
 だが、それら情報権力のレベルが自然生命力の実力相応に一致しない場合の、具体的な歪みの出方を個人スケール・組織スケールの両面でしっかり想定し、現実のエラー作動に遭遇都度きちんと照合して処置するコンセプトが必要だ。

 自然生命力の実力が並以下の弱い社会層には、『人類文明ならではの情報権力』を能力評価に重ね合わせてそっちを強調し、同じく自然生命力の足りない弱い個体を狙って、仮想現実の力関係を刷り込もうとする者が一定数いる。
 現政権の機関横断型・犯罪者組織において、『カネ』『地位』がその基本骨格を支えていることに説明は不要だと思う。元々生物としては虚弱で劣悪な人間ばかりが、『カネ』と『地位』の虎の威を生存手段にして群れ集まった必然の結果である。実に、意味不明の答弁や情けない失言には枚挙に暇がない。

 情報的に進化した人間は、情報だけで組む仮想現実を意図的に生み出すことを覚え、文明社会でそれを自然生命力と等価以上にまで持て囃した。反面、社会全体の自然生命力は徐々に衰弱し、いつの間にか情報価値や情報権力に誰も逆らえない虚弱な『情報依存社会』に陥った。
 これが一斉の高齢化で組織認知症に到る老衰期を迎え、合理性を支える情報処理機能が社会まるごと崩壊。情報権力を握っていた連中は法治社会の一線を割り込んで犯罪に手を染め、そんな情報権力の監視役だったはずの連中はパシリ言いなりの頬かむりで犯罪を見て見ぬふり、孫子を含む若年層の将来をいとも簡単に放棄して諦めてしまった。そして今がある。

 厳しい現況だが、逃げるに逃げられないし逃げたくない。現実解を探して先へ行きたい。
 何よりまず『狂った今を止めること』【243】が最優先、これが国民感情として異論なかろう。
 次の展開がいま見えなくともボケ老人と心中よりマシである。頼む、負けるな、野党たち!
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【635】球体式戦略思考術<11> [ビジネス]

 1年前の今日、さすがに今頃はヤク離脱も完了していると思い込んでいたものだ。
 この忌々しい現実どうしてくれよう…って簡単な話で、素直に受け入れて、思いつく限りの善処を着々とやっていくしかない。ホント現実ってのは何の情け容赦もしてくれないものである。

 前回、文字情報の話題を扱った流れを延長するなら、私は最近『人』という文字の図形イメージを抱きながら暮らしている。第一画の左払いが、頭の中心から左耳の奥を通って肩から左脇の背中まで抜けるラインに相当する感じだ。この組み合わせがひとつの系を成していて、この左払いに今の離脱過程の中心がある。いっぽう第二画の右払いは背中の中心から分岐した別系統、これが右腕方面に伸びていることになる。
 両手でうなじを覆った時に人差指が出会う位置、ここで脊椎の中心からむくみが湧き上がっては、左払いの上と左へ分散して外界に廃棄されていく流れがあると思う。この感覚が解剖学的にもアタリだったとすると、人体の体幹+左腕に対して、独立性の高い右腕系が生え出ている系統図になり、もしかするとこれが人種や文化を問わずに共通する、人間の右利き多勢の理由なのかも知れない。

 ここまでやってきて実感するのは、まず離脱症状の非対称性の有難味である。全くの左右一律にやられていたら同時の同レベルに生物としてのイチ機能が丸々へばってしまい、これほど山あり谷あり試行錯誤できる離脱過程にはなっていない。左右一対あって、左右差がついているから助かっている【606】

 視覚・聴覚の空間環境検知のため目と耳はまず左右対称、これらが移動装置たる足と、高機能マニピュレーターの手を備えるとすると、併せてひっくるめて全て左右対称とするのが合理的設計だ。
 だが機能喪失までも左右対称に喰らっては生存確率が低下する。一番シンプルで全身隅々に有効な左右差、これが心臓の左偏移だったりするのではなかろうか。

 確認があやふやで事実誤認の可能性はあるのだが、忘れたくないので書き落としておくと、ここへ来て大きな傷にはならないものの肘の内側や膝裏、手首足首など関節近辺がよく荒れて粉を吹く。実は就寝中に関節付近がトクトクトクトク…と脈拍より速い周期で振動する現象がしばしば感じられていて、これはもしや身体じゅうの関節や筋肉に独自ローカルの作動制御と記録保存の機能が備わっており、そのデフラグ処理ではないかという気が少ししている【628】
 実際、首は痛むわ粉は落ちるわ耳鳴りは酷いわで長らく楽器から遠ざかっているのだが、この不調期以前に何十年来どう試しても身に付かなかったことが幾つか、知らない間にできるようになってしまっているのだ。

 関節あるいは四肢単位ぐらいで情報処理ハブ中枢機能が備わっているとすると、『人体は右手だけ独立系、故に右利き文明』となる道理はありそうに思う。武器を持って対人格闘した原始人たちの頭蓋骨は左半球の損傷率が高いというが、生存ロバスト性向上の非対称性=心臓左偏移と、それに基づく身体制御系マップが人間の右利きを決めていたのなら、そんな原始時代にまで遡って右利き多勢が確認されるというのは十分にあり得る。

 ここ数ヵ月、訳あって立て続けに弦楽クラシックの演奏現場に遠近ふた通りで立ち会う機会に恵まれた。その奏者たちを眺めていて、
  『自由に動き回り弦を弾き鳴らす右手vs自在に受け止め対応する楽器+左手+上体』
の協業イメージがあると見受けるのだが、いかがだろうか?
 バイオリンやビオラほど派手に判りやすい運動系コントラストは感じられないが、ラッパ類なんかも似たような協業イメージが見出せると思う。吹奏楽やってる学生さん方、いろいろ実験して面白いコト考えてくださいましよ。
 今の私は、ここまで解っていてまだ身体が楽器に向かおうとしないし耳が音楽を聞こうとしない。ファスナーをちょい開けで姿をチラ見確認し、愛車からいつものCDを引張り出して聴力チェックしたら、溜息ついて今はそこまでである。
 散々に悔しいけれど、まあこんなの大したことではない。何しろこうなっていなければ一生思いつけなかった。

 実は上半身よりぼんやりしているのだが、『人』の字は腹から下にもうひとつある感じで、もしかすると歩行における『支持軸の左足vs機動先導の右足』の役割分担と関係あるのかも知れない。競技場・運動場のオーバルトラックが基本的に左回りになっている理由はこれだと言われている。
 学校教育において、体育とは『一般的なスポーツは体験がてら知っておきましょう』的な1コマになっている訳だが、いずれは効率良い自己制御の能力開発を習得するための、もっと保健や音楽や理科と混ぜこぜにした1コマにした方が良いのかも知れない【214】
 更に拡張して、成長期の子供に施す学校教育だけではなく、むしろ加齢による身体機能の低下を総合的に食い止め組織認知症の発症率を下げ、せっかくの人生の知見を世のため人のため建設的なチャレンジに昇華しようとする人口比率を増やす方策を編み出せないかと思っている。
 ここでは随分なことも書いているが、もう改善の見込めない組織認知症患者は社会から隔離する勢いで消せとまでいうつもりは毛頭ない。人がいるんなら皆で楽しく幸せに組合わせる手を探そうよ、そういうコトだ。ここに美談めいた論拠はなく、人間が寿命を延長したのなら、社会人としての組織性も相応に延長しないと、社会組織という上位スケール生物が狂い死にする運命を辿るだけなのである。

 話を戻して、焦熱感と発汗と炎症痛は相変わらず引きずっているのだが、実は免疫力発動のぞっとする感覚も、懐かし系の長編ストーリーの夢も、どうやらその時期を終えたらしい。大脳の一定機能部位が離脱プロセスを完遂したか。
 先が見えないヤク離脱過程をここまで消化してきた私だが、考え得る最大限の加速操作を試しながら、何をどこまでできるか思いつく限りの実験を経て、そりゃ思い通りでは全然ないけれど、想定外の成果物も本当に数多く刈り取った。一寸先は闇、ならばバカ正直のマジメ一徹が納得の回答を導き出す。

 社会の誰がこれを喰らうかという人選があったとして、やっぱ私だったんだろうな。
 さて、次回はまた情報で考える人間社会組織の話を続けようか。
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【634】イノチ懸けコトバ遊びの終着点予測 [ビジネス]

 『国会空転』という見出しが時々目に付くが、大事なのはナニが空転しているかである。

 そう、組織認知症患者が、生きる役目を終え集団入水自殺を図るために、ウソをつく違法行為を手段にして、未来ある仲間を騙し真実を隠して作ってきた不正法案の審議だ。
 こんなもの空転してくれないと困る。もちろん次はこれら不正法案を全て御破算にする作業である。その過程において、組織認知症患者を特定し二度と社会運営に紛れ込まないよう、文字通りその場から葬り去る措置が必要となろう。

 内容としては繰り返しになるが、簡単な検証ロジックを挙げておく。
 普通に、集団自殺が目的でなくて、ウソも一切ついてなくて、何ひとつ隠してもないのなら、名指しされたヤツら全員が次々出てきて法的拘束力のもと堂々と、思う存分しゃべり尽せば済むハナシである。
 まあちょっとはソロ言論のオン・ステージで緊張はするんだろうが、逆にそれでキレイさっぱり片付いて正確な記録も残り、何の経緯顛末を追いかけるにも『まずその記録情報に照らしてから』ってことで、本人たち雲隠れして日の当たらない場所ばかり逃げ回る面倒もなくなるはずだ。真実に口を閉ざし、答弁をやらない理由を野党に訊かれてちゃんと答えないから、今こうなっている。

 直接的には『国家運営の意思決定に関わる議論の場で、複数の違法な情報操作が検出されながら、その事実関係を明らかにする手筈を、政府与党が実行しないため』国会が空転しているのだ。
 更には真実解明に無関係な弁論で時間を浪費することにより、物事を進展させようとする目的意識が他から自然発生するのを待ち、その焦りと苛立ちの感情論の勢いが、コトの真相解明に向く法律行使を形式的で不正確なものに終わらせようとする魂胆が透けて見える。
 その水面下に立法・行政・司法の三権横断型の犯罪者組織がなす集団自殺計画グループが根深く潜んでいるのは、今や零細レベル+α程度の方々が御存知の通りとなった。
 今回は、なぜこんなことになるのか『情報』で捉えるフラクタル生物学として考えてみよう。

 いつもの通り結論から行く。 『言語』という情報形態にその原因がある。

 人間は、一定規則の文字や音声で定義される情報つまり『言語』を、現実の事象と対応させた。これによりリアルタイム現場現物をいったん言語情報に置き換え、いちいち現場現物をモロに持ち出すことなく、言語世界だけの処理プロセスで扱うことが可能となった。
 話せて聞けて、辞書ライブラリーの記憶が人並に頭に収まっていれば、言語情報を原材料にして人間各自の脳内で仮想現実が組み上がり、当該事象の共有ができる。更に書けて読めれば、当該事象を自分から切り離して取り置いたり、手放しで流通させることまで可能だ。
 現実の事象が、その場の関係者ウチだけで閉じることなく、空間と時間の縛りを越えるようになったのである【226】~【228】

 この言語情報の高機能性により通信が飛躍的に発達、人間の生産力は空間の拡がり方向にも、時間軸の伸び方向にもどんどん協調が進み発展させられることとなった。新規の生産成果を積み上げて強化された人間の生産力は、次なる新たな言語情報を生み、その新しい言語に対応して人間の情報処理能力は更に高度化していく。
 こうして大規模かつ長期的に生産力を紡ぎ合わせながら人間の文明は他生物から別格に複雑深層化し、人間のなす社会組織という上階スケール生物もまた巨大化し長寿化してきた。
 ここまでは生命進化の樹形図において、人間および人間の社会組織が分岐路一本を現世まで繋げてきた経緯である。

 ところがここで、現場現物が存在しない『ウソ』の言語情報という新規概念が登場する。

 実は生物界において真実を偽る行為は他にも存在し、例えば小鳥が巣を守るため、自らが負傷した風を装って捕食者の関心を惹きつけながら離れた位置まで誘導する『擬傷』などはよく知られている。小鳥なら完全にその目的意識で思考して行動を決断しているはずだ。

 ちょっと柔らか系の余談を挟んでおくと、昔ウチには桜文鳥【630】とセキセイインコがいたのだが、彼等は明らかにステレオの音楽鑑賞を理解していた。
 普段あちこち私の身体じゅう飛び乗ったりよじ登ったりして遊んでいるのだが、私がステレオに対峙して音楽を聴いている時に限って、必ず私と同じ方を向き両肩に各々とまって大人しく動かない。声も上げないし頭をきょろきょろ振らないので、左右チャンネルで再現する楽器毎の定位まで判別しながら聴くことを知っていたのではないかと思っている。
 意思疎通としての言語会話は無かったが、小鳥は十分に人間と同列で高度思考コミュニケーションが成立する生物なのだ。裏返せば、あれだけ会話して言語情報はひとつも交わさなかったことになる。

 人間は言語情報に続けてカネや地位などの定量概念を考え出すのだが、これが自然生物として認める価値や能力と食い違ってきたのだ。これが人間ならではの深刻な問題を引き起こすことになる。
 何しろカネも地位も定量つまり物差しを当てて読む目盛の概念で言語情報に変換されるため、『食用』の価値を得て血肉とし生命を繋いだり、『信用に基づく統率』の能力を発揮して組織生命体で狩猟・農耕を成功させたり【632】といった原始的な生命活動の現場から乖離して、『数値目盛の大小』という人工的な関心事が人間の情報処理に、別の図柄のレイヤーとして重なってきたのだ。
 これが人間の『価値観や能力を支える自我の充足度』につきまとう二重性の原理であり、老衰が進んで迷惑な過ちを犯しがちな『避けられない人間のサガ』だと考えている。

 生きとし生けるモノ平等に授かった寿命を自力で延長した人間は、その延長期に思いのほか早々に訪れる『組織性の老衰』に気付けなかった。そして、まず組織生命体スケールで痴呆状態に陥り、自己保存本能が失われて組織の自滅=集団自殺を目指すに到った。
 日本社会の現状は、その具体事例だとする見方が成立すると思うのである。

 生物は情報的に進化する宿命にあると述べたが【629】、その進化過程で高度な言語情報が生まれ、後にその言語情報が命取りになって、生命進化樹形図における高度文明人類の分岐路は淘汰されました…の結末で、真先に高齢化ニッポンが滅びるなんてハナシは絶対に避けたい。
 もう法治民主主義社会の看板を隠れ蓑にした認知症老人の人治国家なんぞ、呑気な日和見敬老意識だけで通用させる時代ではない。

 引き続き応援を続けるので頼む、野党たち!どうもありがとう!
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