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【279】スカイネットの原理<23> [ビジネス]

 無限に拡がる時空間の中で、どこまでを『我々の日本国』と決めるかが大事という話である。

 日本人は、『自分の世界』が手放しで勝手に決まっていることを前提にする、もしくは誰かに決めてもらうという役回りに進んで甘んずる性向を持っているような気がする。同胞ばかりの閉じた時空間に育てられたDNAは、そもそも自組織の果てなんぞ気にしたこともないので、それがどんな意味を持つのかも、どう考えていいのかもわからない。
 日本社会は、日本列島において生産し消費し、他国に出向き他国を迎え、それに対応する日本国の損益計算書が存在し、その財務事情に基いて公共利便性が成り立っている訳だが、日本人は生来その限定意識が希薄になりがちな弱点を抱えていると思うのだ。

 言ってしまえば『放っておいても日本はなんとかなるだろう、自分はグローバル社会枠で生活を維持し、状況次第では軸足を海外移転するしかない』という方向に行きやすい性質が潜む集団だと考えた方が良い。閉じた時空間のDNAゆえグローバル交際がヘタクソで、籠から出る決心がつかないまま命を落とす者も多かったが、生活の危機が迫るにつれ適応力を身につけた者が次々と日本列島から飛び立っていく。

 情報網と物流の発達は、海を越えた経済活動を劇的に容易にした。その気になれば、日本国組織がどんなにメチャクチャになろうとも、私企業および個人レベルの自己防衛がどうにかなる時代なのだ。稼ぎを日本国に還元するか他国に提供するかは、いまや国民の側に選択権がある。
 法律という国家内規で強制すれば、逃げ場のない国民から思い通りにカネを巻き上げられるなどと本気で思っているのだろうか。『サムライ、ハラキリ』並の、滑稽な時代錯誤の妄想もいいところだ。

 国家枠の意識があやふやなまま、だらしない政情で税率だけ上げると、国民の生産力とその収益が国家の枠外に流失するだけで増税にもならず、国家組織の衰退が重篤化するだけである。増税は必要なのかも知れないが、まず現実に即した損益計算書と予算計画こそ問題意識の対象となる明確な国家像設定の第一歩であり、国民みんながもう気付いているのにそれが叶っていない。
 マスメディアが世論調査の情報を流すのはいいが、『増税に賛成』の回答率を『増税の制度をそれ単独で賛成』と読み換えられないよう、きちんと配慮すべきだろう。かなりの国民がそこを解って見ており、各メディアの国政に対するスタンスも読み取っているはずである。

 正確な損益計算書を掲げて誰がどれだけ過ったのかを特定し、過去に遡って一族郎党で必要な引責もさせた上で、立て直しの予算計画に協力を要請する。
 生物としての日本国が、お付き合いに値する者として国民に姿を見せ信頼を得るためには、これを意図的・積極的に行わなければならない。世間一般にその認識が拡がり始めているのは、組織が命をつなぐための自己保存本能のようなものだ。この社会真理に逆らって、失敗確定済の愚策に執着すればするほど、その遂行のハードルは吊り上がっていく。

 『野田佳彦は誰もが躊躇する増税を明言しただけ偉い』なんて声もあるが、冗談じゃない。
 少なくとも当面は、増税のみを単独課題の扱いでゴリ押し放言したに過ぎない。あとは日本国組織の明確化などまるで意識にないまま、野党案を最小限に取り入れたふりをして、抵抗力が弱まった機をとらえて自案を強行するつもりにしか見えないのだ。
 何しろ目先の都合でマシンの口車にはころりと寝返ったし、バレて未遂に終わったものの例の公務員宿舎にも陰でこっそりGOをかけたような人間である。
 『言いにくい単語を発したからエライ』って、そこまで総理大臣の意義を貶めて大丈夫?

 島国DNAに刷り込まれた同胞感覚につけこんで、『みんなの日本を守ろうよ』などと悪質な嘘を通用させようとする人間を国賊、非国民という。日本国で息をする資格はないと思う。
 日本列島の自然に育まれた『組織の民』は、日本列島を飛び出す力を手に入れた時から、日本国の枠を自力で設定し維持管理する責務を背負込んだ。
 これを自覚して日本国という組織枠の概念を固め直せば、日本国組織が何を目指すべきか、そのために国民個々人がどう振る舞うべきか、大震災のとき世界を驚かせた日の丸と君が代のDNAが知っていると思うのだが。

【278】スカイネットの原理<22> [ビジネス]

 明けましておめでとうございます。皆さま今年もよろしくおつきあいくださいませ。
 子供の頃、正月はどの家も玄関先に日の丸を揚げていたものだ。ウチの納戸にもあるが、実は長らく国旗掲揚をさぼってしまっている。けしからんなあ、改めないと。

 日の丸を見ていて不思議に思うのだ。
 白地にマルひとつ。この最も単純な図柄が、なぜ他国の国旗に見当たらないのだろう?
 しかもマルは赤一色。熱や力を生み出す炎の色、エネルギーの色であり、そのイメージが光輝く太陽の絵をも赤に塗らせるのであろう。また我々の命を支える血液の色でもあり、絵の具などなくとも身ひとつで、いつどこにだって描けるのだ。相当いい加減に崩しても十分に通用する。
 この究極の機能性は、日本国の精神が自然な感覚で選び取ったかたちが偶然もたらす結果事象でしかないのだろう。文句なし、世界一の印である。

 力強く翻る日の丸には、もちろん『君が代』が相応しい。
 子供の頃、躍動感や階層構成を感じさせる西洋諸国の国歌が大層カッコよく響いたものだ。子供心に『君が代』は前時代風というか、非・文明的な貧相さを感じたのである。
 だが大人になるにつれ、その調べが胸に沁み込んでくるようになった。
 ゆったりとした時間の流れの中くっきりと素朴な音型が突き進んで終結するこの美しい歌は、わざわざの伴奏を必要としない。千変万化で迫りくる宿命に逆らわず、閉じた時空間を担う一員としての心の置き方を、ただ穏やかに説くのである。

  天皇つまり日本国のもと力を合わせ、いつまでも皆でこの島を支え発展させていこう。

 この一文が日本の心『君が代』の歌詞の全てだ。
 そう、日本人は生まれもって組織マネジメントのエキスパートなのである。

 日本国組織の存在を具体的に意識し、敬愛し、喜んでその最適運営を優先する。この方策で日本国は実績を積み重ねてきた。
 このところ軽々しく『愛国心』という言葉が飛び交うが、これはおセンチ系精神論の情操規範などではなく、日本国組織をこれまで支えてきた特徴的な運営理念であることをまず理解せねばならない。歴史を貫くDNAとして受け継がれてきた、日本人の標準プログラムなのだ。

 いま文明の発展により世界の果ては地球全土、いや宇宙にまで拡大しつつある。
 こうなると、全世界の拡がりの中で、どこまでが『自分を守ってくれる日本国、自分の守るべき日本国』として閉じているかが不明確になってくるのだ。これこそ閉じた時空間の基本コンセプトで歩んできた日本国がいま直面している、最大の危機なのである。
 日本人は、日本国組織をどんな概念で定義づけ、日の丸や君が代に照らしてどう行動すべきなのかをよく考え、足並を揃えて国際戦略として振る舞えるような新時代のガイドラインを決めねばならない。

 日本国の基本機能の第一は、全ての日本人にとってかけがえのない組織として、理屈と直感の両方でその実体を確かめられる存在であること。
 この目的意識があやふやだから国家運営が行き詰まるのである。
 交錯するグローバル事象に惑わされて日本国を見失った国民の興味が自己都合に偏り始め、民主主義の仕組みがそれに媚びる打算組を国家組織の運営ポストに導く。だが自己都合が原動力なのだから、国家規模で最適化方針が一本に収束するはずもなく、必然的に直近にぶら下がる国家運営役の都合が優先されてしまう。
 自己都合の実現を裏切られたうえ食いものにまでされた国民は、国家の組織枠を相手にしなくなり、生存空間をグローバル枠に拡げて自己都合に専念することになる。

 だから、私欲や打算の味をしめていない子供たちの心に大事な日本国組織の実体を形づくるため、学校では日の丸掲揚のもと起立して『君が代』を斉唱する必要があるのだ。
 閉じた時空間で和やかに育ち『自らを否定して相手に迎合する』争乱解決法を知る日本人のDNAは、日本国の組織力が具現化した一大事例としての大東亜戦争の記憶を、逆効果の思考迷走でトラウマにしてしまった。DNA絡みのこじれだけあってフェアに回顧し直せないまま、今も日本国は『組織の民』たるおのれの個性に心を開けていない。

 この歪みにこだわる老害組はもう放っておくとして、若い人たちには真直ぐな問題意識を持って欲しい。
 日本国よ、世界に誇る日の丸と君が代のDNAを元手に、2012年をどう戦っていこう?

【277】駆け込み乗車、新天地ゆき [ビジネス]

 2011年もいよいよ大詰めである。
 日本国の歴史に大きな節目がつくと共に、変化の予兆が感じられる一年であった。

 昨年末、私は『日本のものづくりが社会性を喪失した』と述べている。
 ばらまき政策により税金を貼りつけた『エコ商品』なるものを血眼で売りさばき、また欲深なユーザーが猿知恵にころりと騙されて、おのれのトクをつかむため店頭に群がったものだ。
 国力を復活するには、まず健全な生産と消費、そしてフェアな経済。あの忌まわしいバブル経済とやらで大概の目は見ているはずなのに、この期に及んでまだ基本中の基本そっちのけで、帳尻の合わない詐欺政策が日本の生産力をカネ中毒に浸けこんでいたのだ。
 製造業から市場から国政まで、皆で日本国という組織の存在をまるっきり無視していたのである。

 そして、大震災が起こった。神さまの堪忍袋の緒が切れたのであろう。
 日本人たちよ、いい加減にしろ。お前たちは日本国あっての存在なのだと。

 鉄槌を落とされた国政は何をしているのだろうか。
 被災した土地を買い上げます、放射線量の高い農作物を買い取ります、原発近隣の生活賠償をします、あれもこれも採算棚上げで金を払う話ばかり積み上がる一方ではないか。被災者支援は大事だが、財源がない限り支払いはできない。当たり前である。
 野田政権は日本国組織の存在を再認識するどころか、性懲りもなく日本国をおのれのトクの捨て駒にする役人の浅知恵を『不退転の決意』で推し進めるというのだ。
 もっとも所詮は民主党、これとて失敗確実なのは言うまでもないのだが。

 神さまの最後通牒を無視した日本国が次に相手にするのは、恐怖の大王である。

 でっち上げた価値にカネを引充て、アブク銭が横行するに任せた資本主義経済は、既に架空部分が肥大し過ぎて基本原理に則った作動を失っている。つまり生産や消費に対応していないカネが溢れており、逆にカネがあってもそれに対応する生産も消費もこの世に存在しないという事態なのだ。
 真っ当な社会活動そっちのけで目を吊り上げ掴み取ったカネは、今後その実質的価値を維持するための莫大な努力を要求する。
 愛しのカネに血を吸われながら、恐怖の大王に命を狙われるのである。

 バブル崩壊、リーマンショック、欧州経済危機、繰り返し揺り戻す真理の片鱗を目の当たりにしながら、日本国は見てみぬふりで一向に改心せず前借りを積み重ねている。
 国際会議においても常識枠を外され負債額をまともに問題視してもらえないまま、そこを見透かされて円が買われるのだから、この円高傾向に歯止めがかかる訳がない。日本国単独のだらしなさが根源的な一大要因なのであり、従って円高緩和に向けて実効レベルの国際協調などあり得ないのだ。
 これまた無能な日銀が後手後手で孤独に市場介入し、砂漠に水を撒いては一瞬の濡れ砂を見て騒ぐという浪費の繰り返しである。
 来年も更に多くの企業が倒産し、日本を離脱していくだろう。

 特に若い公務員の方々には、いま一度じっくりと考えていただきたい。
 橋下大阪市長率いる大阪維新の会が、新時代の突破口を切り開いてくれているのだ。この時代に今の年齢で内輪から関われる立場が、御自身の人生でどんな意味を持つのか。
 いずれ間違いなく教科書に載る日本国の起死回生に、これ程までのお膳立てで乗っかれる幸せ者が、日本中に、日本の歴史上に、いったい何人いると思う?

 カネがあっても社会的立場が安定していても、荒んだ時間で過ごす人生にやり直しは利かない。日本国の新しい目標が現実的な姿を見せ始めた2012年の幕開け、初詣の抱負は乗り遅れのないようしっかりと念じていただきたい。
 では皆さま、良いお年をお迎えください。ああ、家がさっぱり片付かない…

【276】スカイネットの原理<21> [ビジネス]

 金正日総書記の訃報が流れたが、これから北朝鮮はどうなるのだろう?
 自由市場の競争原理を欲くらべの架空経済に化けさせて自滅に向かう、いわゆる先進諸国どもに同化するのが幸せだとは思えない。貧困に喘ぎながらもふしだらな強欲ドランカーに身を落とすことなく、いやそんな概念さえ知らない人々が、割とまとまった数で暮らしているのだ。その舵取り次第では極東の清涼剤に転身し、世界経済の閉塞に突破口を切り開く可能性を持っているような気がする。

 私が『スカイネットの原理』について考え始めたきっかけのひとつが、中・朝・韓の国家像だ。
 卑しくも恥知らず、真実を無視してまで私利を貫こうと絡んでくるので迷惑千万である。

 だが少なくとも私には、面と向かってズバリこの通りの精神構造を呈する中国人・韓国人の知り合いはいない。
 国家と国民は『別人』なのだろうか。ならばどこで何が切れているのだろう?
 理不尽なあてこすりに対する抗議声明を実際に聞くのは、無礼で無恥な国家ではなく常識的に付き合える国民なのだから、現状の国家対国家の外交は不毛ということなのだろうか。

 人間の情報伝達や物理的移動がまだまだ未発達の時代に、日本の地は列島となった。
 暖流が北上する日本海と寒流が南下する太平洋に挟まれ、四季に応じて生活環境が目まぐるしく変化する。台風も毎年やってくるしユーラシアプレート東端の地殻変動帯ゆえ地震も多い。
 この『閉じた世界』において、千変万化で激しく暮らし向きを揺さぶる大自然の脅威のもと、『継続する共存共栄』を志向するDNAが寄り添って力を合わせ、生き延びた。
 日本の国家像に見る精神資質には、『閉じた時空間』を前提とする回帰性・完結性を感じる。相手と自分の関係を盛んに意識し、その後の連鎖事象を先読みしてオチをつけようとするのだ。

 いっぽう大陸では寒暖差が桁違いに激しく、内陸では安定した水の確保も難しい。
 荒涼殺伐とした見知らぬ大地の果てから餓えた外敵が襲ってくる危険は、もう空気のようなものだ。運よく誰かと迎合できたと思っても、明日には異界の強敵に攻め込まれるのである。
 この『開いた世界』において、次の瞬間おなじ人間に滅ぼされる共喰い・同士討ちの恐怖のもと、『当座の君臨と蹂躙』を志向するDNAが襲いかかり奪い取って、生き延びた。
 中朝韓の国家像に見る精神資質には、『開いた時空間』を前提とする一過性・開放性を感じる。一方的に絡んだ相手のその後は野となれ山となれ、風化や希釈に任せてオシマイだ。

 このふた通りの資質は、世界の拡がりと情報伝達・物理的移動の到達限界、つまり地理と文明の相対関係の違いによって分化したDNA集団の統計的特性なのだと思う。
 大東亜共栄圏において、台湾や南洋の島々が日本の統治とスムーズに折り合ったのも、単なる力関係や偶然ではなかろう。

 現代日本国の外交の問題点は、このDNAレベルの差異に考えが及ばないまま、『継続する共存共栄』を全人類共通の理想像と手放しで決め込んでいるところにあるのではないか。
 大陸の心には、日本人が理屈抜きに抱く『継続する共存共栄』の幸福感はない。卑しさも恥知らずも日本人のみ限定で通用する感覚に過ぎず、中朝韓にとっては『正々堂々』や『公明正大』に匹敵する社会真理のイメージがあると考えるのが道理であろう。
 どこか非現実性を確信したように日本国内だけで放たれる『話せば解りあえる』という美辞麗句は、つまり『いいから、みんな日本人と同じ世界観になってよ』という幼稚かつ傲慢な内輪放言に過ぎない。
 国際社会の一員として自立し認められるためには、日本国はおのれと通じない異質の心の存在に観念し、おのれと等価の社会真理として対峙する礼儀を守るべきである。

 文明を発達させた現代人類にとって、地球全土はかつての日本列島ほどに狭くなった。
 日本人は、我が日本列島が育んだ『継続する共存共栄』の理念こそ、いま現代人類が目指す方向性として最も期待値が高い選択肢であることを自覚する必要がある。

【275】『恐怖の大王』の鎮静剤 [ビジネス]

 大阪府民および市民の皆さま、おめでとうございます。
 ダブル選挙は予想通り、橋下徹 新市長と松井一郎知事の圧勝に終わった。
 橋下派が真剣に同情するほど空っぽだった平松アナに52万票も付いたという事実こそ、『ええ街』の利権をよってたかって貪る仕組みがいかに肥大化していたかの醜い証拠である。
 だが、まだ安心はできない。大阪府下の各市長にはゾンビ茶坊主がまだまだ残っているし、大阪市議会において大阪維新の会は今なお過半数に達していないのだ。
 長年かけて腐敗した大阪府市の改革は、全住民に相応の我慢も要求する。勝って兜の緒を締めて、大阪発の改革を着実に推進されたい。心よりの応援を申し上げる。

 それにしても、節操なく寝返る既成政党群の卑屈きわまる醜態は見るに堪えない。
 群れようとする無能は群れても無能だし、
 群れた無能は群れを裏切り何度でも群れようとする。

 おのれの志が明確に決まっている者は、他人の志に敬意を払い注意深く接するものである。目指す方向に共通性を感じても、数稼ぎを急いで闇雲に群れるようなことはしない。思わぬ相違点で悶着が起きたり、一方のしがらみが相方を道連れにしてしまったりしては本末転倒になる。確固たる志は、そんなつまらない結末を生理的に嫌うからだ。
 どんな経緯だったかはともかく、みんなの党の渡部嘉美さんが『押しかけ応援』という自立性固守のスタンスに収まった構図は腑に落ちた。卑屈な数稼ぎとは一線を隔す、慎重な支援の礼儀作法と見受けるからだ。

 大阪市職員のインタビュー映像で、三十路そこそこ以下の年齢層にそれほど反発が見られないのには幾分ほっとした。
 やはり大阪市の仕組みにこそ本質的な問題があり、職員たちはそこで暮らすうち既得権益に肥え太って自立する体力を失い、自分の存在価値を保障する歪んだ世界に取り込まれて、遂にはそこから抜け出せなくなるのだろう。まさに毒のぬるま湯である。

 大阪府職員に続き、大阪市職員も橋下新市長に救われたのではないだろうか。
 日本の治安悪化が別次元に突入するきっかけが、大阪の公務員狩りを謳う犯罪だったりした可能性は相当に高かったと思うからだ。
 つい数年前、官僚OBが連続で惨殺された事件があったではないか。官僚どもは『明日は我が身』と震えあがったものの、そのあと真実とはとても思えぬ不可思議な結末の情報だけが流れ、意図的に忘却の彼方に葬られた感が否めない。だが蓋をしようが忘れようが、あの記憶は社会のそこここでしっかりと脈打っている。

 みな安心して社会生活を送りたいから、普通は発生した犯罪に怯え、事件解決のため協力を惜しまないのである。だが安心を失ってしまった社会、その安心を奪った者がだらだらと態度を改めない社会においては、そうはいかない。祟り神と化した社会組織の恐ろしさを思い知る頃には手遅れである。

 何しろ連続強盗犯も暴行殺人鬼も、単なる悪者ではなくなってしまうのだ。偶然に犯人特定の決定的な証拠をつかんだ者も、黙殺こそすれ捜査に協力するはずもなく、アンフェア是正の進展を見守るのみ。
 公言の場で『許されざる鬼畜の所業』『近代法治国家にあってはならない凶行』などと良識披露の表現力を競いながら、生物としての社会は自然治癒の流れに身を委ね、破滅を呼ぶ病巣の抹消を組織的に遂行する。
 慌てて病変部を手直ししたところで、治安悪化の記憶が巻き戻される訳ではない。
 起こってしまった犯罪正当化のハプニングは手のつけられない連鎖反応を展開しながら、みるみるうちに組織の自我を狂わせていく。

 現状の国政方針では、道理としていずれ堰を切ったように現実が転がり始めるだろう。
 橋下新市長が率いる大阪維新の会は、降臨しようと腰を上げた恐怖の大王を足踏みさせ日本社会に猶予時間を与え賜うた、真の意味での救世主だと思えてならない。

【274】悦楽パラダイスの掟 [ビジネス]

 大王製紙の元会長が逮捕されたようだ。
 関連企業などから100億円以上を借り込み大部分が未返済だという。
 私と同年代だが、情報に溢れる最近はともかく、子供時代はさぞ現実離れして映る裕福ぶりだったことと思われる。だが世間の評価は悪くないようだし、本当に世間知らずの賭博で身を持ち崩したのだろうか。

 ラスベガスで何度か仕事をしたことがある。ロスから車で4~5時間だったかなあ。
 つむじ風の砂煙があちこち立つ一面の岩石砂漠を眺めながら、果てしなく伸びる道路をひた走る。これならちょいと道から離れれば、そこらで適当にミサイルなんか撃っても何かに当たる前に燃料切れで落ちるだろう。向こう何十年未管理でも、誰も踏み込もうと思わない核実験場の候補地など無限にありそうだ。軍事大国を支える地理に納得した。
 三連休の前夜など、ロスからラスベガスに向かう道路は大渋滞となる。

 一度RIOというホテルの16階だかに滞在したのだが、床まで全面の窓から望む街の輝きが途切れたその向こうに、一転して月面を思わせる岩石砂漠が無限に拡がる光景を忘れられない。まさに砂漠に孤立する人工のオアシスである。ガラス張りのバスルームに電飾で縁取られた鏡、日常感覚を忘れさせる気が満々だ。
 大抵のホテルの1階は対面の壁が霞んで見えないほど広大なカジノ場で、アトラクションを繰り広げる天井吊の宝船が次々と頭上を通り過ぎていったりする。ワゴンのオネエチャンが気前よく酒や軽食を配ってまわる。
 とにかく賭博をしたままの客に、娯楽の全てがよってたかって上げ膳据え膳を尽くすのだ。
 駅前に出ればアーケードが頭上に極彩色のスペクタル映像を展開し、居並ぶ数々の店が華やかさを競っていざなう。治安も良いし、飲食代も驚くほど安い。

 賭博好きには堪えられない環境で『いま楽しんでおかないと』という気分になるらしい。
 そんな訳で、どこへ行っても見当たらないものがある。

 時計だ。

 私は、ちょっと異常なくらい賭博に興味がない。
 生まれてこのかたパチンコの経験回数は片手の指で足りる。田舎の電車を待つ間200円で何十分か遊んだのが最高の戦果であり、過去の生涯に投じた総額は千円以下で済んでいるかも知れない。競馬、競輪、競艇の類は近づいたことすらない。宝くじは幾分抵抗が少ないものの、やはり購入回数は片手の指で足りてしまう。
 おのれの力を作用させ結果を得る仕組みがないと、耐えがたい空虚感に苛まれるのだ。
 1億円勝っても面白くないだろうし、10円スッても後悔が消えないだろう。

 どうも不可解なのだ。
 この歳まで堅実に来た優秀な組織トップが、今さら賭博に狂えるものなのか。
 店にとっても億単位を毎度落とす上客がいたとして、短期間に搾り過ぎて生活を危うくされるより、VIP待遇にしておいて程々に遊び続けてもらう方が絶対に賢いはずだが…???

 ところで、日本の行政でカジノ構想が議論されるケースが増えているのは御存知の通り。
 結論から言えば、私はカジノに賛成である。人生の破滅さえ呼ぶリスキーな娯楽なのは事実だが、それだけ集金力があるということだろう。年齢や財力など入場規制を工夫すれば、治安や周辺娯楽は必要に駆られて充実し、観光資源としても有効だし行政の財源が潤う。
 私の知る限り勝負の駆け引きに魂を奪われ、半ば倒錯状態に陥って散財した者のエピソードは個人レベルに留まっており、堕落と破滅の暗い社会影響力を感じたことはない。

 何とか改善すべきなのは、朝から生活保護受給者を飲み込み労働意欲となけなしの生活費を吸い上げる、パチンコ屋やスロット屋の現状ではなかろうか。賭博嫌いの私は、開くたび頭が割れるほどの喧騒を撒き散らすあの自動ドアには、どうしようもない奈落の底への頽廃的引力を感じて不愉快になってしまうのだ。
 リスクを明確に意識し、相応の自己管理で遊ぶのがカジノの不文律。
 優柔不断な日本社会の賭博文化は、責任転嫁と他力本願のスモッグに霞む世界を永遠に諦められないのだろうか。

【273】思い上がりの燻し銀 [ビジネス]

 先日、初めて自分で陸運局まで走って愛車の車検を通した。判っていたことだが、車検手続そのものは安いし早い。
 事前に保険会社の窓口で自賠責保険を更新し24カ月ぶん24,950円、あとは陸運局の窓口で用紙代50円、重量税30,000円、車検手続費用1,700円、以上を合計して56,700円。陸運局の門をくぐってから後にするまでは1時間ちょっとでおしまいである。

 ただ24カ月整備点検記録簿は自分で書かねばならない。書類だけでっち上げても通る場合はあるのだろうが、車軸自在継手のゴムブーツ切れなど見落としたまま走って異物を噛ませてしまうと浮かした車検費用なんか軽く吹っ飛ぶから、自己責任できっちりやる心構えが必要だ。
 今やメーカー密接経営の大型店でさえ【21】愛車受難のようなことになるのだから、本当は設備だけ借りて全て自分でやってしまいたいがそうもいかない。もう『腕利きの整備士』はとうの昔に諦めたので、せめてこの私がどこまで解っているどんな客なのか心得た店を確保したいところである。

 我が愛車は平成10年式ステーションワゴンとしては超稀少の5速マニュアル車だ。クラッチを踏まずにセルモーターが回る、古き良きドライバー信頼仕様の最終世代である。AT車のペダル踏み間違いによる事故が未だに後を絶たないが、AT限定免許などなければ案外マニュアル車の再普及が有効解になっていたのかも知れない。
 【224】正直者たちのメッセージで解説した通りAT車は油を介して動力を伝達しており、油を掻き混ぜて昇温させ熱として大気放出する方に動力が喰われてしまう宿命を抱えている。つまり単にマニュアル車にすれば踏み間違いの心配がない上に結構エコなのだ。
 目先のカネ目当てで『デンチ、デンチ』と騒ぎたかっただけの感が目立っていたEV熱は予想通り息切れしてきたが、マニュアル変速のガソリン車回帰と娯楽ドライブが再流行する可能性は意外と残されているように思う。

 もっとも本気でこれをモノにしたいなら、くだらないガソリンの二重課税を始め、まず自家用車の保有についてまわる意味不明の経費を一掃すべきだ。日本社会をクルマ嫌いにしてしまった主原因のひとつであることは間違いない。
 今ごろ車輌購入時の一時出費でしかない取得税の撤廃ごときでもめているようだが、こんなものどっちに転ぼうが何ひとつ物事は動かない。せこすぎて効きもしない案に目を吊り上げ、業界ぐるみで押し引きの議論を戦わせているのである。おのれのつかみ取るカネが最優先の連中にその行方が委ねられている限り、日本の自動車製造技術は更なる衰弱を続けていくしかない。
 北米市場では、現代自動車にトップブランドの地位を持って行かれつつあるというのに。

 自動車に限らず、LGもサムスンもユーザーからの反応を受信すると、即刻対応に駆けつけるのだという。かつて日本の製造業が、その品質で提供する顧客満足の保障システムとして持っていた仕組みだが、これで完全にお株を奪われているのだ。
 かたや日本メーカーの現状を御覧あれ。
 ユーザーの訴えは敢えて深い議論のできない派遣社員で固めた『ユーザー根負けコールセンター』に対応を強制限定。故障でもしようものなら、指定の修理窓口に宅配する以外の手は閉ざされており、高額の修理代金を請求通り支払うか、破棄するかの選択を迫る連絡だけが届く。もちろん支払えば現品に領収書が添付され返送されてくるが、故障原因やその責任の所在を筋道立てて説明した報告書の類は一切ない。
 遂に我々誇り高き日本の機械屋の間でも
  『ここまで日本企業がユーザーを馬鹿にするんなら、もう喜んで韓国製品の方を買うよな』
という会話が普通になってきた。

 確かに今なお日本の製造技術には、世界に抜きん出た優位性が残っている。だがそれは幸福な社会活動の一要素でしかなく、他がすべからく地に落ちた現状を誰もがわかっているはずなのに、かすかな優位性に希望の逃げ道を謳い上げ、怠慢・低迷のていたらくから足を洗えなくなっているのだ。
 高度経済成長期、多忙のあまり深く考えずに物的・金銭的なゆとりを夢見て日本は努力し、その時間は確かに幸せだった。当時の幸福感を忘れられず、湧き上がる疑問に蓋をして時代遅れの夢にしがみつくこの国は、まず目覚めて夢を忘れる必要がある。

【272】牙剥く茶坊主の咆哮 [ビジネス]

 さてさて大阪府知事・大阪市長のダブル選挙まで2週間となった。
 利権茶坊主どもが自民・民主のみならず共産党まで群れて弱者連合を組めたというのは、ある意味たいしたものである。必然の結果として、対案捻出を居直り放棄したまま大阪都構想に難癖をつけ、無理な現状肯定の根拠を血眼で持ち上げるという痛々しい姿に落ち着いた。

 大阪市民の友人の話である。
 近所の路地で昨秋水道管が割れ補修工事があったそうだ。それは良いのだが、今年2月にその舗装をただ剥がして再舗装するだけの工事がなされたという。
 こんなことを未だにやっているのだ。利権の茶坊主には、さぞかし守りたい良い街だろう。
 また数年前、彼の居住区は区役所を移転・新築したのだが、その後
  『元区役所だった空地の転用は、区役所の決定に一存することで同意します』
という署名を求める町内回覧板がまわってきたそうである。
 これが事実なら、区役所に逆らいづらい立場の町会長さんを通して、一般住民の近所付き合いを利権確保に利用しているとしか思えない。跡地がパチンコ屋になられては困るだろうが、それこそ健全な地域行政で規制すれば良いだけの話である。
 大阪市役所の贅沢な出張所に過ぎない区が行う、行き届いた行政とやらの実態はこんなものなのか。

 中学1年生と小学6年生のお嬢さん二人を持つ彼はもちろん、大阪維新の会が提唱する教育基本条例案を支持している。条例案が可決したら大阪府教育委員が総辞職だと?
  『さっさと辞めたらええねん。そんな教育委員、いらんわ。全部消えてくれ』
 大阪府大阪市で懸命に暮らすこの父親に、迷いなど微塵も見えない。
 マスコミは闇雲の公平主義で利権茶坊主連合の支持派も釣り合いを取って扱い、維新の会のスキャンダルも嬉しそうに騒ぎ立てるが、少なくとも大阪府市民の多数は事実を体感して結論を出しているようだ。見ないテレビ番組と立ち読みで済ます雑誌が、ますます増えるのであろう。

 日ごろ大義名分を背負ったような論調で行政のムダ支出を批判していたのではなかったか。
 ならば大阪ダブル選挙の総力取材で、各々の政策のムダ改善代と実現性をパーセンテージで弾き出して掛け算で実効解を採点、当選者予測ぐらいやるのが道理であろう。
 これで現実の行方を分析考察しながら追いかけるレギュラー番組や連載記事があれば、毎週楽しみだし何度も過去経緯を確かめたくなるから、喜んで対価を払って手に入れたくなるのだが。

 なんにせよ、毒のぬるま湯から腰を上げ第一歩を踏み出す貴重な体験だ。
 大阪の皆さま、しっかり味わっておかないと大損ですぞ。

 野田首相がTPP協議に参加を表明したそうだ。
 もっとも国策方針決定というより独り勝手に代表者の席から参加表明を言い放ったに過ぎず、その後に他国から遅刻ゴマメ扱いされるのも、理に適った現実であろう。
 TPP参加はメリット狙いではなくノーチョイスの必然ルーチンであり、言ってしまえばTPP参加で保障される国益などない。参加しないと自給自足の叶わぬ日本国はグローバル経済から置いてきぼりを喰らい立ち行かなくなるから、いち早く首を突っ込んで国内の経済体制を整え発言力を確保するしかないのだ。
 族議員どもを中心とする反対派がありもしない参加メリットの根拠を問い詰める姿には、利権にしがみつく餓鬼の形相が重なって見える。

 その利権を支えていた生産力は、もう束になって日本国を後にしているというのに。
 首の回らぬ主人のなけなし残り銭から小遣いを奪い取るため、茶坊主どもは叫び続ける。

【271】組織の時事ネタ3事例 [ビジネス]

 今夏以降、組織の本質を感じさせる興味深い時事ネタがあちこちで起こっているのに、やたらと予定外の雑用が多くなかなか更新の時間が取れない。誠にスイマセン。

 まずは大きいところでギリシャ経済危機の話を。
 物品や生産力の対価で飽き足らず、可能性やリスクに対してカネを流通させる悪知恵を許した瞬間から、自由経済市場は崩壊に向かって歩を刻んでいたのだと思う。未然の価値をでっちあげて引き換えるために市場投入したカネがだぶつき、価値交換の対象を定義する意識も不安定になって、本当におのれが必要とし、幸せになるため手に入れたかったものを忘れてしまったのだ。
 貨幣という名の紙切れや金属片、果ては金融機関に自分名義で保存される数値。いつの間にか法律というルールでちょっと『価値あり』と決めただけの交換ツールを、至高の目標物として血眼で追いかける風潮が広く深く浸透・定着してしまった社会のなれの果てである。

 次に日本政府とTPPの話を。
 前にも述べたが、参加・不参加を『日本国という組織のくくりで決める』という扱いが救いようのない的外れだろう。日本国内のスケール階層ごときで何をどう決めようが、日本国を左右するのはグローバル経済の動向なのだ。拒否権が実質的にない以上、切り込んで操作する以外に道はない。
 だが野田総理も民主党も決断できずTPP折衝には置き去りにされ、数年後と言わず直後から、世界経済の実情と乖離した内輪ままごとの白痴ルールで国家的損害に言い訳しながら国力を落とす姿が目に浮かぶ。
 民主党が出した総理大臣は三代目にしてようやく、あからさまに気が狂っていないだけマシだと納得せねばならないのか。こうしている間にも日本国を発展させて来た、日本国を支えるはずの虎の子の生産力は、断腸の思いで日本の生産環境に見切りをつけ命懸けの海外脱出を余儀なくされているのである。その相当数が低コストでハングリーなアジア生産力の大波に飲まれて淘汰され、二度と帰っては来ない。

 最後はやはりというか遂にというか、大阪市長選に駆って出る橋下大阪府知事の話を。
 もう一般通念に照らした各勢力の妥当性は、火を見るよりも明らかである。
 橋下知事は、自身のコンセプトの具体例として『大阪都構想』を掲げながら、行政の既得権益の維持拡大を前提とする腐りきった不採算体質の仕組みを改変すると宣言している。これは日本社会が抱える問題の本質を突いた課題でもあり、だから一般の大阪府市民には『社会組織全体の最適化方策』として強烈に響いているのだ。

 既得権益組は、そもそもが仲間みんなの幸福を裏切ってひとり私腹を肥やす志向の連中だから、共通の概念モデルを目指すひとつの生命体としての組織形成ができない。大阪都構想と同じ土俵で、嘘でも全社会的メリットをロジカルに謳う案が必要なはずだが、それをできずにハリボテ対案をとっかえひっかえで数合わせのために群れようと必死だ。
 このあたりはマシンの口車でどうにでも寝返るいつぞやの民主党信任投票をリプレイで見ているかのようだが、まあ犬死に確実の捨て駒特攻機に縛り付けられるのが誰なのかぐらいは、僅かながら興味がある。
 利権の茶坊主に祭り上げられたお疲れアナウンサー氏が『独裁者は危険』『大阪市を守る』などと嘯いてみても、大阪府市民に既得権益組が共同運営する現状の大阪市を守る気などさらさらないのだ。橋下知事の言葉を断片的に曲解してケチをつけるのは逆効果だから、老婆心ながらやめた方が良いと思う。
 自分の支持が既に決まっている利権シロアリさんたちの断末魔の叫びを代弁している暇に、きちんと考えて意味のある発言をした方が、まだいくらか得票には効くのではないか。

 組織を構成する一員として、今いちばん楽しく考え行動できるのは大阪府市民かな。
 大阪の皆さま、正念場ですぞ。

【270】MADE IN JAPAN国際疎開 [ビジネス]

 まだ真夏のうちだったと思うが、ウチの郵便受けにA4を半切りにした新聞記事の拡大コピーが突っ込まれていた。
 『自動車メーカーA社の役割拡大。巨費を投じて東南アジア某国に新工場を建設中であり、系列全体での東南アジア増販戦略推進にあたり稼働率が高まりそうだ。なおA社は超低燃費の新型車を発売する予定』
 その余白に、小学生ばりの稚拙な殴り書きで『A社の車をよろしく』とあった。

 察するに、A社ディーラーのセールスマンが入れていったのだろう。ところが周辺をいくら探しても、本人の名刺が見当たらない。それで『よろしく』ってアンタ?
 いくら自動車の販売事情が変わったにしても、名刺を持って呼び鈴を押し、客と対面で話をする気が全くないセールスマンが外回りをしているのだ。もちろん今もってそれに続く勧誘は皆無である。
 もしA社の車を買ってしまったら、整備の度こんな奴に我が愛車を預けることになるのか。今のところ車を代替する予定はないが、今後その折にもA社だけは避けねばなるまい。
 だが恐らく他社も似たり寄ったりと考えて間違いはなさそうなのが悲しい。

  『日本車が消える』 『トヨタが日本を捨てる日』
 本屋や電車の吊り広告に、ビジネス雑誌の大きな見出しが躍る。
 日産は九州工場を分社化すると発表した。日産を顧客にして九州工場の仕事で食っていた連中は、このアジア諸国への玄関口で各国と同列の競争を強いられることになる訳だ。
 フォルクスワーゲンはスズキとの提携を御破算にしたと思いきや、すぐさま敵対的買収に転じたようだし、各社組織を存続するだけで精一杯、血も涙もない生存競争を繰り広げている。

 整理する資産のあるうちに廃業するか、一刻も早くどこか上客を追って海外移住し、そこの経済レートに身を預けなければ、もう関連企業たちの倒産は時間の問題である。
 日本国内の自動車市場を再活性化する手段がまだ残っているかどうかは判らない。だが極めて困難で時間もかかることは確実だ。さらに国内で調達できる次世代労働力の質が冒頭の話のようなていたらくだから、この国でまともなビジネスが成立する見込みなどない。

 社会で発言力のある大企業の多くは、行政との調整役として役人の天下りを抱え込んでいる。そのしがらみが企業をバカ高法人税の不採算経営に縛り付け、結果的には国力を疲弊させてきた。労働者の賃金を奪い終身雇用の保障コストを食い荒らしたのは、他ならぬ日本国そのものなのである。
 今さら天下りが調整してどうにかなる話などないだろう。さっさと処分してヘドロのような日本の国政と縁を切らないと、みんな残りの生涯を腐った強欲に貪り尽くされておしまいである。

 寂しくなるのは大変に辛いが、相田みつをだ、どじょうだと出足から痴呆モード全開の野田内閣に、ここを解決する能力はない。
 いきなり現状の歪みを進行させる増税方針を前提に話を始める一方、東北被災地をあっさり見捨てて105億円もの巨費を投じる公務員宿舎の新築を優先させるというのだ。
  『必要性があると判断した』 『事業仕分けが骨抜きになった訳ではない』
 早い話が
  『ありゃウソでしたっと♪ 騙された方がバカなんだよ~ん』ということか。
 私は正義の姿を偽ったあのままごとに希望を見てしまった未熟を、心の底から恥じている。

 民主党は、まさに生物としての日本国組織の生命力を食い潰す『死と災いの群衆』である。
 だが数多くの人々を裏切り傷めつけていい気になっていると、いずれ相応の報いが訪れるものだ。
 神さまは見ているのである。
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